序章Ⅶ 目覚め
■ 銀河標準歴1460年 6月6日 午後4時00分
■ 惑星オストラコン 中央大陸管区メリンダ市 私立ユージェント高校
ダンからの果たし状が、俺の元に届けられたのは放課後、カルロスとミラが帰った後だった。明日の課題を片付けようとノートを開いたところに、サリーが近づいてきてその手紙を置いたのだ。
「地下格納庫で待つ、あの二人は連れて来るな……だってさ。意外と古風な連中ね。オサリバン君、受けるの?」
……あいつらめ、今更俺一人とやりあってどういうつもりだ?
「……受けるさ。逃げたってカルロスとミラにからかわれたくないからな」
肉弾戦にしろ、シミュレーターでの勝負にしろ、俺には相応の秘策があった。少なくとも、ダンと一対一なら負けるつもりはない。俺はあの二人の隣にこれからもいる為に、相応の試練を乗り越えなければならないことを承知していた。
「そっか、きっと2か月前のオサリバン君なら逃げたでしょうに……どうして?ミラにかっこいい所見せないの?」
「ミラだけじゃない。何だかんだと俺を下に見てるカルロスを見返したいのさ」
……カルロスは、あれはあれでちょっと器の小さい人間だ。肉体的にも精神的にも自分より弱い俺が隣にいることで安心している面がある。だけど、俺は弱いままじゃいけない、この2か月でそれを身に染みるほど思い知った。あいつに守られるだけじゃない、あいつを守らなくちゃならないんだ。
「……男の子ねぇ。ま、やるからにはキチンと勝ちなさいよ。ミラに代わって応援してるわ」
「ありがとう、サリー」
俺は、地下格納庫に向かった。
■ 銀河標準歴1460年 6月6日 午後4時30分
■ 惑星オストラコン 中央大陸管区メリンダ市 私立ユージェント高校 地下格納庫
「怖気づかずに来たようだな」
「へなちょこ野郎が、ずいぶんといい度胸じゃねえか」
そこに待っていたのは、カイトナー軍曹とダン、ロッドの3人だった。
「当たり前だ。それにしても軍曹まで……」
「ああ、この二人がどうしてもっていうんでな、アルタ、今のお前なら戦えるはずだろ?」
え、二人?
「えと、二人、ってまさか?」
「そのまさか、1対2でシミュレーターで勝負してもらう」
……マジかよ。
「アルタ。俺はお前さんとカルロス、ミラを軍上層部にパイロット候補として上申するつもりだ。これはその最終試験だと思ってくれていい。敗北すれば、お前さんの枠はこの二人のどちらかになる」
「てな訳だぜ、この成金野郎」
いちいち突っかかってくるロッド。全く……
それにしても、カイトナー軍曹がこの二人の提案に乗ったってことは、やっぱり俺はカルロスとミラより一段下に見られていると思っていい。……なら、見返してやろうじゃないか!
3人同時にシミュレーターに座ると、
「じゃあ始めるぞ」
軍曹の号令と共にホログラム画面が立ち上がり、レブロスシステムが起動する。
「……」
操縦桿を握る左手が汗でベトベトになる。1対1なら自信はあった。だけど……
考えている暇などない。前回と同じように、ダンのマイダーはスラスターをふかして左手へ大ジャンプ。ロッドは右から回り込もうと走り始めた。
自動照準が、盾を構えたダンのマイダーをロックする。
『……恐らく敵の作戦は、こちらの注意がダンへ向いた隙にロッドのマイダーが40ミリ機関砲を浴びせる手だ。背面装甲は薄いからな』
……脳内に、俺の声が響いた。なんだ、これは?
次の瞬間。俺はシールド防御トリガーとパイルバンカー射出ボタンを同時押しし、照準をマニュアルにすると、……咄嗟に40ミリ機関砲のトリガーを引く。偏差がうまく行けば、これで脚部に命中するはず……!!
「何ッ!!」
目論見通り、盾で隠れていなかった左肩と左脚に機関砲が命中、左腕と脚部が吹っ飛ぶとダンのマイダーは飛行のバランスを崩し落下していく。……ここまでは訓練通り、だけどこの間にもうロッドのマイダーがこちらを有効射程に捕らえている筈。
「野郎ッ!!」
ロッドが機関銃のトリガーを引くのを、俺は場の空気から感じとる……感覚が研ぎ澄まされ、まるで、相手の思考が見えるようだ。
― 刹那
俺はスロットルレバーを全開にしつつシールド防御トリガーを引く。更に足を使って瞬時に方向を転換した。
ロッドのマイダーが放った機関砲が次々俺のマイダーが構えた盾へと直撃する。至近距離だったため盾を弾丸は貫通するが、それで勢いを殺された弾頭はマイダーの主装甲までは貫けない。即座に照準をオートへ戻した俺が逆に機関砲のトリガーを引くと、盾を構えるのが遅れたロッドのマイダーは機関砲弾にコクピットを貫かれていた。
「ロッド!」
「ば、馬鹿なッあんなの人間の反射速度じゃ無理だろッ!!」
後は片足の状態でスラスターをふかし、こちらにパイルバンカーで襲い掛かろうとするダンのマイダーを、自動照準が捉える。もう機関砲の残弾はないが……
「はっ!!」
マイダーのパイルバンカーは右腕に持つ盾に仕込まれているが、俺はそれが自機に迫る瞬間に蹴り上げ、バランスを崩したダンのマイダーが地面に転がると、
「トドメだ」
それに向かってジャンプし、パイルバンカーの射出ボダンを押した。……勝負ありだ。やれやれ、とっさでカルロスに習った足技が役に立ったな。……それにしても、さっきの俺の声といい、瞬時にロッドの方へ振り向いた時の操作といい……俺は、一体、何をしたんだろう。これが、人間の持つ不確実性だともいうのか?
「畜生、インチキ、インチキだ!!コイツチートコード使ってやがるだろッ!!ふざけんじゃねえッ!!」
一足先に席を発ったロッドが、拳を振り上げながらこっちに向かってくる。席を発つのが遅れた俺は、それを回避できない……
と、その振り上げた拳を掴む手。
「やめろロッド、みっともない」
ダンだった。
「……教官殿、俺達の負けです。オサリバンに……畜生、オサリバンを、パイロット候補に、上申してやって下さい」
「おう、勿論だとも」
……ダンは、そのままロッドを無理やりに引きずるような形で格納庫を去っていく。
「……もし奴らが攻めてきたら、頼むぜ……」
とだけ、言い残して。
……こうして、俺はカルロスとミラと共に、マイダーのパイロット候補に名を連ねることとなった。