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第76話 楓の過去

 

「お久しぶりです。中山さん」

「おぉ~、九十九くんじゃないか」


 学校を早退して、ある町の小さな自転車屋さんの中に入るとメンテナンスをしているおじさんが嬉しそうに俺の方を見て、作業を止めて立ちあがった


「久しぶりだねぇ。今日はどうしたの?」

「ちょっとありまして」

「ほぉ。あ、千夏ちゃんは元気かい?」

「はい。元気過ぎるぐらいですよ」

「あはは、それじゃちょっと待ってね。もう少しで終わるから・・・あ、椅子そこね」

「はい」


 俺は近くの椅子に座って、最近の自転車の雑誌を読む

 その雑誌には最新のロードバイクの紹介されていた


「・・・・」

「よし、終わりっと。さて、どうしたのかな?」


 中山さんは俺の方に来て、椅子に座った

 俺は持っている雑誌を元の位置に戻す


「ものすごく言いにくいんですけど・・・」

「どうしたんだい?」

「2ヶ月後のレースに出たいんです」

「レース?」


 中山さんは予想してなかったのか、ビックリした顔をした

 そして、俺の目をじーっと見る


「出れるの?」

「出て勝たないといけないんです」

「でも、九十九くん。あの事件以来、レースには出られない状態になったでしょ」

「・・・でも、勝たないといけないんです」

「・・・・・・」


 中山さんは腕を組んで少しの間、悩み始めた

 俺は中山さんの顔を真剣に見て返事を待つ


「・・・ふぅ、負けたよ」

「それじゃ・・・」

「うん、いいよ。僕のチームで出てもらう。ちょうど1人怪我してて出られないから」

「ありがとうございます!」


 俺は深く頭を下げる


「頭をあげてよ、九十九くん。そういえば、練習はしているの?」

「いや、週末に走るぐらいなんで本格的にはこれからです」

「そっか。それじゃ朝練に出てみる?チームとのコミュニケーションもいるだろうから」

「お願いします」

「あとは・・・なんで急にレースに出るって決めたのか教えてくれるかな?」

「・・・中山さんはチィ姉のアレのこと知ってますよね?」

「ん?あ~千夏ちゃんが九十九くんに溺愛してることかな?」

「それです」


 俺はそれからチィ姉が今起きている状況のことを説明する

 中山さんは俺の話を最後まで静かに聞いてくれて、話が終わると深いため息をついた


「そっか、千夏ちゃんが・・・。それを聞いたら負けられないね」

「すみません、私情入れちゃって」

「いやいや、でもこれは他のチームメイトには話さないでおこうね」

「お願いします」

「あとは・・・悪いニュースがあるんだけど聞くかい?」


 中山さんは微妙な笑顔で去年の雑誌を持ってきた

 俺はなんとなくわかるが頷く

 中山さんは雑誌を開けてあるページを出してきた

 そのページには俺が出る予定のレースで、去年の優勝者が大きく載せられていた


「・・・・」

「・・・・・・」

「・・・綺麗に写ってますね。近藤さん」


 写っている人は「近藤」と言って、俺がまだロードレースに出ていた時に優勝候補として常に注目されていた人だ

 雑誌によると、20歳で有名な実業団のエースらしく、他のレースでも優勝を何度も取っていた


「僕たちも去年出てたんだけど・・・彼1人に上手くヤラれてね。3年前の近藤君とは比べ物にならないよ」

「3年前でも十分強かったですからね、色んな意味で・・・」


 昔のことを思い出すのは久しぶりだけど、鮮明に近藤の早さは思い出せた

 でも、それ以上にあの事故のことを思い出してしまい、少し身体のどこからか分からないが痛みが走った

 中山さんはそれを見逃さなかったのか、俺の方を見てくる


「九十九くん、本当に出れるかい?近藤くんとは戦うことになるよ?」

「過去のことは振りきれました。大丈夫です」

「そうだね。それじゃ今度自転車持ってきてよ、色々メンテナンスもしないといけないだろうから」

「ありがとうございます。それじゃ俺は」

「うん。待っているよ」


 俺は店から出て、家に向かって歩き出す

 家に向かっている間、3年前のことを思い出した

 3年前、俺はまだロードレースにさっき会った中山さんに紹介されたクラブチームで走っていた

 そのクラブチームで俺はエースとして走ったりしていたが、もう1人そのチームにはエースがいた

 そのエースが近藤だ

 近藤は3つ上でチームの皆からも尊敬されるほどの人で、もちろん俺も近藤さんの強さには憧れも尊敬もしていた

 しかし、近藤は勝ち負けに拘る性質で、俺とは真逆と言っていいぐらいの人でもあり、俺がエースに選ばれたとき、今まで絶対的エースの座に君臨していた近藤の怒りはコーチでは無く、俺に飛んできた

 最初の方は近藤の指示なのかチームメイトからの無視など小さなことだった

 それぐらいのことでは別に何とも思わなかったが、今からちょうど3年前のレースの時だ

 俺と近藤が入っていたチームは先頭を引っ張っていて、優勝は確実だった

 近藤と俺は作戦通り、最後の山の坂を登っている時に、集団から抜け出して2人で山を登り切る

 そして、下り道に入ったときに事件が起きた

 俺が前で走っている時に、後ろにいる近藤が俺の自転車のリアタイヤに接触し、コントロールを失った俺は70キロ近く出ている状態で転倒

 レースではあり得ないことではないのでしょうがないけど、俺は転倒する寸前に近藤の顔が笑ったのを見てしまった

 その笑顔は「お前はエースじゃない、俺がエースだ。だから転倒して死ね」と言っているような顔だった

 俺はその顔を見ながら70キロ近くで転倒し、奇跡的にろっ骨の骨折などで済み、命に別状はなかったが

 尊敬していた近藤に裏切られた感じがして、精神的に参ってしまい、勝ち負けに拘るレースに出る気が無くなり、クラブチームを抜けた

 もちろん、他のクラブチームからも勧誘を受けたがすべて断って、俺は週末に乗るぐらいの今の生活になった




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