序章Ⅲ ブリキ缶
■ 銀河標準歴1460年 4月24日 午前8時30分
■ 惑星オストラコン 中央大陸管区メリンダ市 私立ユージェント高校
俺が例によって遅刻寸前で教室に入ると、……まず気付いたのは、カルロスの右頬とダンの左頬に大きな傷テープが貼ってあることだった。
「おはよう、カルロス……、そ、その」
「おはよ。ああこれか、ちょっち台所で転んでな」
と彼はおどけて見せるが、……その意味を理解しない俺じゃない。
「……ごめん」
俯きながら、俺は言葉を絞り出す。
「何言ってんだよ。ほら、ホームルームが始まるぜ、席に着きな」
ごもっともである。俺が席に着くと同時に、先生が話始めた。
「こほん、えー、諸君。現在、αケンタウリ同盟軍は邪悪な帝国軍に対する独立戦争へ向け、日々牙を研ぎ澄ませており、諸君らにも銃後の守りとしての教練を行っているのは君らも見知っている通りだろう」
ええそうですよ、お陰で昨日はひどい目に遭いました。
「この度、わが校では軍の新兵器『ウォーカーメタル』のシミュレーターを導入した。急な話で申し訳ないが、今日の授業の時間はすべて振替え、このシミュレーターへの習熟に当ててもらう」
と先生が言った所で、教室に一人の男が入ってきて先生の隣の位置を占めた。新兵器……?というか無茶苦茶だぞ、こうして俺達を何としても戦場に連れていくつもりかよ。
「教官を担当されるカイトナー軍曹だ」
先生に紹介されると、その目の覚めるような青髪の短髪が印象的な青年軍曹は、口元に得意げな笑みを浮かべながら語り始めた。
「アルフレッド=カイトナーだ。気軽にアルフって呼んでくれていいぜ。まずはシミュレーターのところに案内するから、みんなで付いて来てくれ」
どうやら、これまで来た鬼軍曹的な教官殿とは違うタイプらしい。比較的、好感が持てる。だけど、それにしたって俺達を戦場へと連れ出す仕掛けかもしれない。……幸い、これまで軍の募兵に応じた同級生で親しかった者はいないけど、もしカルロスやミラが兵士となることを決断したら、俺はどうすればいいんだろう。……何も、好き好んで死ににいくことも無いだろうに。
カイトナー軍曹が教室から出ると、俺達(総勢で20人)も先生に促され後に続く。
■ 銀河標準歴1460年 4月24日 午前9時
■ 惑星オストラコン 中央大陸管区メリンダ市 私立ユージェント高校 地下格納庫
カイトナー軍曹に連れてこられたのは、去年の造成工事で学校に追加された地下2階の部分だった。……あの時はグラウンドも使えないし、いろいろと不便になったが……
「結構深いんですね」
俺はカイトナー軍曹に尋ねた。普段、生徒は立ち入りを禁じられている区画。みんなここに来るのは初めてだった。すでに地下1階の区画を通り過ぎ、もう3階分は降りている。
「ああ、1階分の区画を隔壁に使っているんだ。……実を言うと、シミュレーターだけでなく『本物』をその内持ってくるつもりでね」
……本物を?
「本物を?軍は学校を戦闘に巻き込む気ですか?」
俺は素直に思ったことを聞いた。
「ハハ、手厳しいな。急ごしらえなものだから、基地スペースの確保にも軍は苦慮していてね、万が一の備えを兼ねてだよ……さ、見えて来たぞ」
「万が一、つまりはオストラコンへの地上侵攻を防ぐための軍じゃないんで……」
とまで俺が言いかけたのを、ミラが服のすそを引っ張って止める。……悪かったな、空気が読めなくて。
俺達は強固な金属製のシャッターが降ろされた部屋の前に着いた。カイトナー軍曹がリモコンを取り出し、ボタンを押すとシャッターがガーッという音を立てながら上がっていく。
「これが、地下2階の格納庫だ」
格納庫の広さは体育館程度。ただし高さは20メートルくらいあり、おそらくこの直上にグラウンドがあることが分かる。左右に恐らくその新兵器用のリフトだと思われる、2対のレールが計4基天井まで走っており、独立戦争が始まる事を前提に1年前の時点で準備を進めていたことが見て取れた。
シミュレーターらしき機械はその部屋の左隅に2機向かい合わせの形で計4機、それと少し離れて教官用だと思われる1機が設置されている。
「シミュレーターはあっち。格納庫の事は家族にあんまり言いふらさないでくれよ」
軍に苦情が行く可能性を考慮しての事だろう、カイトナー軍曹はくぎを刺した。
「よーし、それじゃあ早速始めようか。こっちに集まってくれ」
皆が集まったところで、カイトナー軍曹は教官用と思われるシミュレーターの椅子に座る。座面の高さは調整できるようになっているようだが、座面そのものはまるで自転車のサドルのように小さく、大腿を自由に動かせる形で座っていた。
「……こいつが『マイダー』を操作するための『レブロスシステム』だ。ほぼ実物と同じだと思ってくれていい。起動!」
と、軍曹が言うと音声認識によってシミュレーターが起動する。俺が見たところ『レブロスシステム』の構成は比較的単純だ。左には8方向に動かせるアナログスティック……操舵用だろう。右にはブースター用のスロットルレバー……トリガーボタン1と上面に二つのボタンが付属している。そしてフットペダルが2つ……足をバンドで完全に包み込む形になっている。
「では、まず歩いてみるぞ」
軍曹の前面にホログラムで仮想のカメラ画面が表示される。オストラコンの地表とさほど変わらぬ、草原の風景が映し出されていた。
「足の動きはフットペダルから伝わる自分自身の動きをほとんどトレースする形になっているんだ。ちょっとここは慣れが必要だぜ」
と足を動かすと、カシャンカシャンと言う音を立ててカメラが上下する。
「周囲に敵機が来ると自動的にそいつをロックオンする」
何か、画面にブリキの缶詰を2つ重ねてそれに手足を付けたような、不格好な緑色の人型メカが現れた。カメラが自動的にそっちを向き、円形のロックオンマーカーが画面に現れる。
「……えー、こほん、教官殿?」
カルロスから質問が飛ぶ。俺が思ったことと同じことを聞くつもりだろう。
「何だね?」
「まさか、あれが『マイダー』ってことは……」
「大ありだ」
あ、やっぱり。
「え、えー……」
場の空気が凍り付く。か、カッコ悪い……あんなのに乗って戦うのかよ……