木牛
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「……あと一頭が中々見つからないな」
リファナが一人で倒した四頭目の樹海馬の素材を剥ぎ取ってしばらく。
五頭目の樹海馬を探しているのだが、中々見つかっていなかった。
ブラシを作るために必要なのは、あと一頭分なのだが、その最後の一頭が見つからない。
「わたしの耳や匂いでもそれらしい気配はないよ」
「俺の根にも引っ掛かってはいないな」
先程からずっと木の根を生やして探索範囲を広げているのだが、樹海馬らしき気配は掴めない。
「場所を変えようか」
「そうだな。もう少し奥に行ってみよう」
俺たちの索敵範囲にいないのであれば、これ以上留まって探す意味はない。
「ただ、この先には割と魔物がいる」
「上等!」
樹海馬こそいないものの、この先には結構な数の魔物の気配がある。
進んでいけば接敵は避けられないが、リファナはまったく臆した様子はない。むしろ漲った様子だった。
樹海馬が俺の根に入ってくるのを待つ方法もあるが、リファナの様子を見る限りこちらから動いた方が良さそうだ。
そんなわけで俺たちはさらに樹海の奥に進んでいく。
鬱蒼とした茂みを能力でかき分けながら歩いていると魔物の気配を捉えた。
「この先に魔物がいる。結構な重さをしているから大型だぞ」
「わかった」
感知した魔物の情報を伝えつつ進んでいくと、やや開けた場所にずんぐりとした巨体が見えた。背後をとっているので全容はよくわからないが、突き出している角を見る限り牛のようだ。
対象は倒れてしまった木を食んでいるのか、バリボリと咀嚼している。こちらに気付いている様子はない。
「知らない魔物だな。どうする? 一人で挑んでみるか?」
「うん、やってみる!」
尋ねてみると、リファナは嬉しそうに頷き、こっそりと魔物に近づいていった。
今回は俺も知らない魔物なので、ちょっと不安だ。
危なくなったらすぐに助けられるように準備をしておこう。
杖を握りながら待機していると、茂みを利用して死角へと回ったリファナが魔物に跳びかかった。
「てやあっ!」
リファナに気付いた様子の魔物だったが、鈍重そうな身体のせいでロクに反応ができない。
先程の樹海馬のように横っ腹にリファナの拳が叩き込まれる。
先制攻撃で有効な一撃を与えられた。かと思いきや、木々をへし折ったような乾いた音が響いただけで、魔物はビクともしていなかった。
「へ?」
「モオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
リファナが間抜けな声を漏らした瞬間、魔物の野太い咆哮が響いた。
その途端、苔に覆われていただけの身体を木々が覆いはじめ、全身を木の鎧で覆った。
それはさながら重騎士のようで一切の隙はない。
やっぱり牛の魔物だった。木牛とでも名付けよう。
一撃が通じなかったかと悟ったリファナが慌てて距離を取ると、木牛は物騒な赤いオーラを漂わせて突撃した。
鈍重な肉体から想像できないほどの加速。
「ひっ! やば!」
リファナは木を遮蔽物として身を隠す。
が、木牛は突進をやめない。むしろ、さらに加速して強引に木を破砕した。
木の裏側にいたリファナは直撃こそ免れたものの、衝撃で大きく吹き飛ばされる。
「ぐっ! この!」
リファナは空中で身をよじって体勢を整えると、魔力を纏わせた爪を振った。
鋭い斬撃の三連撃。木牛はそれを躱す素振りを見せずに突進。
リファナの斬撃は木牛の鎧に浅く傷を付けただけだ。
「ええ!? ちょっと硬すぎ!」
圧倒的な防御力。まるで牽制になっていない。
動揺しながらもリファナは着地した勢いを利用してそのまま左に転がる。
しかし、木牛の鎧が変質し、左右に鋭い木のブレードが飛び出した。
それは転がったリファナの顔の位置にきており、直撃コース。
彼女が避けられないことを悟った俺は、木牛の足元から勢いよく木を隆起させた。
地中からの不意打ちを食らった木牛がひっくり返る。
「……思っていたよりも重いな」
俺としては宙に飛ばしてやるつもりだったが、想像以上に鈍重だったためにあまり飛ばなかった。
「大丈夫か、リファナ?」
「ありがとう! ハシラに助けてもらわなかったら死んでたよ!」
「……心臓に悪い」
つい今しがた死にかけたというのに、朗らかに笑えるとはメンタルが強靭だな。
「リファナでは敵わない魔物だ。俺とレントで対処するぞ?」
「うん、悔しいけど頼むね!」
圧倒的なパワーと防御力。速度と手数を得意とするリファナとは圧倒的に相性が悪い。
獣化したとしても、木牛の鎧を突破することはできないだろう。
そのことを彼女も理解しているのかリファナは即座に退いてくれた。
その頃にはひっくり返っていた木牛も起き上がって体勢を整えていた。
新たに参戦してきた俺とレントを鋭い眼差しで見据えている。
木牛は荒い鼻息を漏らすと、こちら目がけて再び突進してきた。
圧倒的な質量が猛烈な速度でやってくる。一撃の重さはテンタクルスに匹敵する勢い。
しかし、それを上回るパワーの持ち主なら俺の傍にいる。
「レント」
声をかけると、レントが前に出た。
右腕を巨大化させると、突進してきた木牛の額をぶん殴った。
「モオオオオオオオオッ!?」
レントの強烈な一撃は木牛を覆っていた木の鎧を粉砕。
鈍重な木牛の身体が冗談みたいに吹き飛んだ。
吹き飛んだ木牛のところに歩いていくと、白目を剥いており首があらぬ方向に曲がって足を痙攣させていた。
「あはは、あの突進を正面から殴り飛ばすなんて……」
「レントのパワー勝ちだな」
リファナが苦笑する中、俺が呟くとレントはマッスルポーズをした。
表情こそ伺えないが、自慢げにしているのはわかった。
「それにしても、この魔物って牛だよね? もしかして、牛肉みたいな味がするのかな?」
まじまじと木牛を眺めながらのリファナの言葉に電撃が走った。
そうか。こいつは牛だ。それならば牛肉が食べられるかもしれない。
この世界にやってきて、何種類の魔物の肉は食べているが、未だに牛肉は食べたことがない。こいつも分類的には魔物であるが、牛なので牛肉と分類しても問題はないだろう。
久し振りの牛肉を食べてみたい。
「よし、血抜きして肉も持って帰ろう」
もしかすると、美味しい牛肉が食べられるかもしれない。
牛肉っぽいものを食べられることを願って、レントに血抜き処理を任せることにした。
「……怪我をしているな」
ホッと一息つくと、リファナの頬や腕からツーッと血が流れているのに気付いた。
「あっ、本当だ。吹き飛ばされた時に木の破片で切れたみたい。でも、こんなのすぐに治るよ」
「ダメだ。そのままにしていると悪化する可能性がある。処置をするぞ」
平気だなんだとごねるリファナを無視して、水筒の水で軽く傷口を洗う。
神具をナイフに変形させると、採取したアルエの皮を剥いていく。
ゼリー状の透明な身を切り出すと、リファナの傷口に塗布。
すると、切り傷がみるみるうちに塞がった。残りの傷口にも塗ってやると、すべてが同じように結果になる。まるで何事もなかったかのようだ。
「やっぱり、アルエは切り傷に対して有効だな」
「アルエというよりハシラの能力がすごいんだと思うけどね。でも、ありがとう」
「どういたしまして」
リファナの傷の処置を終えると、俺たちは周囲の索敵をする。
結構派手に暴れてしまったからな。戦闘の音を聞きつけて、魔物がやってくる可能性がある。
「……気をつけてハシラ。気配が一つ近づいてる」
「本当か? 俺の根にはそんな気配はないんだが……」
索敵するために根を広げているが、リファナの言うような近づいてくる気配はない。
「わたしには聞こえるよ。音の方から木の上かな」
「なるほど。それで根に引っ掛かっていないのか」
俺の根は地面に巡らせており、その上を通ることによって気配を察知する。
地面を踏まず、木の上を移動してきているのであれば、俺の索敵に引っ掛からないのも当然か。万能のように思えた索敵であるが、どうやら通じない方法もあったようだ。
新連載を始めました。
『田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている』
https://ncode.syosetu.com/n8343hm/
異世界からやってきた女騎士との農業同居生活です。
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