ライオスとの摸擬戦
ライオスに摸擬戦を挑まれた俺は、新しく作った稽古場で向かい合う。
両者との距離は大体二十メートル。結構離れているように見えるが、驚異的な脚力を誇る獣人を前にするにはやや心許ない。加えて俺は肉弾戦がまったくできない遠距離タイプだからな。近づかれてしまえば終わりなので、いかに彼を近づけないかが重要だ。
ライオスは銀狼族であるグルガやリファナと比べて、体格がいい上に筋肉も隆起している。
俊敏性こそ二人に劣る可能性はあるが、パワーに関しては明らかにこちらが上だろう。
摸擬戦で獣化までしてくるかは不明だが、注意しておいた方が良さそうだ。
前方にいるライオスと視線がぶつかる。
いつもは大らかなライオスであるが、戦闘体勢に入っている今の状態は闘争心が剥き出しだ。
こうして睨み合っていると、肉食獣を前にしているようなプレッシャーを感じた。
「準備はいいか?」
カーミラが翼で飛んできて、中間地点にやってきて確認の声をかけてくる。
グルガとリファナは摸擬戦の邪魔にならない遠く離れた場所にいた。
「では、始めなのだ!」
俺とライオスが頷くと、カーミラは手を振り下ろしてそのまま上空へ離脱した。
その瞬間、ライオスが大きく息を吸いこんでお腹が膨れ上がった。
金虎族がブレス? 獣人は魔法があまり得意ではないと聞くし、種族的な能力で火などを噴くとは聞いたことがない。
「ウオオオオオオオオオオオッ!」
疑問に思っている間に、ライオスの口から音の衝撃波が放たれた。
俺は咄嗟に木の障壁を張って防御。
幸いにして攻撃力自体はそれほどではなかったようで、俺の障壁の表面が少し削れただけだった。
「うん? まったく堪えた様子がないな? なぜだ?」
無事な俺の姿を見て、ライオスが不思議そうにする。
彼が気にしているのは物理的な攻撃のことではない。
「鼓膜に粘性の樹液を張っておいた」
「なるほど! そのような防ぎ方をされたのは初めてだ!」
開幕での大音量の咆哮。何も対策をしなければ、一瞬にして昏倒させられていただろう。
なんという初見殺しの技だろうか。脳筋かと思いきや、意外と戦い方は策士だな。
「小手調べは不要だな! 遠慮なくいくぞ!」
陽気に笑っていたライオスが、そのように言うと一直線にやってきた。
「生憎と接近戦はからっきしだ」
近づかれると非常に困るので地面から木材を伸ばしての迎撃。
腹部を狙っての攻撃であったが、ライオスは木材の上に着地して駆けてくる。
吹き飛ばすことを目的とした攻撃が逆手にとられてしまった。
俺は地面から蔓を生やしてライオスへと伸ばしていく。
「ぬっ!」
それと同時に木材の表面に棘を生やしてみたが、ライオスは気付いたようで即座に木材から離脱された。
注意を蔓に向けてからの罠であったが、見抜かれてしまった。
野生の勘と言うべきか。恐ろしいほどに勘がいいし、反射神経が凄まじいな。
グルガとリファナと比べて、俊敏性は劣ると思っていたが、まったく遜色がないレベルだ。
二人から集落の守りを任せられるだけはあるな。
離脱したライオスに迫撃をかけるべく、いくつもの蔓を伸ばしていく。
ライオスは機敏な動きで走り回り、時に強靭な爪で蔓を切断する。
しかし、切断されても即座に蔓は修復され、ドンドンと地中からも生えてくる。
樹海には自然が溢れているので、俺は能力を行使しようと一切疲れることがなかった。
とはいえ、中々ライオスを捕まえることができないな。見事な身体捌きですべて躱されている。それがちょっとだけ悔しい。物量で押し切れば、容易に絡めとることができるだろうが、きちんと制御した自分の力で捕まえてみたかった。
「ハシラ、随分と手加減をしているではないか? アタシを倒した時のようなえぐい戦い方はしないのか?」
ライオスを絡め取ろうと蔓を動かしていると、上空にいたカーミラが声をかけてくる。
……摸擬戦をしている最中なのに、審判が声をかけてくるのか。などという突っ込みはしないでおく。
実力者であるカーミラからすれば、俺のやっていることが舐めプレイのように感じてつまらなかったのだろう。
いくら強靭な肉体を持つライオスでも体力は有限だ。このまま延々と蔓を動かすだけでも決着はつく。カーミラもそれがわかっているのだろう。
「最終的にそうなるだろうが、俺も自分の能力を色々と確かめてみたいんだ」
「なるほど。だとすると、今日はハシラの色々な能力が見られるのだな!」
退屈そうな顔をしていたカーミラだったが、そのように説明すると上機嫌になって離れていった。
蔓を動かしてライオスを近づけないようにしている間に、俺は能力を使って三本の木を生やした。
生い茂った葉を一斉に落として、何千という数の葉が宙に浮いた。
それらを一斉にライオスへ射出。
蔓を避けながらライオスは咆哮で葉を吹き飛ばそうとする。
しかし、何千という質量に葉を完全に吹き飛ばすことはできず、残った葉がライオスの身体を吹き飛ばした。
「うわっ! えげつないのだ!」
上空からカーミラのそんな声が聞こえる。
本来であれば葉を鋭くさせて葉っぱカッターのようにするのだが、今回は摸擬戦だ。
精々、鉄がぶつかった程度の衝撃にしかならないだろう。
俺としては随分と優しくしているつもりなので心外だ。
でも、なんてことのないただの木が、これだけ凶暴になるのだからカーミラの言い分にも一理あるか。
葉っぱの大群に吹き飛ばされたライオスに、すかさず蔓を伸ばす。
ライオスはすぐに体勢を整えて躱そうとするが、身体にダメージが残っているようで蔓に絡めとられてしまった。
「これで終わりだな」
一度絡め取ってしまえば、こっちのものだ。
このまま蔓の強度を上げて締め上げれば、ライオスは身動きが取れなくなる。
勝利を確信していると、突如ライオスの身体から金色の光が漏れ出した。
「ウオオオオオオオオオオオッ!」
ライオスが雄叫びを上げると、肉体が人型から四足歩行のライオンへと変化する。
その姿はまさに金の虎。金虎族と呼ばれるのに相応しい出で立ちだ。
「おい、摸擬戦で獣化するのか……」
獣人の限られた戦士だけが使うことのできる奥義。
獣の姿へと転じることで肉体能力を大幅に上昇させることができる。
「さすがにやり過ぎじゃないか? この辺にしておかないか、ライオス?」
「グオオオオオオッ!」
そんな意図を込めての問いかけであったが、ライオスはまったく聞く素振りを見せない。
「無駄だ、ハシラ。完全に本能に呑まれてるぞ」
「獣化は長時間でも使用しない限り、暴走しないんじゃないのか?」
「あまりにも格上が相手だと、闘争本能が大きく刺激されるらしいぞ? 樹海の強い魔物と戦った時もそうだったが、ここまで早くなることはなかったのだ」
つまり、ライオスの中で俺は樹海の魔物以上に、化け物のような存在だと認識されているのか。非常に不本意だ。
「カーミラ、ライオスを止めてくれないか?」
「ハシラが苛めすぎるからああなったのだ。自分でなんとかするのだ」
カーミラにお願いするも、きっぱりと断られる。
それもそうか。きっかけは俺なのだし、こちらが正気に戻してやるしかないだろう。
獣化したライオスがこちらを伺うように歩いてくる。
人型ではなくなり、文字通り肉食獣になってしまった。
仲間とはわかっていても、これだけ大きなライオンに近づかれると怖い。
様子を伺っていると、ライオスの姿が消えた。
ライオスの動きを捕らえることのできなかった俺は、咄嗟に木をドーム状に生やすことで防御。次の瞬間、四方八方から衝撃音が聞こえた。
堅牢な防御壁がミシミシと悲鳴を上げている。
怖いな。どこからやってきたのかまるでわからなかったぞ。
グルガとリファナを無力化した時は、事前に接近を感知していたし、距離という大きなアドバンテージがあった。
これだけ近距離で獣化されると、身体能力が一般人な俺は付いていくことができない。
目で見て感知することは無理だ。
だったらそれ以外で感知すればいい。
俺は能力を使って地中に根を伸ばしていく。
稽古場全体に浸透させるまで伸ばすと、ライオスの気配だけでなく遠くにいたグルガとリファナの気配も感じられた。
カーミラは翼で浮いているせいか気配を捕らえることができなかった。さすがに空中の気配までは捕らえられないようだ。
外ではライオスが動き回って障壁に攻撃をしてくる。
すごいスピードだが、根を張っているお陰でライオスの気配はしっかりと捉えることができている。
そのまま好きに攻撃をさせておいて、移動する気配のリズムをつかむと俺は障壁を敢えて解除した。
前方にいたライオスの姿が見えなくなる。金色の光が残像を残すだけで俺の目では捉えきることができない。が、地面に張った根はライオスの足の音をしっかりと俺に伝えてくれていた。
――右回りに大きく旋回して、後ろからの強襲。
それを把握していた俺は先回りして蔓を生やした。
「グルオオオッ!?」
加速していたこともあり、ピンポイントに生えてくる蔓をライオスは回避できない。
ライオスの身体を蔓が拘束していく。
二重、三重程度では千切られる可能性があったので、何重にも蔓を重ねて強度も上げておいた。
このまま大人しくなってくれればいいのだが、本能に呑まれているライオスはそれでも暴れ続ける。むしろ、さらなる逆境に直面してパワーが上がっているような気がする。
このまま締め上げるのは、後遺症とかがちょっと怖い。かといって、カーミラやレントのようにぶっ飛ばす勇気もないしな。
「体力を抜いておくか」
グルガとリファナを戻した時と同じように、蔓からライオスのエネルギーを吸い上げる。
すると、ライオスを覆っていた金色の光がみるみる弱くなっていき人型へ戻った。
「ハシラ! もういいと思う!」
「ライオスの獣化は解けた!」
エネルギーを吸い上げていると、リファナとグルガが慌てた様子で駆けつけてきた。
「ぐ、ぬおおおおおおお!?」
よく見ると、ライオスの顔がげっそりとしており、口からはうめき声が漏れていた。
エネルギーの吸い上げを止めて、蔓の拘束を解くと、ライオスはぐったりと地面に倒れた。
「大丈夫か? 理性は戻っているか?」
「ああ。手間をかけてしまってすまない」
「ちょっと吸い過ぎた。悪い」
エネルギーを返すことができれば便利なのだが、生憎と吸い上げることしかできない。
「ガハハ! 手加減されてこれとは、まるで勝てる気がしないな!」
ぐったりとしながらもライオスは快活に笑う。
思っていたよりもガッツリとした摸擬戦になってしまったが、ライオスとしては満足できたようだ。
「ハシラ、俺とも摸擬戦をしてくれないか?」
「わたしも!」
ライオスとの戦が終わると、グルガとリファナからも摸擬戦をすることになり、結果としてエネルギーを吸い上げられた銀狼族二人が転がることになった。
やはり、エルフィーラの加護は自然の中で無類の強さを発揮するようだ。