序章Ⅹ オストラコン宙域会戦(三人称視点)
■ 銀河標準歴1460年 6月15日 午前11時
■ 惑星オストラコン 静止衛星軌道上 帝国軍旗艦『ポンペイウス』艦橋
帝国軍の主力を構成する第二艦隊司令官ガイウス=コンモドゥス=ナシカ提督は、その指揮下の全艦隊、総数2000にエーテル流展開の指示を出す。これで、可視光より波長の長い電磁波はほとんどが遮断されるのだ。
「……発光信号を送れ。メタルロイド隊全機発進。発進完了30秒後に敵予測座標に対し電子ビーム砲による援護射撃を開始する。急げ!」
白髭を蓄えた歴戦の老提督は、『かねてからの作戦に従え』という発光信号を送り、全艦がその指示に従う……すなわち、メタルロイド格納庫のランプを開き、その最強のゆえんたる人型機動兵器、メタルロイドを展開するのだ。
■ 銀河標準歴1460年 6月15日 午前11時10分
■ 惑星オストラコン 静止衛星軌道上 帝国軍小型宇宙空母『ペロプス』メタルロイド格納庫
マクシミリアン=マッセナ大尉は、現在厳しい立場に置かれていた。他ならぬ彼は、αケンタウリ同盟の議長となったマッセナの息子だからだ。
「……陛下は私をそれでも軍籍に残してくれた。その恩を返さねばなるまい」
美しい金髪を翻し、パイロットスーツに身を包む。彼が歩く、その先には赤紫に塗装されたメタルロイドSS-6『パディオ』の姿があった。全高はマイダーよりも高い22m。コクピットハッチのロックを指紋認証で外すと、その鋼鉄……木星の高重力下で鍛造されたジュピターメタル製の複合装甲で形作られた鋼の口が開き、深い椅子型のコクピットシートが姿を現す。
「さてと……敵も限定的ながらメタルロイドの情報を得て、人型兵器を製造しているらしが……」
ハッチが閉まるとシューっと空気の音が鳴り、ついで各種モニターが起動する。
「ナスキー1450システム、起動」
マクシミリアンの声を認識したシステムが起動し、パディオは稼働状態となった。
「ダックハルト、第二中隊の指揮は任せる。第一中隊はそのまま私に続け」
モニターに頭の禿げた歴戦のパイロットが映し出された。
「ハッ!『赤いマルクス』と我らブラッディーサーカス大隊の名を高めましょうぞ」
赤いマルクス……この戦いが終わった後、マクシミリアンは新たにマルクス=アウレリウスの名を皇帝から頂くことになっていた。
「そうだな。『ピエロ1』、出るぞ!」
マクシミリアンの号令と共に、格納庫のハッチが開かれる。電磁カタパルトはその赤い機体を矩形に切り取られた宇宙空間へと押し出した。
彼の率いるブラッディーサーカス大隊は母艦12隻、うちそれぞれにメタルロイド4機搭載、すなわちメタルロイドを合計48機率いる大所帯だった。帝国軍では母艦自体の最高指揮権も大隊、あるいは連隊指揮官にある。出撃中はもちろん次官に委任されるが、それでも彼等は比較的自由に部隊を動かすことが出来た。
「接敵まで48秒。エーテルが濃すぎる、ここから先はまともな通信が出来ないと思え」
マクシミリアンは通信途絶の場合、ハンドサインによる指揮を行うと事前に決めていた。パディオの操作系、ナスキー1450システムはパイロットとの半神経接続によってあらゆる動作をマシンに行わせることが出来るのだ。操縦桿とスロットルレバーこそあれど、それらは脳が決めた命令を腕を使って「どのくらい行うか」調整する役割である。
「ハッ」
マクシミリアンはスロットルレバーを押し倒し、スラスターを全開にした。僚機もそれに続く。やがて彼等の前面に、ブリキ缶を二つ重ねたものに手足を付けたような、不格好な人型機動兵器が10機単位で現れた。
「何だこのブリキ缶はッ」
「油断するな。散開しろ。コルトスナイパーが通じるかまず確かめる」
マクシミリアンは各機に散開をハンドサインで指示。
― 刹那 マイダーの40ミリ機関砲が宙を切る。
マクシミリアンは背中にしょっていた60mmパワーライフル『コルトスナイパー』をパディオに構えさせ、
「沈めッ」
スロットルレバー上のトリガーを引き射撃、撃破。一発一発が、戦車砲と同等以上の威力を持つパワーライフルの弾丸は、マイダーの主装甲をいとも簡単に盾ごと貫通した。
「……この程度か」
僚機も次々とマイダーを撃墜していく。宇宙空間の虚空に命と鉄の塊が次々爆散していった。
「まるで棺桶だな。同盟とはこの程度の連中なのか、父上?」
迎撃に出たマイダーを殲滅した『ブラッディーサーカス』の損害は一機中破のみ。結果は圧倒的だった。
そのまま『ブラッディーサーカス』は敵中へと突入していく。やがて、敵艦が集中している宙域を見つけると、他の味方部隊を誘導するためにマクシミリアンは発光信号を上げた。
「手柄を我々だけが独占するわけにはいくまいて。……カスバール級戦艦が優に100ほどはいるな、その位の小集団が40程……よくもまあ、数だけはこれだけ揃えたものだ」
その発光信号に向け、同盟軍のカスバール級から迎撃用の短距離ミサイルが次々発射される。エーテル流の為に役に立たない電波誘導型ではなく、熱源から出る可視光に近い赤外線を探知するタイプだった。まるで風に流される雲のように、ロケット燃料の燃焼炎がマクシミリアンのパディオへと向かっていく。
「ちっ」
マクシミリアンが操縦桿の上のボタンを押すと、パディオの両肩から光る玉が大量に放出された……熱源探知型ミサイルに対する囮となるフレアーを射出したのだ。それと共に、彼のパディオは大きく姿勢を翻し弧を描きながら敵艦へと突進していく。その後方では、フレアーに引っかかったミサイルが次々と起爆していき、まるで爆発が尾を引いているかの如しだった。
そのままパディオは、『コルトスナイパー』を背中へと戻し、巨大な筒のようなもう一つの主武装を肩に構えた。
580mm無反動砲『グラップラー』。本体出力に依存しない火薬発射式兵器で全長1キロメートルに及ぶ敵艦に大穴を開ける為、強力な自己鍛造弾頭を持っていた。マクシミリアンのパディオはそれを敵艦から1キロメートルの距離まで接近して発射する。強烈なバックファイアがパディオを朱に染めた。
射出された弾頭は目標到達直前に起爆し、爆縮によって形成されたジュピターメタルの弾丸が敵艦の装甲を運動エネルギーによって突き破る。ほぼ弾頭直径と同程度の穴を開けられた艦内は急激に減圧され、乗員が次々と宇宙空間へ放りだされていった。やがて他の機から放たれた弾薬も貫通し、その内1機が核融合炉へと達したのか、大爆発を起こして僚艦を巻き込む。
「全機、離脱……人命の浪費だ」
『ブラッディーサーカス』を含む帝国軍の第一波攻撃によって沈められたカスバール級は500隻を数えた。それぞれ200名程度の乗員を必要としており、すなわち同盟軍は最低でも1万名の戦死者を出している計算になる。帝国軍の損害は、ごくわずかだった。