最終話 千夏と楓
「こんばんわ、千夏と楓の××ラジオの時間です。パーソナリティーはいつも通り、九十九 楓と」
「星井 千夏の2人ですよ~」
「はい、元気いいですね、千夏先輩。ってことで、始めますよ」
「うん」
放課後、俺とチィ姉、沙羅さん、悠斗の放送部は放送室でいつも通りラジオを始める
そして、いつも通りメールを読んだり、最近不思議に思ったことなど、色んな事を話す
「楓くん、楓くん」
「なんですか?」
「ちょっと聞きたいことあるんだけどいいかな?」
「?」
「楓くんには、大切な人がいますか?」
チィ姉はさっきまで笑いながら話していたのに急に真剣な顔になって俺の方を見てくる
俺は急な展開に少し戸惑って悠斗の方を見ると、ニコニコ笑いながら俺の答えを待っている感じだ
「いますよ。それがどうかしたんですか?」
「ん~、私には大切な人がいるけど、楓くんはどうなのかなぁって思ってさ」
「そりゃ誰にでも大切な人はいるでしょ」
「ん~ちょっと違うかな?ん~・・・それじゃ、この人がいないと生きていけないって言うほど大切な人はいる?」
「生きていけないって・・・」
「私はね、いるんだ。私の大切な人がいなかったら今の私はいないの。
その人のいない生活なんて考えられないし、考えたくもないの。
でね、私はその人がいない人生なんて死んじゃうっていうぐらい思ってたんだけど、その人は私に人間はそんなに弱くないって教えてくれた。目の前にいなくても、その人が私のことを忘れても、私がその人のことを忘れなかったら、いいんだってね。まぁ本人はそんなことを教えたつもりじゃなかったんだろうけどさ」
「・・・・」
「だから、楓くんにはそんな大切な人はいるのかなぁっと思ってさ」
チィ姉は俺のどんな言葉でも受け止めるつもりなのだろうか?
目にはどこか不安げな感じもあって、俺はどうしてそんな怖い思いまでして聞きたいのか分からなかったが、とりあえず今思っていることを嘘偽りなく言う
「たぶん、その人がいないと生きていけないって言うほど大切な人はいませんね」
「・・・・そっか」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・何黙ってるんですか」
「あ、いや~、あはは」
「はぁ・・・それじゃ話も終わったんでメール読みますよ」
「うん」
俺とチィ姉はメールを読んではそれで話したり、相談に乗ったりと様々なことをする
そして、そんな楽しい時間も終わりを迎えた
「そろそろ時間なんですけど・・・千夏先輩、皆に報告することあるんじゃないですか?」
「あ、うん。え~っと、私、星井千夏は此の度、芸能界へと挑戦することになりました。
もちろん、学校側の許可は得ています。でも、学校に行きながら芸能界を生きるのは無理だと私は思っているので・・・特別にこの高峯学園の通信制に編入します
本当は高峯学園に通信制なんて無いんだけど、事情を話すと特別にということで許可を得ました
なので、全日制の生徒さんとはこれが最後の・・・・会話となります・・・」
チィ姉は目に涙を溜めながらも、なんとか次の言葉を口に出していくが、時々詰まったりして泣いているのは声を聞いているだけのリスナーも分かる
「・・・だから、このラジオも今日が最後になっちゃうんです。・・・でも!私はこのラジオのことも皆のことも忘れない、絶対に。私はこれから芸能界に出て、TVとかにいっぱい出て、皆に“千夏と同じ学校に行ってたんだ”って自慢できるぐらい有名になるので、応援してください!・・・絶対・・・がんばるから」
「・・・・」
「・・・・・」
「もういいの?」
「・・・うん」
チィ姉は小さく頷くとマイクから離れて、奥の沙羅さんがいる部屋に入っていった
俺は最後の挨拶と今まで聞いてくれた人への感謝の言葉を言って、『千夏と楓の××ラジオ』に別れを告げた
最後に「さようなら」と言う時に感動して泣きそうになったが、なんとか耐えて俺は悠斗のところに向かう
「おつかれさま、楓くん」
「おつかれさま、悠斗」
「どうだった?最後のラジオは」
「なんかちょっと寂しかったけど、まぁよかったよ」
「そっか、それじゃ僕は最後の片づけがあるから星井先輩と先に帰ってていいよ」
「了解、打ち上げはそのあと?」
「うん、車で迎えに行くよ」
「わかった。それじゃ家で待ってるよ」
俺は奥の部屋に入って、沙羅さんの横で泣いているチィ姉に“帰るよ”と言うと静かに立って帰る準備を始める。
俺はチィ姉の帰る準備が整うのを待っていると横に沙羅さんが来た
「楓太くん、本当にいいのかい?千夏を芸能界に連れてっても」
「俺はチィ姉がやりたいことできるならそれを応援するつもりなんで」
「ふ~ん。それが君の見守り方ってやつか」
「そうですね。チィ姉をよろしくお願いします」
「大丈夫だよ。千夏が望むならトップアイドルまでしてあげるつもりだ」
「あはは、応援してますよ」
「・・・君の中の千夏はどんな風になるんだろうな?」
「え?」
「いや、なんでもない」
沙羅さんは少し笑って俺の肩を軽く叩くとキッチンの方へ歩いていった
そして、チィ姉の準備が終わると俺とチィ姉は放送室から出る
家までの間、チィ姉は泣いてはいないがまだ黙ったままで、トボトボと横を歩いていく
俺が話を振っても、頷くか小さな声で“うん”ぐらいしか反応がない
「・・・・」
「・・・・」
「あのさ、ラジオでは生きていけないほど大切な人はいないって言ったけど、本当に大切な人いるよ。
正直なところ、その人と離れたくはないし、もしかすると俺が気づいてないだけで生きていけないほどの大切な人なのかもしれない・・・けどさ、その人が夢を追うなら俺はその手伝いをする。その人の夢が成功して喜ぶ姿が見たいから」
「・・・・」
「だからさ、そんな悲しい顔せずに笑ってよ。俺も悠斗も沙羅さんも学校の皆もチィ姉が笑ってる姿が好きなんだから」
「・・・・うん。そだよね」
チィ姉は目を擦って、流れそうだった涙を拭いて大きく息を吸う
そして、俺の前に立ってニッコリと笑顔を見せてきた
「どう?」
「うん。最高の笑顔」
「えへへ」
俺も笑って、2人で再び歩き出す
チィ姉は歩きながら俺の手を握ってきた。いつもの俺なら何か言ってやめさせるんだけど、今日はなんとなく言う気にもなれず、手をつないだまま歩く
たぶん、これからはこんな風に2人で歩くことなんてできないのかもしれない
だからこそ、チィ姉も俺も今しかできないことをする
それが、未来の俺たちにとって良い思い出だったなぁって思いだせるように
それが、これから起きる出来事の中で少しでも勇気になるように・・・
「・・・ふーちゃん」
「ん?」
「私の大切な人でいてくれてありがとうね」
「・・・これからもよろしくの間違い?」
「あ・・・うん、だよね。それも含めて」
「了解」
チィ姉は繋いでいる手をギュっと握ってくる。俺も少しだけ軽く力を入れて握り返すとチィ姉は嬉しそうに笑った