序章Ⅰ 日常は終わる
もう覚えている人もいないだろうマイナーな自作品のリメイクです。中々主役メカは出てきません!
■ 銀河標準歴1460年 4月8日 午後4時
■ 惑星オストラコン 中央大陸管区メリンダ市 私立ユージェント高校
「ごめん、今日はもう帰るわ」
「ちぇーっ、つれないヤツだな」
つまらなそうな顔でカルロス=ドーンが俺……アルタ=オサリバンに返事をする。
「何言ってんのよカルロス、あんたもさっさと受験生としての自覚を持ちなさい」
俺達の間を挟み、ミラ=ラシンが隣に割って入ってきた。
「へぃへぃ。それじゃ、せめて一緒に帰ろうぜ」
夕方、茜色の日差しが照らし上げる下校時刻の教室入り口。より大きく近い恒星、昼をもたらすリギル=ケンタウルスが稜線に沈もうとしているが、より遠く小さな恒星トリマンの淡い光が支配権の交代を待っていた。夜の光は地球上のように月のものではなく、オストラコンに対するトリマンの位置で決まるのである。
……俺達は、普通の高校生だった。
校門から外に出て、帰り道を並んで歩く。エア=カーが俺達の頭上を通り過ぎると、一陣の風がミラの癖のある桃色の長髪をたなびかせた。
「きゃっ。……ちょっと、制限高度を守りなさいよね!……それにしても、来年は姉さんと同じ大学かぁ」
「そうだな、こうして3人で歩くのも今年が最後か」
……近所の幼馴染として、ずーっと腐れ縁を維持したまま成長してきた俺達。だけど、そんなモラトリアムの時間は何がなくともあと一年で終わる。
「そうだぜ、だからたまにはゲーセンでも行って一緒に息抜きしようぜ」
ポンポン俺の肩を叩いてくるカルロス。全く、こいつは将来の事を考えているのかと。
……だけどそれは、俺にも言えたことだった。父さんは都市工学の権威として各地で引っ張りだこだけど、俺はたた父さんの仕事を手伝いたいから大学に行く……本当に、それだけでいいのだろうか?
それに、俺は父さんから嫌な噂を聞いていた。それは……
「はぁ、呆れた。あんたその様で本当に士官学校を受験するつもりなの?」
「おう、授業料が要らないっていうんでな」
カルロスはある意味、首尾一貫しているというか……だけど、
「なあカルロス、もし、もしもだよ。俺達、進学できないって言ったら、進路はどうする?」
……俺が父さんから聞いた、嫌な噂をかいつまんで言語化した。
カルロスとミラの足が止まる。
「……それは、その……ま、まあ俺は働き口はいくらでもあるぜ。アルタこそどうするんだよ?」
「……分からない」
どうやら俺の言葉は、場の空気を決定的に悪くしてしまったのかも知れない。カルロスとミラも、何も聞いていない訳ではなさそうである。
こうして俺達三人は、そのまま口数少なく家路についた。
◇
銀河の中央……地球連邦議会が崩壊し、代わって地球帝国が太陽系の、そして銀河の支配者になって20年の月日が過ぎようとしていた。帝国の高圧的な他星系の支配に対して、星系内の統一に先んじて成功していたシリウス星系が蜂起し、そして敗れてからももう13年になる。
惑星オストラコンを含むαケンタウリ星系には、帝国本土から属州総督こそ送られているものの、地球連邦時代と変わりなく、星系議会が主導する民主的な統治がなされていた。
……それは、属州総督個人による人類史上初の太陽系外植民地への温情であったらしいのだ。
「お帰りアルタ」
家に帰ると、母さんが出迎えてくれた。……父さんは、今日も出張で帰ってこない。
「父さんからさっき連絡があったわよ。アルタと話がしたいって」
「分かった」
長話をするならたまには家に帰って来いよと思いつつ、俺は左腕を差し出して腕輪型の通信端末を起動する。
「父さんに」
音声認識に指示を伝えると、端末はすぐさま父さんにつないでくれた。
端末がホログラムで、俺より背の高い神経質そうな中年男性……ランドルフ=オサリバン教授を映し出す。
「……ああ、アルタか。今日は学校は終わったのか?」
「うん」
「悪いニュースがある。帝国本土から、マッセナ属州総督の更迭が発表された」
父さんは、言葉という無形の爆弾を俺にひょいと投げつけてきた。
「……そんな、TVじゃまだ何も……」
「上役連中からの情報だ。アルタ、これから何が起こるかは全く予想がつかない。私は私が出来る事を成す、お前が母さんを守ってやってくれ。傍受の可能性を考慮してこれで通信を切る、また今度」
「ちょっと待ってよ、とうさ……」
通信は一方的に打ち切られ、父さんのホログラムが消える。
……父さんから聞かされていた悪い噂。それは、帝国本土がこのαケンタウリ星系に対して、属州法の厳格な適用を迫ってくるというものだった。俺が知る限りの内容をメモに書き起こしてみる。
■あらゆる土地、不動産は帝国政府が接収する。それを賃貸する者は政府に対し賃貸料を支払う。
■属州における高等教育は、これを全廃する。
■法人、企業の設営、管理は帝国政府とこれに委託された人工知能が行う。属州民の身分である役員は全て放追され、所持している株式、債券は没収される。
■地方自治は帝国政府から委託された人工知能がこれを行う。すべての議会は閉鎖され、属州民の身分である議員、公務員は解雇される。
……書いてて嫌になってきた。平たく言えば、属州民は一切考えるな、帝国のいう事に従えだ。帝国はこれを占領したシリウス星系を皮切りに、各地の植民星系に押し付け、拒否する場合は軍隊を派遣し強制的に土地を接収、反抗する都市は破壊して回っているらしい。……伝聞系なのは、実際にそうなった星系が物理的にも情報的にも完全に封鎖され、全く実態がつかめないからだ。これが連邦時代ならばネットワーク上に動画がアップロードされ拡散されるものだが、帝国による検閲と超光速通信の遮断はそれを不可能にしていた。
αケンタウリに友好的な現総督が更迭されたとすれば、この内容が星系に適用される可能性は極めて高い。
「ねえ母さん……俺、大学行けるかなぁ」
夕食中、俺は母さんに尋ねる。
「大丈夫、春休み前の模試でもいい成績が出てたでしょう?」
母さんは常識的、それまでの常識である事しか言わない。帝国の属州となった以上、このαケンタウリの人間の生殺与奪は総督の匙加減に左右されるのだ。属州法が適用される以上、これまでの常識なんて意味がない。
……だけど、俺はそれを母さんには言い出せなかった。父さんの仕事のお陰でお金にこそ困っていないけど、地元の名士だけど多忙で顔を出せない父さんに代わって、母さんは家の主として社交と家事を両方こなさなければならないのだ。その小さな肩に、これ以上の負担をかけさせたくない。
食事とシャワーを済ませた後、いつものように勉強机に向かう。ペン先が震える。……薄暗い俺の部屋。照明スタンドの光だけが、机の上の参考書を照らし出す。……駄目だ、はかどらない。
一時間程机に向かい、どうにもはかどらないのでベッドに座り込んでTVを付ける。台に置かれた棒のスイッチを押すと、ホログラムが空間に映像を映し出す。
「臨時ニュースをお伝えします。マッセナ属州総督が地球への一時帰還の為に乗船した政府専用シャトルが何らかの武装集団に襲撃を受け、拿捕された模様です。今のところ武装集団の詳細、並びに総督並びにその随員、及びシャトルの乗員の安否は不明です。繰り返します……」
武装集団?今更宇宙海賊かよ。その手合いは連邦時代に壊滅したって話だったけどな……それにしても地球への一時帰還、か……事実上の更迭であることは発表しないんだな。
その時、俺は知る由もなかった。俺自身が、その『武装集団』に所属する事になるなどと。