ワイン醸造所
「これで今日の収穫は終わりだな」
太陽が中天に差し掛かる頃。
俺たちの目の前には大量のブドウが入ったカゴが並んでいた。
太陽の光を受けてブドウが艶やかな光を放つ。宝石のような美しさだ。
「よし、あとはこれを全部ワインにするだけじゃな」
「は?」
ドルバノの何気ない一言を聞いて、クレアがドスの効いた声を漏らした。
「冗談じゃよ。最初に約束した通り、三割や食用として集落で流通させるわい」
あわや一触即発の空気かと思いきや、ドルバノが陽気に笑いながら言った。
良かった。ブドウの使い道に関しては事前に話し合いがされていたようだ。
「ですよね。あまりにも自然な口調だったので、つい真面目に突っ込んでしまいましたよ」
「さすがにワシらでもそんな酷いことはせんわい!」
などと朗らかに言ってみせているが、ドルバノ、ゾール、クレアの瞳は一切笑っていなかった。
お酒大好きなドルバノとゾールはブドウを全部ワイン作りに回したいだろうし、甘味好きなクレアはお酒よりも食用に回したいのだろうな。
「ブドウに関しては今後も畑を拡張し、生産を増やしていくつもりだから変にいがみあったりするんじゃないぞ?」
「本当か!?」
「本当ですか!?」
今後の方針を告げると、三人が目を見開いて詰め寄ってきた。
「本当だ」
「じゃったら、このブラックブドウをもっと増やしてくれ!」
「あるいは白ワインのための白ブドウの栽培を頼む!」
「何を言ってるのですか! 次こそは生食に向いた品種のブドウを育てるのです!」
「……いがみ合うようならブドウを育てるのは無しにするぞ?」
せっかく争いのないように増産したというのに、それでも言い争っては意味がない。
「今回はワシらのためにワイン用の品種仕入れてもらったしの。次回は皆が楽しめる生食用の品種を仕入れるといい」
「ありがとうございます。そちらを仕入れつつ、ブラックブドウの増産にも力を入れましょう」
いざこざを起こせば栽培中止することを告げると、三人はにこやかなに握手をして落としどころを見つけてくれた。ブドウの栽培中止がよっぽど効いたらしい。
ちょっとした言い争うなら可愛いものだが、行き過ぎは良くないからな。
今後も作物の使い道に関しては平和に話し合って決めてもらいたいところだ。
とりあえず、今回収穫したブドウの七割はワイン作りに回すとのことなので、収穫したブドウをドルバノとゾールの工房に持っていくことにした。
カゴにみっしりと詰まったブドウは中々の重さだったが、リーディア、アルテ、クレア、カーミラ、セシリアは魔法が使えるのでカゴを浮遊させることで楽に運搬できる。
お陰で俺を含めた魔法が達者でない男性陣は、何ひとつカゴを持つ必要がない。
女性にだけ荷物を運ばせて、男性は何もしなくてもいいのかと思ったが、適材適所という言葉を思い出すことによって罪悪感を薄れさせた。
そうやって移動すると、ドルバノとゾールの工房にやってくる。
「そっちじゃない。こっちじゃ」
女性陣が工房の前でカゴを下ろそうとするが、ドルバノとゾールは立ち止まることなく進んでいく。
不思議に思いながら二人に付いていくと、工房から少し離れたところに大きな一階建ての建物ができていた。
赤褐色の煉瓦に黒い屋根。なんだか集落にあるどの家よりも豪華な気がするが、集落の家はほとんど俺の能力で建てたものが多いので仕方のないことだろう。
魔国から建築材が豊富に入ってくるようになったのも最近のことだし。
「……いつの間にこんな建物を作ったんだ?」
「二週間の準備期間に決まってるじゃろ」
思わず尋ねると、ドルバノが平然と答える。
「圧搾機とやらを作る時間じゃないのか?」
「圧搾機を作るのにそんなに時間がかかるわけがないじゃろ。それより早くブドウを中に入れてくれ」
ドルバノとゾールが大きな扉を開けてくれたので、俺たちは醸造所に入る。
室内はだだっ広く、天井が高いために解放感がある。
中央には圧搾機があり、保管するためのタンク、ろ過装置、香り付けのための樽などがズラリと並んでいた。
「すごいな。立派なワインの醸造所じゃないか」
どうやら二人の言っていた二週間という期間は、ワインを作るための施設、道具といったすべてをそろえるための時間だったようだ。
「たった二週間でここまで立派な醸造所ができるものなのね」
「お二人の熱意があってこその出来なのでしょう」
完成度の高い醸造所を見て、リーディアとセシリアも苦笑いをしている。
他の人から見ても、短期間でこれだけの施設を作り上げられるのは非常識なようだ。
「ここでワインを作っていくんだな?」
「ああ、ここから選果したものを除梗破砕機で果梗を除き、果汁を出すために粉砕する。それからアルコール発酵を行い、発酵が終わり次第圧搾し、タンクや木樽に移して熟成させていく」
尋ねてみるとドルバノからワイン作りの工程がスラスラと述べられた。
が、ワインの知識についてそこまで深くない俺たちに細かいところはよくわからない。
「で、実際のところいつ飲めるようになるのだ?」
こういう時、率直に尋ねてくれるカーミラが頼もしい。
細かいところがわからない俺たちにとって重要なのは、ワインがいつ飲めるようになるかだ。
「完璧な味を求めるなら最低でも二年」
「長いのだ! アタシはそんなに我慢できんぞ!」
同感だ。熟成には時間がかかると知っているが、もうちょっと何とかならないものか。
「完璧な味を求めるならの話で、ある程度の味ならば三週間ほどで飲める」
「なら、完璧な味じゃなくてもいい!」
「その意見を一蹴してやりたいところじゃが、ワシらも我慢できんのは同じじゃ。いくつかの樽は最低限熟成された時点で開けて、集落に提供するつもりじゃ」
せっかくワインが提供されるなら、面白いことをやってみたい。
「……ワインの試作第一号ができた段階で、ちょっとした試飲会でも開いてみるか」
「素敵ですわ! 皆でワインと料理を味わいながら語り合う! とても優雅ですわ!」
提案してみると、セシリアが特に嬉しそうな反応を見せた。
ワインの試飲会というのが琴線に触れたようだ。
確かにただの宴を開くよりも優雅さがあって貴族っぽいな。
「集落の住民も増えたことですし、交流を深める良い機会ですね」
試飲会を開く狙いには、クレアの言う交流も大きな理由だ。
集落に獣人たちがやってきて、次にエルダがやってきた。
日々の生活で交流はあるものの、腰を落ち着けて語り合う機会はあまりない。
ここらでゆっくりと交流を図る時間が欲しいと思ったのだ。
「当然、美味い料理も出るんだな?」
「ああ、ワインに合うような料理を並べるつもりだ」
「ならばいい!」
ワインだけじゃお腹は膨れないからな。
カーミラの要望通り、料理もきちんと用意するつもりだ。
「だけど、お酒が苦手な人もいるだろうし、子供たちはワインを飲めないわね」
「そっちに関しては、ブドウジュースを振舞おうと思っている」
「そうね! それならお酒の苦手な人や子供たちでも楽しめるわ!」
心配していたリーディアだったが、代案を伝えると安心してくれた。
宴を開く以上、皆に楽しんでほしいからな。
「じゃあ、ワインが完成する三週間後に試飲会を開くとしよう」
「ハシラさん、試飲会の準備は是非わたくしにお任せを!」
試飲会の開催予定を告げると、セシリアが前に出てきて挙手する。
ワインの試飲会に並々ならぬ情熱があるらしい。
こういったイベントのまとめ役はクレアかリーディアがやることが多いのだが、特に反対する気もないようでアイコンタクトで任せると伝えられた。
「なら、セシリアに任せよう」
「ありがとうございますわ! 当日は試飲会に相応しい優雅な会場にしてみせますわ!」
試飲会のまとめ役に任命すると、セシリアは強い意気込みを露わにした。
肩肘張ったイベントではないが、本人が楽しそうにやれるのであれば問題ない。
三週間後の試飲会が楽しみだ。