麦わら帽子
稽古場を作った翌日。今日は朝から暑かった。
畑を回り、作物に成長促進をかけて回るだけで額から汗が流れ出るほど。
気温はそこまで暑いわけではないが、とにかく日差しが強い。
強烈な日差しのせいで体感的に五度くらい気温が高いように思えた。
成長促進に区切りをつけたところで木陰へと入ろうとすると、リーディアをはじめとするエルフたちが木陰で休憩していた。
日差しの強さにやや参っているのか、日ごろはしゃんとしているエルフたちもだらりとしている。
「ハシラも休憩?」
「ああ、ちょっと日差しがきついから休もうと思ってな」
「ここで休まないの?」
「いや、俺が混ざったら気を遣うだろ?」
ここにいるのは全員女性だ。
女性ばかりの場所に男性が入ると、彼女たちもリラックスできないだろう。
「いえいえ、ハシラさんも休んでいってください!」
そう思って休憩場所を変えようとしたのだが、アルテたちがそう言ってくる。
ふと視線を向ければ、他のエルフたちもにっこりと笑って頷いていた。
さっきまで胡坐をかいていたり、寝転んでいたりしたのだが、今では綺麗に姿勢を正して足を横に流している。
いつの間に佇まいの整えたのだろう。瞬間的な速さは、獣化したライオスよりも上かもしれない。
「ちなみに私は氷魔法が使えるから、ここにいると涼しいわよ?」
リーディアが魔法を発動させて周囲の空気の温度を下げた。
「わかった。休ませてもらおう」
迷いをすっぱりと切り捨てて、俺はリーディアの隣に腰を下ろした。
女性ばかりなのは少し気まずいが、リーディアの出してくれる涼風には敵わない。
氷魔法のお陰で空気が冷たくて気持ちいい。
「空気が冷たくて気持ちがいいな」
「でしょ?」
下にある柔らかな草もヒンヤリとしており、エルフたちが寝転んでしまうのも納得の心地良さだ。
「暑くなったらリーディアの傍から離れられないな」
「リーディアさんの身の回りはエルフである私たちが、誠心誠意お世話いたします」
「私の魔法が目当てなのが丸わかりなのだけど……」
俺たちの心からの言葉を聞いて、複雑そうな顔をするリーディア。
狙いがバレバレ過ぎたか。
「というか、アルテたちは氷魔法を使えないのか?」
「氷魔法は習得難易度が高い魔法ですから。エルフの中でも使える者は限られているんです」
尋ねてみると、五人いるエルフの中で氷魔法が使える者は誰もいなかった。
魔法適性の高いエルフならば誰でも使えるものだと思っていた。
とはいえ、エルフたちはそれ以外の基本属性であれば、大体使える者が多いので基本スペックが高いというのは合っているな。
「ハイエルフであり、長い歳月をかけて修練しているリーディア様だからこそ、このように繊細な魔法が使えるのですよ」
「長い歳月?」
思わず反応すると、アルテがしまったとばかりに顔を青くした。
「……ハシラ?」
隣ではリーディアが得体の知れない笑みを浮かべていた。
氷魔法が効きすぎているのだろうか? 妙に身体が寒い。
「いや、すまん。失礼なことだとはわかっているが、リーディアの正確な年齢がわからないから気になってしまってな」
「そんなに私の年齢が気になるの?」
「失礼なのは重々承知しているが、同じ家で暮らしているのにまったくわからないというのもな」
あくまでからかい半分で気になっているわけではない。言葉を尽くしてそう説明すると、リーディアは悩んだ末に顔を赤らめながらポツリとこぼした。
「……百二十四歳」
想像よりも大分上でビックリした。
「言っておくけど、ハイエルフで百二十四歳っていうのは若い部類なんだからね!?」
「そうなのか?」
「ですです! 人間族で例えると、十台中頃くらいに該当します!」
リーディアやアルテたちがあまりにも熱心に言ってくるので、素直に頷いておく。
ちなみにアルテは百八十五歳。一番年下のエルフでも七十を超えていた。
皆、十台中頃、あるいは二十代のような容姿をしているのでまったく見分けがつかない。
やはり長寿な種族だけあって年齢のスケールが違うな。
「ちなみにハシラは何歳なの?」
「二十四歳だ」
「十八くらいだと思っていたけど、思っていたよりも上なのね」
日本人は、世界的に見てやや童顔に見られると聞く。
リーディアが予測を大きく誤っていたのはそのせいだろう。
「まあ、いくら歳の差があろうと今さら変わらないけどな」
「そ、そうね。そうして貰えると嬉しいわ」
「……もしかして、年齢を聞くと畏まられると思ったか?」
「ちょっとね。人間族は年上の人を敬う傾向が強いから」
「リーディアさんが望むのであれば、態度を改めますよ?」
「やめて。私がそういうの苦手だって知ってるでしょ?」
「リーディア、暑くなってきた。氷魔法を使ってくれ」
「それは扱いがぞんざい過ぎよ」
などと不満を漏らしつつ氷魔法を使うリーディアは、ちょっと嬉しそうだった。
エルフの里では王族に当たるような地位にいたと聞くし、こういった気安い関係の方が好きなのだろう。
どれだけ年齢に差があろうが俺たちは俺たちだ。百歳差があろうと気にしない。
年上だろうと年下だろうと、互いを敬う気持ちさえあればいい。
「しかし、これだけ日差しが強いと外での作業は大変だな」
「本当それね。畑の中で氷魔法を使うわけにもいかないし」
屋根でもあればいいのだが、室内栽培にはまだ手を出していない。
成長促進や魔石があれば、室内でも問題なく栽培できそうだが、それだけじゃ美味しい作物ができない気がするのだ。やっぱり植物にとって太陽の光は重要だと思う。
とはいえ、これからもっと暑くなっていく季節。
外で作業をする者のために、なんとか日光を和らげてあげたい。
そんな中、真っ先に思いついたのは帽子だ。
麦わら帽子であれば、麦で編めるので俺の能力で量産できるのではないだろうか。
そう思って俺は地面から麦を生やす。
麦の第一関節である真田と呼ばれる部分だけを使って、記憶にある麦わら帽子を編んでみる。
「できた。麦わら帽子だ」
大分能力頼りではあったが、なんとかそれらしい形の麦わら帽子を作り上げることができた。これさえ被れば日差しを和らげることができるのではないだろうか。
「リーディア、ちょっと被ってみてくれるか?」
「ええ」
麦わら帽子を渡すと、リーディアはひょいと頭に載せてみた。
「どうだ? 違和感はないか?」
「良い感じよ! これなら日差しの中でも作業がしやすそうだわ」
つばを触りながらにっこりと答えるリーディア。
麦わら帽子を被った彼女の笑みは、夏の日差しに負けないくらい輝きが強かった。
「そうか。サイズが合っているようで何よりだ」
「ねえ、ハシラ。アルテたちにも帽子を作ってあげられない?」
満足げに頷いていると、リーディアが頼んできた。
ふと、アルテたちに視線をやると、物欲しそうな視線を向けてきていた。
「構わないぞ」
「「ありがとうございます!」」
了承すると、アルテたちが嬉しそうに笑う。
夏の農業はとても大変だ。少しでも彼女たちの苦労を軽減できるようにしてやりたいからな。
同じように麦を生やして、麦わら帽子を編んでいく。
完成した帽子を被ってもらい、頭のサイズが合わなければ微調整を繰り返す。
人の頭というのは、同じように見えて微妙に形が違うのがちょっと面白い。
「これでどうだ?」
「バッチリです!」
そうやって小一時間ほど作業していると、全員の麦わら帽子が出来上がった。
「ありがとう、ハシラ。早速、これを被って仕事してくるわね」
「日差しさえなければ、へっちゃらです!」
麦わら帽子を被ったリーディア、アルテ、エルフたちが日陰から立ち上がって畑へと向かっていく。
エルフたちが揃って麦わら帽子を被っている様子はとても微笑ましいな。
日差しの中であるというのに、互いの麦わら帽子を触り合ったりしてとても嬉しそうだ。
あんな風に笑っていると、こちらも頑張って作ってあげた甲斐があるというものだ。
さて、もうちょっと休憩したら俺も作業に戻ろうかな。
「……帽子いいな」
なんて座ったまま考えていると、畑からこちらの様子を伺う獣人の子供たちがいた。
ジーッと物欲しそうな視線をこちらに向けている。
……もうしばらくは、麦わら帽子作りに励む必要がありそうだ。
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