稽古場
ブドウの植え付けを終えた俺は、レントと一緒にマンドレイクの畑に来ていた。
マンドレイクの畑は既に収穫が終わっているので、次の収穫のために種植えだ。
マンドレイクはしっかり間隔を開けてやらないと、根が絡み合って栄養を奪い合うことになるので注意が必要。しっかりと間隔を空けて、丁寧に種を植えてやる。
「こんなに可愛らしい種が、あんな風になるとは不思議だな」
種の段階ではまったく異常はないのに、成長すると顔が浮き出て、収穫する時にはとんでもない悲鳴を上げるのだ。この段階ではまったくそんな想像ができない。
種蒔きが終わると、水を撒いて成長促進をかける。
芽が地面に出てきたところで、魔石を与えてさらに成長を増進させた。
地中に植えたばかりにマンドレイクから芽が出て、大根のような葉が茂る。
以前よりも栽培を急いでいるのは、魔国の一部で流行っている病への備えだ。
命に別状はない病とはいえ、特効薬があるに越したことはないからな。
魔王に恩を売るためにもマンドレイクを増やしておくのは悪くない。
神具を鍬へと変えると、新しく土を耕していく。
家から鍬を持ってきたレントも、同じように並んで土を耕してくれた。
セシリアが持ってきてくれた麦と大麦もすくすくと成長しているし、魔国から仕入れたトマト、キュウリ、ナスなんかも育っている。
果物、山菜も種類が増えて充実しているが、薬草畑は持て余し気味だな。
薬やポーションの素材となる薬草類が豊富なのだそうだが、現状では俺以外に薬を作れる者はいない。
唯一薬を作れる俺も農業の方を優先してしまっているので、あまり大きく時間は割けない。
錬金術師なんてそもそもこの集落にいないものだから、ここにはポーションすらない。
よって、今のところ薬草類は育てて魔国に輸出するだけとなっている。
利益が高いのでそれも悪くはないが、できれば薬師や錬金術師に来てもらって、薬やポーションを常備させたいものだ。
次の魔国からの移住者には薬師や錬金術師を頼もうか。
専門職であり、かなりの高給取りなので、こんな辺境の樹海に来てくれるか不明だが、なんとか頼んでみよう。
そんなことを考えつつも、俺はレントと一緒に鍬を振るい続けた。
●
「……ふう、この辺りで切り上げるか」
朝から鍬を振るい続けることしばらく。
太陽が中天のところまで昇ったところで、俺は鍬で耕すのを止めた。
ずっと鍬を振るい続けたせいか随分と汗をかいてしまった。この辺りは木々が多いので、それほど日差しが強いわけではないが、日中は本格的に暑くなってきたものだ。
俺がタオルで汗を拭って一息ついている間にも、レントは鍬を振るい続けている。
精霊であるレントは相変わらずの疲れ知らずで、最初と変わりないペースで土を耕し続けていた。
「レントはまだ続けるか?」
尋ねると、レントは一瞬だけ動きを止めてこくりと頷いた。
どうやら区切りのいいところまでやってしまいたいようだ。
「わかった。俺は先に家に戻るよ」
気持ちは俺も同じだが、レントのペースに合わせていては身体を壊してしまう。
適度に身体を休めるのも大事だからな。
マンドレイクの畑をレントに任せることにした俺は、歩いて家まで戻る。
「おお、ハシラ! 頼みがあるのだが、ちょっといいか?」
家の前まで戻ってくると、カーミラが元気な声を上げてやってきた。
後ろには銀郎族のグルガ、リファナ、金虎族のライオスもいた。
「頼みってなんだ?」
「獣人たちと稽古できる広い場所が欲しい!」
「稽古できる広い場所をか……?」
「うむ! 今の獣人たちでは実力不足なのだ! アタシやレントがいなくても、外で狩りができるように鍛えてやりたい!」
薄い胸を張ってそう答えるカーミラ。
うちの集落には射的場はあるものの、そういった目的の稽古場はないな。
身体を動かすのが好きなカーミラはそうかもしれないが、グルガたちもそれを望んでいるのだろうか。
「可能であれば、稽古場があると嬉しい」
「実戦も好きだけど、今のままだと先に身体を壊しそうだしね」
「獣化せずに樹海の魔物を打ち倒すには、基礎の戦闘技術を研磨する必要がある」
チラリと視線を向けると、グルガ、リファナ、ライオスもそのように言った。
どうやらカーミラの独りよがりというわけではないようだ。
採取に行ける人員が増えることは集落全体として喜ばしいことだ。
現状で安定して外に行けるのは、俺、カーミラ、レントたちだけだからな。
食材調達という意味でも、戦闘員の育成は必須だな。
本格的に戦闘技術を磨く以外にも、気軽に身体を動かせる場所があって困ることはない。
「わかった。稽古場を作ろう」
「やったのだ! これでアタシも存分に暴れられるぞ!」
「そっちが本音か」
「わわっ! しまったのだ!?」
指摘してやると、カーミラがあたふたとして顔を青くする。
「安心しろ。稽古場の設置は有意義なものだ。取り下げるようなことはしない」
「そ、そうか」
さて、稽古場はどこにしようか。
これから畑を拡大していく以上、集落の傍に作るのは論外だ。
射的場の近くが空いているが、あそこでは静かに矢を射りたいので却下だ。
西にはマンドレイクの畑が広がっているし、まだ手をつけていない南西がいいだろう。
「少し移動するぞ」
「うむ!」
稽古場を決めた俺は、カーミラたちを連れて南西へと移動。
集落から歩いて十分ほど歩いたところで俺は足を止めた。
「集落からこれだけ離れれば安全だろう」
やってくるのにほんの少し時間がかかるが、この程度の距離で文句を言う者はいない。
カーミラなら飛んですぐに行けるし、獣人たちの脚力ならば三分もかからないしな。
周囲に魔物がいないことを確認すると、俺は能力を使って邪魔な木々を引っこ抜いていく。
そんな様子を見て、グルガとリファナが口をあんぐりと開けていた。
「……木が勝手に抜けていく」
「ハシラって、本当になんでもできるんだね」
「なんでもはできない。俺ができるのは植物の操作だけだ」
「いやいや、それでもすごいよ」
木を引っこ抜いては移動させて、端に積み上げる。
引っこ抜いた木々は木材として利用できるし、薪なんかにもできるので無駄にはならない。
次々と木を引っこ抜いていくと、乱立していた木々がぽっかりとなくなり、だだっ広い空間ができた。
「これくらいの広さでいいか?」
「うむ、十分だ! 土はアタシが埋めておく」
木を引っこ抜いた場所にたくさんの穴があったが、カーミラが土魔法を使うことで均してくれた。
でも、ちょっと荒い。クレアやリーディアであれば、もっと綺麗にやってくれるんだろうな。魔王がカーミラの魔法制御を荒いと言ったのも頷けるものだ。
まあ、別にここで畑を耕して作物を育てるわけではない。多少、地形が荒かろうとそれはそれで練習になるのだろう。
「それじゃあ、後は頑張ってくれ」
「待ってくれ、ハシラ」
稽古場を作り終えて引き返そうとしたら、ライオスに呼び止められた。
「なんだ?」
「オレと模擬戦をしてほしい」
「どうして俺なんだ?」
カーミラやグルガたちと模擬戦をするのは理解できるが、一般人である俺とやるのは、少し理解できない。
「グルガとリファナはハシラと戦ったと聞いた! 集落で一番の実力者とオレだけ戦っていないというのは面白くない!」
理由を尋ねると、ライオスがそのように言った。
いやいや、なんだそれは。
「確かにライオスだけハシラと戦ってなかったね!」
「ああ、ハシラの胸を借りてくるといい」
ライオスの主張にリファナとグルガが同意するように頷く。
獣人の戦士の中では、納得できるような理由らしいが、俺にはよくわからない。
大体、集落で一番の実力者はガイアノートであるレントだと思うのだが……。
「ハシラ、相手をしてやったらどうだ? リーダーとしての威厳を見せつけるのも大事だぞ?」
まあ、カーミラの言葉も一理あるか。
俺も能力の練習ができることだし悪いことではない。
「構わないが、戦士のような戦いはできないからな?」
「引き受けてくれたことに感謝する!」
俺の言葉にライオスは不敵な笑みを浮かべた。