序章Ⅻ 黒い雨
■ 銀河標準歴1460年 6月15日 午後0時20分
■ 惑星オストラコン 中央大陸管区メリンダ市 私立ユージェント高校 地下格納庫
……振動は、収まった。
「……て、帝国軍の攻撃、なのか……」
カルロスが、俺に尋ねる。
「それは父さんに聞かないと分からないが」
俺は携帯端末をまず音声入力で、次は直接入力で父さんに繋ごうとしたが、電波が全く届いていない。
「……エーテル流の乱れによるジャミングか、それとも……電磁パルスのせいで中継局がやられてるか……」
「電磁パルス?」
「熱核攻撃の時に発生する強烈な電磁波で、半導体を使用している機器がやられてるんだ。この地下格納庫は幸い、それを前提にしたシールドで守られているようだけど」
その言葉の意味を、カルロスより先にミラが気づく。
「待ちなさいアルタ。それって……まさか」
「帝国軍が地表を、メリンダを目標に熱核兵器による攻撃を行った可能性があるって意味だ」
ミラが駆け寄ってくる。
「それを……シャッターのリモコンを貸しなさい」
ミラは俺の右手に持つリモコンを奪い取ろうと、両手でがしっと掴んでくる。もつれあう俺とミラ。父さんが格納庫のシステムをハックしてシャッターを閉めたとすれば、今はそれが切れている。……リモコンを操作すれば、シャッターは開いてしまうはずだった。
「貸しなさいアルタッ!!頼むから、頼むから貸してッ」
「だ、駄目だ……!多分、多分外は、学校にいた皆は、もう……!!うわっ」
そのまま押し倒される。
「どうして見てもいないのにそんな事分かるのよ、バカアルタッ、頼むから」
「今外には核爆発による火災が起こってる上に放射線が漂ってる、生身で外に出たら死ぬぞッ」
見てられなくなったのか、カルロスがミラの襟首をつかんだ。
「よっと」
そのままひょいっと彼女を俺から引きはがす。……やっぱり、身体的な力じゃとてもカルロスにかなわないな……
「な、何すんのよカルロス、放してよッ」
「まあ二人とも落ち着けよ。そもそも、『国際戦争法』って法律があって、艦載兵器による地表攻撃ってのは禁止されてるはずだぜ。……ところでアルタ、……マイダーの中は放射線に対するシールドはきちんとされてる筈だよな」
カルロスの提案は、意外なものだった。
「それはそうだろうけど……そもそも、起動できるのか?」
「そこは問題ないぜ。……カイトナー軍曹が最後の置き土産として、3機のマイダーの登録パーソナルデータに俺達のデータを書き入れてくれた」
おいおい、それ大丈夫なのか……?
「つまりそういうこった。最初から、俺達が使うために運んできてたらしいんだよ、これ。そもそも第一線級のパイロットはみんな宇宙に上がってるからな」
「マジか……」
にわかには信じられない話だった。だけど……
「これで外の様子が安全に確かめられるはずだ、それでいいな、ミラ」
「……う、うん」
ミラもひとまず落ち着きを取り戻したのか、カルロスの提案に頷いた。
三人揃ってコクピットに入る。装甲板が周囲の世界から自分を遮ると、機内灯がともり、認証完了の文字と共にシステムが自動的に起動、モニターが俺の肉眼に代わって周囲の世界を映し出す。
「搬入したときのリフトは……起動するようだな。アルタ、ミラ、そこの板に乗ってくれ」
カルロスからの指示。通信機能は正常に働くようだ。
「了解。二人とも、万が一核攻撃を本当に受けていた場合はしばらくコクピットから出られない。保存食はコクピット後方にあるようだが、もし用を足したりする必要があるのなら今のうちに降りて済ましておいてくれ」
「女の子に何言ってんのよ……って言ってる場合じゃないか。大丈夫、このまま地上に出ましょう」
俺は、マイダーを立ち上がらせた。……動作の振動が、実際のそれより緩めに伝わってくる。やはり、この内部は周囲で一番安全な場所だろう。
俺とミラは、カルロスが指示した
「リフトを起動するぞ、いいな、二人とも」
「うん、やってくれ」
「OKよ」
カルロスのマイダーがリフトの起動ボタンを押すと、天井のシャッターが開いていく……
「……」
グラウンドの砂が、格納庫の中へ落ちていく中、俺達はモニター越しに初めて外の様子をうかがうことが出来た。……先ほどまで晴れあがっていた空を、黒い雲が厚く覆っている。
リフトが、俺達を地上へと運んでいく……
■ 銀河標準歴1460年 6月15日 午後0時30分
■ 惑星オストラコン 中央大陸管区メリンダ市 私立ユージェント高校 グラウンド
地上へ這い上がって、最初に見た光景は一面を焼き尽くす焔だった。炎に巻かれ、蝋細工のようにひしゃげた電柱。二次的な爆発がまだあちらこちらで巻き起こる。
幸い、マイダーの耐熱温度を超えてはいないようだが、……もし格納庫に入っておらず直撃を受けていればひとたまりもなかっただろう。遅ればせながら警報が鳴り響いているが、もはや何の意味も成してはいない。そこを比喩する言葉に、『地獄』以外の何があるだろうか。
「……学校が……」
ミラのマイダーが、学校へと歩いて進んでいった。窓ガラスという窓ガラスが破壊され、コンクリートは熱核兵器の業火に焼かれて真っ黒に煤けていた。
「……教室ッ、教室は!!」
「……ミラ」
ミラのマイダーが、ちょうどカメラと同じ高さだった俺達の教室の中を見る。……そして、彼女が、その中の様子を俺達と同期してモニターに映し出した。
「……分かっていた、ことだけど」
そこには、もう何もなかった。がらんどうの室内。だけど、……机のあった場所と、……人がいた場所だけ、床の色が違っていた。……そこだけ、かって生命が存在した場所を示すかのように、熱線の温度が下がって影が白く括り出されていたのだ。
「ああ、サリー、みんな、みんなあああああああッ」
……絞り出すかのようなミラの慟哭が、コクピットを埋める。
思えば、其処までいい思い出ばかりじゃなかった。ダンたちからは虐められたし、皆んなから白眼視されたことも何度もあった。だけど……だけど、例え仲直りする機会があったとしても、その機会は永久に失われてしまった。何より、なんの罪もない人間の死に方がこんな、こんな形であってたまるか!
「うあああああっ!!」
ミラのマイダーが、その場に崩れ落ちた。
「……俺達の親も、多分、……はぁ、」
カルロスは、怒りを言葉に出来ない自分を嘆くかのようにため息をつく。
「何も、何もしてやれてねえのに……畜生め……アルタ」
俺は、マイダーの自動照準を解除し、40mm機関砲を宙に向けた。カルロスも、それに続く。
「……うん」
届くはずなんかなかった。でもそんなことはどうだっていい。
二人で、機関砲のトリガーを引く。発射音があたりに響き、薬莢がその場に飛び散る。まるで……俺達の代わりにマイダーが泣いてくれているかのように。
「いつか、いつか奴らも、地球の奴らもこんな目に遭わせてやる!!奴らを一人残らず駆逐してやるぞッ!!」
「ああ、俺達の手で絶対に滅ぼしてやる、地球帝国ッ!!」
その言葉がまるで天に届いたかの如く、黒い雨が降り始めた。生身で受けたら死を及ぼす可能性のあるその雨さえ、俺達には母星が今の攻撃で死んだ人々の為に流した涙のように思えた。
「……ああ畜生、雨に含まれている灰のせいでカメラが……」
「……完全に見えなくなる前に、格納庫に戻ろう。……除染設備があればいいんだが……ほらミラ、戻るぞ」
……落ち着いてくれていたらいいんだが。
「…………うん」
ミラのマイダーは自力で立ち上がり、俺達に続く。死にゆく街を後にして、俺達は格納庫へと引き返した。
死を、人々を、今までの生活の残滓を包み込んだ黒い雨が、ただただ降り続いていた。