序章Ⅵ 決着へ向けて
■ 銀河標準歴1460年 5月24日 午後4時30分
■ 惑星オストラコン 中央大陸管区メリンダ市 私立ユージェント高校 地下格納庫
あれから一か月。俺達はまるでそれが存在意義であったかのように、放課後に週2回は軍曹に頼んでシミュレーターの操作に習熟していった。発端は、あの宣戦布告の翌日に聞いたカルロスの一言だ。
「このまま戦争が始まった俺達、そのまま前線に連れていかれちまうぜ。せめてエリートパイロットとして認められりゃ、一兵士として戦場に出るのは避けられるんじゃないか?」
……カルロスも本音では怖いのだ、戦争に行くのが。
俺、カルロス、ミラ、そして大概カルロスかミラが連れてくる一人。……その日、何と二人はダンの奴を連れて来た。
「よぉ、精が出るなぁオサリバン」
ダンはどすっと俺の隣の席に座ると、サドル型の座席が少しへこんだように見えた。
「……どういうつもりだ」
「そりゃあ、様子を見に来たに決まってるじゃないか。なんでも、3人組でお前さんだけ落ちこぼれてんだって?」
……そのつもりは、無いんだが……俺は対面の席に座るカルロスをちらりと見る。ちょっと険しい顔をしていた。当てつけの積もりか……
「ドーンの奴の次に俺は上手いからな、何ならちょっと稽古をつけてやってもいいぜ」
ダンのいう通り、カルロスのシミュレーターの習熟具合は想像以上だった。元より集中すればのめりこむタイプ、今やスラスターと蹴り技を使った格闘戦までこなせるようになっている。
「アルタ、今回の事はちょっとした試練だと思ってくれよ。とりあえずダンの奴と戦ってみてくれ」
……俺は、カルロスに一度も模擬戦で勝ったことがなかった。カルロス程じゃないが、ミラも相当な腕前になっている、特にターゲッティングされたら即座に射撃ボタンを押してくる早撃ちっぷりだ……最初からそれほど進歩が無いのは俺だけだ。いや、進歩がないわけじゃない。基本的な操作はもう覚えているんだ。
だけど……
シミュレーターを起動すると、画面上に広がる地平線の近く、ロックオン圏外の遠距離にダンのマイダーがちょこんと粒のように立って見える。直線距離は恐らく8kmを超えるだろう。俺達の間に、遮蔽物はまばらに木が生えているだけでほとんど存在しなかった。
「さあ、始めようぜ」
ダンのマイダーが走り始める。俺も、足を動かしマイダーを走らせ始めた。やがて射程内となり、ダンのマイダーをこちらが自動的にターゲットロックし、その姿をズームする。途端、ダンのマイダーがブーストをふかして視界から消えた。
「!?」
斜め前にジャンプしたらしい。画面上に警告表示が出る。俺は応戦すべくサイドステップしながら、右手でスロットルレバーに付属する主武装の40ミリ機関砲のトリガーを引くが、
「貫通しない……!?」
当たっていない訳じゃない。シミュレーターの……マイダーに付属のコンピューターはきちんとダンの機体の機動による偏差も考えてターゲッティングを行っているようだが、それゆえ逆に重装甲の主要部やダンが構えているシールドへ命中し、この距離では貫通しないのだ。
「往生しやがれッ!!」
40ミリ機関砲が弾切れになり、気づいた時には敵は自機の直上にいた。慌てて機関砲のトリガーの上についている緊急回避のボタンを押す。ダンのマイダーはこちらにパイルバンカーを振りかざして落下してきたが、回避ボタンにより左側のバーニアが起動し、火薬により突き出してくる杭を紙一重で回避。
「ちっ」
ダンのマイダーは地面に突き刺さった杭を支点にしてくるりと着地すると、緊急回避でバランスを崩したこちらより早く体勢を立て直して40ミリ機関砲を撃ち込んできた。至近距離からの射撃によりたちまち装甲を貫通され、……自機の撃墜判定が出る。
「……無様だなぁ。もうちょっとやれるもんだと思ったぜ」
分からない、分からないけど……どうして、こんなに悔しいんだろう。これまでの人生で、こんなに強い感情を抱いたことがあっただろうか?
「アルタ、何が悪かったか自分で分かるか?」
不意に、試合を横で立ち見していたカルロスが話しかけてきた。
「……機関砲を撃つタイミングが早すぎた」
俺はそれしか思いつかなかった。もう少し遅らせれば、胸部を貫通可能な距離で撃てたはずだ。
「それもあるが、お前さんは緊急回避ボタンに頼り過ぎだ。あれは本当に『緊急』の場合にバランスを崩してもいいから次の敵弾を回避するためのボタンだぜ。多用せずに、バーニアと足さばきで躱せるようになるんだ」
「その為には、ちょっと体の方の鍛錬も必要ね」
その横にいたミラが付け足す……それもそうなんだけど、何か、何かまだ出来ることがあると俺は思うんだ……
そこでふと思いついた……照準システムって、全自動以外にやり方があるんじゃないか?恐らく、初心者向けにシミュレーター上で制限を行っているのではないか?照準が正確過ぎるから装甲に阻まれる、だとすれば、例えば少しずらすことで装甲の薄い手足の関節部などを狙い、戦闘力を奪えるんじゃないか?
「ま、精々頑張りやがれ。また揉んでやる」
ダンはそのまま席を発ち、退室していく。
……教官殿、カイトナー軍曹に尋ねてみよう。彼は丁度、教官用シミュレーターに座っていた。
「軍曹、質問があります」
「ん、何だい少年」
「……俺にはアルタ=オサリバンって名前があります」
「じゃあ俺の事もアルフって呼んでくれよ、そうすりゃ質問に答えてやるぜ」
……はぁ、厄介な人だな。
「その、アルフ教官。射撃照準を手動で合わせることは出来ないんですか?あるいは、敵の移動分の偏差修正を敢えて切るとか」
「フッ、……面白い着眼点をもってるな。出来るぜ、ただ動いている敵を手動で狙うってのはかなり難儀だぞ」
と前置きした上で、カイトナー軍曹は操縦桿に付属のシールド防御トリガーをスロットルレバー側のパイルバンカー射出ボタンと同時押しすることで自動照準のON、OFFが出来る事を教えてくれた。
「自動照準OFFの時の照準は操縦桿で動かせる。逆に言えばその間、操舵は出来なくなることを忘れるな」
……それを教えてもらった後、俺はカルロスとミラと猛特訓を始めた。
無論操縦技術面だけじゃない、ミラのいう通りフィジカルトレーニングも欠かさず行った。おかげで、授業の合間に挟まる教練の時間でも、みんなの足を引っ張ることは……
「オサリバンが失敗したから他の連中は腹筋もう一セット追加!」
まあ、そう簡単に体が作れたら苦労はしないわなぁ。