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ジャロの呪い(1)

「じゃあね、僕は、天ぷら蕎麦」全一ぜんいちはメニューを繰って言った。

「あ、そう、じゃ僕も」

「おれも」

 正と千二せんじが次々に言ったが、大介は少しの間ためらった揚げ句、千二をちらりと見た。

「俺、鰻重頼んでいいですか?」

「じゃ、僕も鰻重」すかさず正が言った。

「じゃ、僕も」と全一。


 今回のキャンプの予算は千二と全一が四割ずつ、大介が残り二割を出していた。正はまだ中学生という事で免除。貰っている小遣いが少ないので仕方がない。親が大富豪の双子の兄弟は融通が利く。大介は自分の稼ぎで日々を賄う身だ。互いに打算が働く。周りにろくなレストランも無い海岸沿いなので、蕎麦屋は客の足元を見ていた。割高である。そして、昼にさんざん食べても、定時になれば腹がすくようになっている野郎四人。食費がかさむ。


「二つ、鰻重」千二が取り纏めた。「二つは笊蕎麦」

「よし、争奪戦だ」全一が身を乗り出した。

「そうじゃなくて、四人で回すんだ。全員、鰻を半分、蕎麦を半分、きっちり等分だ」

「貧乏臭い」正が言った。元手を出していないので、無責任だ。

「それで腹が減った分に夜食を買い込めば、結局同じだろ」と全一。

「あと何泊する?」千二は真面目な目で三人を見回した。「予算的には、最大限に切り詰めると、あと三泊できるんだ」

「切り詰めてどうすんだよう」全一が大声を出した。「飽きるって。一泊で充分だって。明日には帰ろうよ、ねえ?」

「俺は明後日から仕事」と大介。


 結局、キャンプは残り一泊という事で話が落ち着いた。


「じゃあ、金の心配はあまりないな」千二は値段を見て、頭の中で素早く四を掛けた。「鰻重四つ?」

「センも食べるわけ?」と全一。

「だって、一人だけ蕎麦って……」

「すみません」大介が片手を挙げた。「特上で」

「君は何がしたいわけ?」正が冷水のコップを持ち上げて、無意味に微笑んだ。

「腹減ってるんだ」大介は悲痛に言った。「もう一回焼き肉したいくらいだ」

「それだけ体がでかけりゃねえ」全一がさも感心したように言う。「維持費がかかる訳だよ、うん」

「すいませーん」千二が店員を呼んだ。


 枯れ木みたいに痩せた若い女性の店員が、カウンタの向こうから座敷にやって来た。千二は鰻重の並を三つ、特上を一つ頼んだ。はい、と店員は愛想笑いをして、戻って行った。少年たちは好き勝手にその店員を評した。


「絶対、生意気なガキが四人来た、と思ってるんだぜ」と全一は言った。

「ああいう人は、維持費がかからないんだろうねえ」と正。

「というより、維持費をかけないようにしてると、ああいう体型になるんじゃないの」と千二。

「ああいう体型になるように、金をかける奴もいるが」大介も勝手な事を言った。


 田舎商売なのか、野郎四人だと思ってナメたのか、かなり時間が経っても鰻重は出て来なかった。四人は空きっ腹を抱えながら、昼間の「事件」について話し合った。円周約十歩、高さ約十五メートルの石の建物が、数時間のうちに移動したのである。現場に残されたのは鍬一本。大いなる謎の事件。


「鍬で掘ってみたら、案外簡単に動かせるのかも」全一は何事に対しても実践派だった。「後で四人でやってみようよ!」

「君が一人でやってみるんだね」正はつれなく言った。「だって、鍬は一本しか無いんだから、犯人だって単独でやったはずだよ」

「犯人がいるのか?」千二は呆れた声を上げた。「あれが人間のしわざか?」

「だって、鍬を使うのは、人間だけだよ」全一が、自分ではなかなかに論理的だと思う意見を述べた。

「あれは、ただの落とし物だと思うけどね」正が混ぜ返した。「たまたまあそこに、落ちてただけだよ。塔を動かしたのは、あの草刈りやってた人たちだよ。草を刈ると見せかけて、工事してたんだ」

「どういう工事なんだろう」と千二。「塔を動かす工事?」

「たぶん、場所が良くなかったんだよ。風水とか陰陽五行説とかで、良くない方角だったんだ。だから、呪いを避ける為に移動したんだよ」正は大真面目に説明した。「平安時代には、普通にそんな理由で偉い政治家とか公家の人とかが、いろいろ工事をさせたり、陰陽師を呼んだり、目的地に行くのにわざと遠回りをしたね」

「そう、それは、千年以上前だろうな」

「とにかく誰が工事をしたにしろ、鍬を落としたのはその工事した人だろ?」全一は鍬に拘った。「だって、その前から鍬が落ちてたら、工事の時に邪魔だからどけるだろ。工事が終わってから誰かが来て、鍬を落としていったの?」

「あれは鍬で掘り返した跡だ」大介が卓に肘を突いて俯いたまま、突然発言した。彼の発言はいつも唐突で、意外で、しばしば重要なので、他の三人は真剣に耳を傾ける。「あれは……」大介はぼんやりと言った。「女か、子供だ。男だとしたら、相当やる気が無かったか、酔っていたか、持病があるか、とにかく、力が出ない状態だ。鍬の重さでようやく掘ってる。まったく、手順も悪いし、土も、半分くらい埋め戻そうとして、途中で投げ出したみたいだな。計画性が無い。それでいて執念深い。綺麗に円の形に掘っているからな。宝箱でも掘り出そうとしたみたいだ……」

「宝箱!」全一は目を輝かせた。「ロマンだね。ダン、その話を続けるんだ」

「宝が埋まってたとしても」正がぴしゃりと指摘した。「どうせその掘った人が持って帰ったんだろ? だからこそ鍬なんか放り出して、土も埋め戻さないで行っちゃったんだよ。後は野となれ、山となれってさ」

「いや、……」大介は何故か暗い顔で、低く這うように呟いた。「おそらく見付からなかった。見付からないから、いったんは諦めて帰って、だけどまた来たんだ。執念深い。何度もあそこに来て、何度も同じ場所を掘り返している。……死体か?」


「死体?」三人が同時に言った。


「自分で埋めたんだ。でなければあんなに確信が持てるはずがない。二度か三度で諦めるはずだ……」大介の目はちらちらと鋭く光っていた。彼は塔が移動した件には全く疑問を感じないようだった。更にその先の、別な疑問に取り憑かれている。「嫌な事にならなければいいが。こちらから関わらない限り、害は無いはず……だが、素人だ。冷静でない。執念深く、未練がましい」

「何の話をしているの?」正がかなり不安そうに大介を見つめた。

「あそこに近付かない方がいい」大介が言う事は、いつもこんな事ばかりである。「もし、犯人に見られると、厄介な事になるかも」


「お待たせして、御免なさいね」さっきの店員がまたやって来て、いきなり言った。いきなり、と四人が感じたのは、彼女が手ぶらだったからだ。鰻重はまだらしい。取りあえず謝りにだけ、来たらしい。かなり逆効果な謝り方だった。せめてお茶くらい持ってくるべきだろう。

「あと、何分くらいなんですか?」千二が聞いた。

「あと、ほんのすぐですから、ね」枯れ木のような彼女は懸命に微笑む。結構若くて、大介とそれほど歳も違わないように見えた。「人手が足りないんですよ。今年の春、近所の飲食店が三つくらい、立て続けに潰れちゃって、うちは急にお客様が増えて」

「メニューを増やすといいですよ」正が生意気な助言をした。「ハンバーグ定食とか、カレーライスとか、今は皿ごとレンジで温めて出すだけでしょう? そういうのを増やして、手抜きするといいんですよ。都会から来る人たちはせっかちですからね」

「そうです、せっかちです」人手が足りないと言う割に、暇そうな店員である。立ち話の体勢だ。「こないだも若い団体様が七、八人でお越しでしたけど……注文がなかなか来ないって言って、帰っちゃいました」

「失礼ですが、ここの地元の方ですか?」全一が口を開いた。「そこのキャンプ場の端にある、塔みたいな建物、知ってます?」

「え? いえ、はい、塔ですか? 時計塔の事?」

「時計塔かどうか……時計は付いてないんですが、付いていた方が似合うような塔が」

「隣に遊具がありますよね」店員は不思議そうに目を見開いて、それから不自然なほど興味深げに大介を見やった。大介は俯いて壁の方を向いていた。長い付き合いの友達にすら手を触られたくない男である。いわんや他人をや。人混み、嫌い。店、嫌い。会話、嫌い。そういう態度を取れば、かえって他人からじろじろ見られる訳だが、その点には考えが及ばないようだ。


「あの塔、ときどき移動したりします?」全一の方は、誰とでもすぐ友達になりたがる。「今日ね、あの塔が移動してたんですよ。二時間くらいの間に、ドーンと」

「移動?」店員は意味を取りかねて困ったように聞き返した。

「ここにあったのが、こう」全一は冷水のコップをヒョイと持ち上げて移動した。汗をかいていたコップは、卓の上に水の輪を残した。全一はそれを指でなぞり、店員の女性を面白そうに見上げる。「こういう風に、土の上に跡が残ったんです。で、肝心の塔はこっち。それが二時間のあいだに、ですよ。二時間前見た時はここにあって、もう一度来たら、ここです。こんな事って、あるんですか?」

「さあ……何かの勘違いでしょう? 見間違いとか」店員はおどおどと答えた。

「だけど、跡が残ってるんですよ。それに、木は移動していない」

「もしかして、クイズですか?」店員は苦笑いした。「この謎を解けっていう」

「本当の話ですよ。後で見に行くといい、本当にそうなってるから」

「そんな事、あるわけないでしょう。きっと絡繰りがあります」

 こうして、謎の塔移動事件の推理会議に、女性店員が加わった。大介は嫌そうに黙っていたが。


「あの塔かい?」しばらく喋っているうちに、隣の座敷席を囲んでいた男たちの一人が振り向いた。座敷席は一応低い衝立で仕切ってあったが、座ったまま少し首を伸ばせば、向こうが見えるようなものだった。男たちはビール瓶を何本か空けていて、振り向いた一人は特に上機嫌な様子だった。


「あそこ、かいだんがあるの知ってた?」男が衝立越しに、少年たちに向かって言った。

「ええ、ドアがあるから、登れるんでしょう?」全一が答える。

「違う、違う」男は太い声で笑う。「怖い話。幽霊話の方の、怪談」

「本当ですか?」全一の目がまた輝いた。

「おう、本当だとも! あのさ、……自殺あったんだ」男は声を潜めて言った。「飛び降り自殺。それで、もともと二つ立ってた塔を、片方取り壊したんだよ。もとは二つ、並んで立ってた。ツインタワーって言われてた。前の町長が立てたんだ。二十周年の記念に」

 何の二十周年だかよく分からないが。

「でさ、観光客減ると困るから誰も言わないけど、本当はあそこ、出るんだよ。あの周辺。火の玉とか、シャベルを持った亡霊とか」

「シャベル……」全一は橙色の目を見開いた。「シャベルで何するんです?」

「掘り返すんだよ。そこらじゅうを」


 全一の肌に鳥肌が立った。


「本当なんだ」男はほろ酔い加減なのだろうか、楽しそうに言った。「キャンプ場の関係者で、何人も見たって人がいる。俺の知り合いも見たって。必ず、小雨の夜なんだ。今夜辺り出るかもな」

「そっ……その幽霊、塔を動かしたりもします?」

「塔を動かす?」

「動いたんです。今日の昼間」

「おお、そりゃ、幽霊の呪いだ。すげえもの見たなあ」

「すげえもの見ちゃったよ」全一は双子の相棒に囁いた。「シャベルを持った幽霊だって」

「じゃ、あの鍬も、幽霊の物?」と正。


「あの、鰻、まだなんですか」突然大介が店員に向かって言った。空腹に堪え兼ねて、自らの信念を曲げたようだ。

「あ、もう、もうすぐです」店員は慌てて厨房の方へ戻った。今度来た時は、さすがに鰻重を持っていた。「大変、お待たせ致しました」


 少年たちは、箸を取る。


「帰りもあの広場通らなきゃいけないよ」蓋を取りながら、正が言った。

「今夜出るって」全一は窓の外の空模様を見やった。雨はまだ降っていなかったが、暗い雲が夕空を覆っている。


「ダン、お前、あそこに死体が埋まってるってどうして分かったんだ?」千二がかなり真面目な顔で尋ねた。

「し、死体?」女性店員は置こうとしていた伝票を取り落とす。

「分かるなんて言ってない」大介はにわかに顔を上げて厳しく言い返した。「俺は、あの掘り方は無計画で執念深いと言っただけだ。幽霊なんかいない、それに、あの塔は移動していない」

「でも……」

「俺には、お前たちがどうしてあれを移動したと思うのか、分からないんだ」大介は不機嫌そうに、また微かに不安そうな目で呟いた。


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