セシリアのお抱え料理人
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ブドウを収穫して二週間。
ドルバノとゾールのワイン作りは順調で、現在は樽の中で熟成されているようだ。
味は仕上がっているらしく、一週間後にはある程度形になったワインが飲めるとのことだった。
その間に俺はレントとレン次郎が耕してくれた畑で、新たなブドウの苗を植えており、魔石を与えながら育てている。
前回よりも与える魔石の質が低いので成育ペースは緩やかであるが、順当に進めば三週間後には収穫ができる見込みだ。
今は花穂の間引き、摘穂などの手入れをしながら育てている。
そんな風にいつも通り作業をしていると、セシリアとクレアがブドウ畑にやってきた。
鮮やかな金色の髪と銀色の髪は、畑の中でも映えるので見つけやすいな。
二人は作業している俺を見つけると、サラリと髪を揺らしながらやってくる。
「ハシラ殿、少しよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「どうして身構えるんですの?」
そりゃ、仲の悪いセシリアとクレアが揃ってやってくれば、誰だって警戒するに決まっている。なんて言えば、言い争いになることは間違いないので黙っておこう。
「気のせいだ。それで用件は?」
「ハシラさんが育てたブラックブドウはとても絶品で、魔国としてはワインやジュースを交易品に加えていただきたいのですが、いかがでしょう?」
セシリアが咳払いし、やや畏まった口調で尋ねてくる。
どうやら交易の話だったらしい。
「ワインに関しては味が未知数なために承諾しかねるが、魔国が交易品として望んでくれるのは嬉しいな。今のうちにブドウジュースを魔王に贈っておくか」
「それに関してご相談なのですが、来週の試飲会に魔王様をお呼びしませんこと? 今回のイベントの趣旨が集落内での交流だとわかってはいるのですが、ワインもジュースも含めて実際に魔王様に飲
んでいただくのが一番かと」
「そうだな。魔国とも親密な付き合いをさせてもらっているし、招待して交流を図るのもアリか」
いきなり魔族のお偉いさん一同を招待するのは却下だが、魔王くらいなら大して問題ない。
既に何度も集落に足を運んでいるし、一部の住民とも交流があるしな。
「じゃあ、魔王も呼ぶ形で進めてくれ」
「ありがとうございます。もし、招待されないとあっては魔王様が拗ねる可能性がありましたので」
ぺこりとクレアが頭を下げる。
何をバカなと一蹴するところであるが、あの愉快な魔王なら十分にあり得ることだった。
こういう催し事とか大好きだもんな。
「既に招待の手紙をしたためておりますので、ここにハシラ殿のサインをお願いします」
「仕事が早いな」
懐からクレアがペンと手紙を差し出してきたので、俺は下の方に自分の名前をサインしようとしてやめた。
どうせ仰々しくやるのであれば、もっとカッコよくやってやろう。
俺は能力で木を生やすと、自分の名前を彫られたハンコを作り出す。
そこに樹海で見つけたコゴの木を生やすと、ナイフで斬り付ける。
すると、コゴの木から緑色の樹液が出てきたので、それを朱肉代わりにして招待状にハンコを押してやった。
「これでどうだ?」
「……多分、魔王様も欲しがると思います。とても便利そうですので」
何となく俺もそう思ったので、クレアの言う通りに魔王の分のハンコも作ってやることにする。
「……あいつの本名なんだっけ?」
「ゼブラル=レイシス=レッドクルーズ様です」
「そういえば、そんな名前だったな」
普段から魔王としか呼んでいなかったので、気が付くと本名を忘れてしまっていた。
俺はクレアの述べてくれた長い名前を忘れないようにハンコに刻む。
ハンコだけ作ってもすぐに使えないと文句を言われるのも嫌だったので、コゴの木から採取した樹液を瓶詰にして入れてやった。
「では、今から魔国に戻って魔王様にお渡ししてきますわ。ついでに当家の料理人も連れてこようかと思います」
「ああ、好きにしてくれ」
頷くと、セシリアは手紙やハンコを手にして転移魔法を発動させた。
魔法陣が展開され、セシリアの身体が粒子に包まれると、次の瞬間には消えてしまった。
今頃、魔国のどこかに転移していることだろう。
転移魔法というのは便利だな。
●
ブドウの世話と各畑の成長促進を終え、そろそろ引き上げようかと頃合いにセシリアがやってきた。
隣には見慣れない白いコック服を着た女性がいる。
「お帰り。隣にいる女性が料理人か?」
「はい。わたくしの実家から連れてきました料理人ですわ!」
「はじめまして、ナベラと申します」
セシリアが紹介すると、女性がスッと前に出てきた綺麗に一礼をした。
紫色の髪をポニーテールにしており、エメラルドのような瞳が印象的だ。
パッと見は人間のように見えるが、額には短いながらも角が生えているので魔族なのだろう。
貴族に仕えているだけあって所作が綺麗だ。
セシリアは優雅さを尊ぶ傾向があるので、料理人にも立ち振る舞いの優雅さを求めているのかもしれないな。
「ここの集落の代表のようなものをしているハシラだ。魔国と比べると、色々と不便をかけるかもしれないがよろしく頼む」
「不便などととんでもございません。ここで育てられた食材は、他のものとは比べものにならない質の良さを誇っており、料理人にとっては楽園といえるでしょう」
淡々と話しているように見えるが、瞳の奥にはメラメラと熱が宿っている気がした。
どうやらうちの集落の食材が目当てで、多少の生活の不便はまったく気にならないようだ。
「そうか。うちの食材を気に入ってくれたようでなによりだ」
「来週の試飲会で提供する料理はナベラに作っていただく予定ですわ」
ちょうど来週にはワインの試飲会があり、多くの料理が必要とされる。
ナベラが料理人としての腕を振るうのに、ちょうどいいイベントだと言えるだろう。
「それは楽しみだ。期待している」
「全力を尽くします」
ナベラが意気込みの言葉を述べると、セシリアはナベラを下げらせた。
その様子から俺に話したいことがあるらしい。
「どうした?」
「その試飲会なのですけど、もう一人やってきたいという御方がいまして……」
どこか言いづらそうにしているセシリア。
今回は集落の交流を深めるのが大きな目的なので、あまり外部の客を呼ぶことはしない方針だ。
魔国から魔王だけ招待しようということで落ち着いたが、セシリアの様子を見るとどうにも断り切れない相手らしい。
なんだか嫌な予感がする。
「……誰だ?」
「魔王妃エルミラ様ですわ」
「魔王の奥さんってことは、カーミラの母親か?」
「その通りですわ」
確かめるように問いかけると、セシリアはしっかりと頷いた。
お宅の娘さん、うちの畑を燃やしてきたのでボコボコにして作物を育てさせました。
今ではなんやかんやあって同じ屋根の下で一緒に過ごしています。なんてとても言いにくいのだが。
あの父親はとても緩いのでそんな経緯を説明しても笑って流してくれたが、母親までそうだとは限らない。
「エルミラ様はどんな人なんだ?」
「魔王妃になり、カーミラ様が生まれてからは随分と落ち着かれましたが、昔は随分と苛烈な性格だったとお聞きしておりますわ」
「具体的には?」
「とても好戦的でいくつもの種族に喧嘩を売り、力で屈服させて傘下に収めていたのだとか……」
少し前のカーミラみたいなものか。あいつの場合は無邪気で、ただの退屈しのぎといった感じだったが、エルミラはそれよりももっと派手に暴れていたんだろうな。
魔王の子供にしては随分とやんちゃだと思っていたが、母親の血筋を色濃く引いているのかもしれない。
「……断ることは?」
「魔王様が後生だから受け入れてくれとおっしゃっております」
魔王からのその一言で夫婦の力関係がわかったような気がした。
まあ、魔王の奥さんなら関係者でもあるし、カーミラの母親だからな。断ることもできないか。
「わかった。カーミラの母親もくるってことで動いておこう」
「ありがとうございますわ」
セシリアは優雅に一礼をすると、ナベラを連れて去っていった。
カーミラの母親はどんな人なのか。
会いたいような会いたくないような複雑な気分だった。