ブドウのお裾分け
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ブドウを収穫した翌日。俺はレントとレン次郎を連れて、再びブドウ畑にやってきていた。
ワインの更なる増産、生食用のブドウの増産のために畑を拡張するためである。
前者はドルバノとゾールが、後者はクレアが強く望んでいるために、ブドウの増産は大きく行われるだろう。そのため今回の拡張はかなり広めに行うことにする。
畑の間取りを決めると、拡張する土地の木や草を俺の能力で引っこ抜き、レントとレン次郎が鍬で土を耕す。
引っこ抜いた木々をひとまとめにすると、開墾は頼もしい二人に任せて、俺はブドウ畑をチェック。
昨日は収穫期を迎えていないブドウがいくつかあったが、本日収穫期を迎えているものがちょくちょくとある。
とはいえ、見た目だけでは完全に判別がつかない部分もある。
そういったものは房の一番下の粒を食べて味見だ。
「甘い。ちゃんと熟しているな」
しっかりと一番下まで熟していることを確認すると、神具をハサミへと変えて蔓を切った。
採ったブドウをカゴに入れようとすると、不意に後ろでブーンッという羽音が聞こえた。
振り返ると、ヘルホーネットが二匹ほど浮かんでいた。
女王と比べると小柄だし、話しかけてくる様子もないので一般個体なのだろう。
無機質な瞳が俺の手の中にあるブドウへと注がれている。
ヘルホーネットたちが住んでいる巣箱からは、距離が離れているが匂いに釣られてやってきたのだろうか? 昨日、大規模にブドウを収穫して、集落の中に運び込んだからな。
「……食べたいのか?」
返事はないが、無機質な瞳は熱いくらいにブドウを見据えていた。
ブドウの粒を千切って手の平に乗せて差し出してみる。
すると、ヘルホーネットはゆらゆら飛んできて手の平に着地。
くすぐったさを感じながら見守っていると、ヘルホーネットは器用に足を使ってブドウを抱え込んで食べた。
一口食べてピクリと体を震わせると、歓喜を表現するように羽を強く揺らした。
どうやらうちのブラックブドウはヘルホーネットの口にも合ったようだ。
そのままずっと食べ続けるのかと思いきや、ヘルホーネットたちはブドウの粒を抱えてそのまま飛んで行ってしまった。
どうやら巣に持ち帰って皆で食べる、あるいは女王に献上するのだろう。
美味しいものを見つけて、すぐに分かち合おうという精神は素晴らしいな。
ヘルホーネットの性根の良さにほっこりとしながら作業を続けること五分後。
今度は大きなヘルホーネットがやってきた。
「おっ、今度は女王か」
「ハシラ様、先ほどはうちの子供たちがすみません」
「さっきあげたブドウのことか? 珍しくこっちに来たのは驚いたが、別に謝らなくてもいいぞ」
ヘルホーネットたちは俺が用意した花畑の傍で生活しており、基本的にそのエリアから出てくることはあまりない。それで驚いただけで、特に不快に思ったりはしていない。
「ハシラ様の寛大なお心に感謝いたします」
気にしていないことを告げると、女王は頭を垂れるように頭を少し下げた。
敬意を払ってくれるのは悪いことではないが、どうも背中が痒くなってしまう。
「ここのブドウは、ヘルホーネットにとって美味しいものなのか?」
「はい! 花の蜜とはまた違った美味しさがあり絶品でした!」
珍しく興奮した女王の声音を聞く限り、ヘルホーネットにとってブドウはかなり美味しい食材のようだ。
「なら、これを持っていくといい」
俺は収穫したブドウの一つを女王へと差し出す。
「あれだけ素晴らしい花畑を頂いた上に、ブドウまでよろしいのですか!?」
「美味しい蜂蜜を貰っているしな。これくらい構わないさ」
「ありがとうございます!」
女王はペコペコと頭を下げると、ブドウの蔓をガッチリと足で掴んだ。
女王なら他の一般個体と違い、大きさやパワーがあるので問題なく持てるようだ。
そのまま女王はブドウを持って去っていった。
女王の後ろ姿を見送った俺はふと思う。
ヘルホーネットが喜ぶなら、イトツムギアリやテンタクルスも喜ぶかもしれない。
同じ昆虫系の魔物なので、こういった甘い果物は喜ぶ気がする。
ちょうど今日の分は収穫することができたので、持っていってあげよう。
「ちょっとブドウの差し入れに行ってくる。レントは付いてきてくれ」
声をかけると、レントが作業を中断して合流。
ブドウの入ったカゴを二つ持ち上げてくれた。
レン次郎に畑の拡張を任せると、俺とレントはイトツムギアリの巣に向かうことにした。
●
「おーい」
いつものロールキャベツのような見た目の木の下にやってきて声を上げると、イトツムギアリが出てきた。
俺を確認するなり慌てて降りてくるイトツムギアリ。
視察にやってきた社長に慌てる現場監督みたいな雰囲気だ。
俺のところに駆け寄ってくるとペコペコと頭を下げる
うちの集落にいる魔物たちはやたらと腰が低いな。
こいつらと最初に出会っているのはレントなんだけど、出会った時に何をしたのか気になるところだ。
レントに視線をやってみるが、特に何も反応はない。不思議な奴だ。
「畑で採れたブドウなんだが食べるか?」
ブドウの入ったカゴをずいっと差し出してみると、イトツムギアリはおずおずと身を乗り出して食べる。強靭な顎に砕かれて実が派手に弾けた。
「ああ、汚れてしまったな」
鋼色の体が黒紫色に派手に染まってしまった。
俺は手持ちのハンカチを取り出して、イトツムギアリの体を拭ってやる。
イトツムギアリにかかった果汁を綺麗に拭えたので、ハンカチを折りたたんでポケットに仕舞う。
しかし、それはイトツムギアリの脚によって止められた。
「な、なんだ?」
怪訝な声を上げる中、イトツムギアリは俺の手の中にある黒紫に染まったハンカチを凝視していた。
自分のせいで汚してしまったので、新しいハンカチを用意したいのだろうか。
そう思ってハンカチを渡してみると、イトツムギアリはそれを地面に置き、ブドウを載せた。
なにをするのかと見守っていると、イトツムギアリは脚でブドウを踏み潰した。
「お、おい?」
呆然としながら声をかけるが、イトツムギアリは続けてブドウをハンカチの上で踏みつぶした。
食べ物を粗末にすることへの憤怒の気持ちが湧きあがったが、イトツムギアリはそんなことをする奴等ではないのを知っている。きっとこの行動には何かしらの理由があるはずだ。
深呼吸して気持ちを落ち着けて、観察に徹する。
再び派手に飛び散る果汁。
ブドウの粒から弾けた果汁はハンカチに吸われて、ドンドンと黒紫色へと染まっていく。
不可解な行動をし始めたイトツムギアリに困惑していた俺だが、段々と彼が何をしたいのかわかってきた。
「……もしかして、ブドウで染色をしたいのか?」
イトツムギアリが作る衣服の染色には、植物、花びらが多く使われている。その染色材料の一つにブラックブドウを使いたいのではないか。
そんな俺の推測は当たっていたらしく、イトツムギアリは嬉しそうにコクコクと頷いた。
まさか、食用に持ってきたブドウを染料に使いたいと言い出すとはな。
「わかった。今度追加でブドウを渡そう」
ワイン、食用、保存用と使い道が多いので、そこまで大量に渡すことができないが、衣服の染め物として役立つのであれば捻出してみせよう。
とりあえず、レントの抱えていたカゴを一つ渡すと、イトツムギアリは嬉しそうに跳ねた。
イトツムギアリは触覚を震わせると、ぞろぞろと仲間が木から降りてきてブドウの入ったカゴを回収していった。
俺の対応をしていた個体が最後にペコリと頭を下げると、イトツムギアリたちは完全にいなくなった。