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時を告げる影(2)

 朝食を終えて戻り、四人はすぐにテントを畳み始めた。向かいのテントの姉妹が、ちょっと名残惜しそうにこちらを眺めている。雨は夜の間に止み、草に残った水気が太陽の光を跳ね返して輝く。その雨露で四人はズボンの裾をびしょびしょにして、それぞれ荷物を担いでキャンプ場を後にした。キャンプ場の正面出口から出て、五分も歩くと駅が一つある。それに乗れば、風波駅まで二十分ほどだった。


 電車は空いていた。座席は窓に背を向ける形で、通路の両脇に向かい合っている。正と大介が並んで座り、千二せんじ全一ぜんいちは側に立った。双子の兄弟は、夏休みの宿題の攻略法について延々と話し合っていた。


「双子だから分担してやったと思われるのが癪じゃない」全一は主張した。

「筆跡を変えよう」千二は真剣に応じた。「おれは左に傾けて書くから、ゼンは右に傾けろ」

「でもさ、国語は分担してもいいと思うんだ」

「お前は古文やれ。おれは漢文やるから」

「駄目だ、僕が漢文だ」

「物理のさ、熱の所分かる?」

「分からん。任せた」

「もういいや、緋鷓ひさにやらせよう」

「とにかくね、センは全部の記号を筆記体で書けよ。僕はゴシック体で書く。いろいろと、違いを強調して、分担してないように見せ掛けないと」

「わざとらしくないかな……」


 正は黙って足元の床を見下ろしていた。背中側の窓から日光が差し込んで、窓の形の四角い光の中に自分の影が落ちていた。電車の走りに合わせて、カタンカタンと微かに揺れている。線路沿いに立つ電柱の影が一本、電車と同じ速度で床の上を移動して来た。正の足元までやって来て、するりと遠ざかって行く。音もなく、滑るように。あっという間。


 ふと、いつか妹と来た公園を思い出した。両親に連れられて行った、つまらない何も無い公園だった。やたらに広くて、ジョギングコースやバスケットゴールがあった。遊具はありふれた小さなものが一つか二つきり。向こうに日時計があるよ、と母親に言われて、妹の手を引いて丘を登った。太陽の光で回る時計だと言われて、正は奇妙で斬新な装置を思い浮かべていた。いったいどんな仕組みなのだろう。外側が透明だったらいい、中の装置が見えるから。


 実物を見せられて、酷くがっかりしたのを覚えている。母親に文句を言ったかも知れない。ただの棒じゃないか、と。電信柱と何も変わらないじゃないか。何処が十二時? 何処が一時? 季節によって目盛りが違うの? さっぱり、役に立ちそうも無いなあ。


 今なら正にも、あの素朴な時計に込められた意味が少しは分かっていた。あれは今の時計の元型なのだ。砂時計のように行ったり来たりする事なく、一巡りして元に戻れる円形の時計。それは柱の落とす影の軌跡だ。時間の数え方を発明したのは人間だが、時計の形を円と決めたのは太陽だ。


 時が経つ。影も、季節も、必ず一巡りして元に戻る。だけど一巡りして迎えた朝は、正にとって昨日と同じ朝ではない。一年経って迎えた夏は、去年と同じ夏ではない。


「影が……」正は床を見据えたまま、呟いた。「……そうだ。時間が経っている」

「リン、どうした?」大介が隣で心配そうに顔を上げる。

「……だから、証明できるんだ」正はひとりで結論して、顔を上げて微笑した。「セン、ゼン。ダンも聞く? 塔の()()()ができるよ、僕」

「何を今さら」全一が吹き出す。「あれはもう謎じゃないよ。あの塔は移動してないって」

「だから、僕、それを証明できるよ」

「それは凄い」大介は感心したように言った。「そんな当たり前すぎる事を証明できるとは凄い」

「あれ、やっぱり移動してないんだ?」千二は不思議そうに口にした。「でも、じゃあ、移動したのはウルシの木の方か? そうだよな、植え替えたんだな。草刈りの人たちが来てたもんな。うーん……でもさ、塔から見て遊具の位置が違ったのは?」

「君たちはなんにも分かっちゃいないよ」正はさも呆れたように溜め息をついた。「まったく、センもゼンも、さっぱり分かっちゃいないし、ダンときたら、何が問題になってるかも分かってないんだもんね」

「分かるか」大介は開き直った。「俺を驚かせたかったら、太陽を西から昇らせてみろ」

「それはきっと、あおさんならやってくれるよ」正は言い返した。「頼んでみたら? 太陽を逆向きに回せって。彼女なら、自分に不可能は無いって言うね」

「後が怖いな……」大介はぶつぶつ呟いた。


 風波駅まであと一駅になっていた。正と大介は座席を立ち上がった。千二が全員の荷物を確認する。


「青に会いたいね」正は扉に嵌まったガラス窓から、流れて行く外の景色を見つめて言った。

「そうだな」大介の口調は平凡だった。電話すれば明日にでも会えるような調子だった。


()()()、聞きたい?」正は双子の兄弟に向かって尋ねる。全一と千二は頷いた。


 列車がホームに滑り込む。アナウンスが風波駅への到着を告げる。ブザーの音と共に、扉が開いた。蒸された夏の空気が、冷房の効いた車内になだれ込んだ。乗客はそれと入れ違いにホームに降り立つ。今着いた、と千二は携帯電話で家族に連絡を入れた。


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