獣人の襲来
長く続いていた雨はすっかり収まり、俺たちのいつもの日常が再開された。
少しぬかるんだ土に気をつけながら、雨で作物に異常がないか皆でチェックしていく。
強く雨が降った時こそあれど、風はそこまで強くなかったし布で覆っていたので作物に異常がないようだ。
降り注いだ雨のお陰で今日は水をやる必要もないだろう。
昨日レントとドミノ倒しをしたカマクラを見ると、そこにはレン次郎とレン三郎がドミノを作っている。
彼らはすっかりとドミノ倒しにハマったらしく、休憩時間にああやってドミノを並べるのをよく見かけるようになった。
落ち着いた佇まいでドミノを並べる姿は、休日の公園で将棋を指すご老人のようだ。
ああ、木製だし今度は将棋を作ってあげるのもいいかもしれないな。
なんて考えていると、ドルバノとゾールがこちらにやってきた。
「なあ、ハシラ。ワインを作るために木を生やしてくれんか?」
「できればググナロ、シャルベ、ハゼスタンだと助かる」
ワインを熟成させるための樽を作りたいのだろう。樽に使う木材の香りによって味が大きく変わるというからな。
「ゾールよ。いくらなんでも無理じゃろ。それらがどれだけ稀少かわかって――」
「いけるぞ」
「えっ?」
この世界独自の香木で、一部地域しか生えていない稀少な木らしいが俺の能力で生やすことができる。
言われた木を知識から引っ張り出して、それらを生やしていく。
「おおっ! まさか、高級香木をこんなに簡単に生やすことはできるとは!」
「ここで育てたブドウとハシラが出してくれた木を合わせれば最高のワインが出来上がるに違いない!」
ドルバノとゾールはとても興奮した声を上げた。
傍から見るとおじさんたちが狂喜乱舞しているようにしか見えない。ここまで活き活きとしているおじさんは中々いないだろう。
ドルバノとゾールは斧を振るって、早速木を伐採し始めた。
樽を作るための木材としてカットしていく。
「ウオオオオオオオオオオッ!」
ドルバノとゾールの要求に応えたので家に戻ろうと歩き出すと、東の方から野太い遠吠えのようなものが聴こえた。
「今の声は魔物かしら?」
「聞いたことのない声だな」
突然の咆哮に休憩をしていたリーディアや作業をしていたエルフたちが手を止める。
レントたちが定期的に警備しているお陰か、魔物たちが寄ってくることは少ない。
声はオオカミの遠吠えのようだったが、聞いたことのない声だった。
見上げると、空を飛んでいたテンタクルスが目標を見定めて一直線に降下した。
どうやら声の主は俺たちのところに近づいてきているようだ。
「全員、作業を中断して下がってくれ」
テンタクルスが突撃したということは何かしらの危険存在が近づいてきているということだ。声を張り上げてエルフたちを家の方に避難させる。
「ちょっと待て。これを採り終わってからいく」
「そんなものはいくらでも生やせる。命が大事だ」
ドルバノとゾールが目の前の香木を優先するなどとバカなことを言い出したので、蔓でグルグル巻きにしてレン四郎に運んでもらった。
テンタクルスの突撃で遠くの土が勢いよく舞い上がる。
「……何がきてるか知らんが倒せたか?」
「いや、躱されたみたいだぞ」
砂煙の奥にいる存在を知覚してかカーミラが不敵に笑いながら言う。
並の魔物であれば今の突撃で木っ端微塵なのであるが、どうやら相手は並ではなかったらしい。テンタクルスの攻撃をかいくぐる相手に警戒心を上げる。
前方で微かに二つの影が見え、それらはもくもくと舞い上がる砂煙の中から勢いよく出てきた。
大きなオオカミのような個体が二体。赤い瞳を灯しながら疾走してくる。
ここら一帯を守るキラープラントたちが一斉に蔓を伸ばして迎撃するが、二体のオオカミは機敏な動きでそれを避けていく。
「なにあの速さっ!?」
「すごい魔物だな」
「……いえ、あれは恐らく獣人ですね」
クレアが冷静に観察して言い放つ。
「獣人? ただの魔物の類にしか見えないが……」
獣人といえば、人型で動物的な特徴を身体に宿しているとても身体能力の高い種族だ。
人型の姿のはずであるが、俺たちの目の前にいるのはどう見ても銀色の毛を纏ったオオカミだ。
「あれは獣化しているのかと。野生の本能を呼び覚まし、身体能力を飛躍的に上昇させる獣人の奥義です」
つまり、その奥義を使って巨大なオオカミのような姿になっていると。
ぱっと見では全然わからないな。
「つまりは一応人ってわけか……」
「このままマザープラントにやらせるか? とはいっても、加減をするつもりはないみたいだが」
畑の番人としてこれ以上の侵入を許すつもりがないのか、マザープラントが巨大な蔓を生やしだす。蔓のひとつひとつがとても大きく、大量の棘がついている。
いつものような雑魚を片付けるようなものではなく、確実の相手を仕留めるような雰囲気をプンプンと感じる。
「待て、マザープラント。殺さないでくれ」
どのような理由で襲い掛かってきたのかは知らないが、さすがに人を殺めるのは気が引ける。
俺の命令を聞いて、マザープラントが戸惑ったように動きを止めた。
「甘いな、ハシラ。獣化した獣人を殺さずに拘束するのは容易ではないぞ?」
「問題ない。樹海の中ならば、そこは俺の領域だ。殺さずに拘束する」
キラープラントの蔓をかいくぐって獣化した獣人が猛烈な勢いで迫ってくる。
それに対して俺はただ木を生やすことで対抗した。
ただ、その量は莫大だ。何千という数の木が津波のように相手に覆いかぶさる。
相手がどれだけ速かろうが避ける隙間を失くしてしまえば一緒だ。
獣人は爪を振るって斬撃のようなものを飛ばすが、何千もの樹木の前に焼け石に水だ。
あっという間に木に呑み込まれる。
そのまま蔓と枝を操作してがんじがらめにして拘束。
「グオオオオオオオオッ!」
それでも獣人は暴れて這い出ようとする。
俺の生やした木はとても耐久力が高くビクともしない。逆に獣人の身体が傷ついて血が出る。
「自分の身体が傷ついているのに暴れるとは……」
獣化した獣人たちの凶暴さに驚く。
このままでは自らの身体を壊しかねない。だからといって拘束を解くことは論外なので、カーミラにやった時と同じように木で力を吸い取る。
今回は魔力ではなく、体内にあるエネルギーだ。
獣人たちのエネルギーを吸い取ると、覆われていた白銀の毛がなくなり、耳と尻尾を生やした白髪の男性と少女となった。
多分、獣化というものが解けたのだろう。獣人の二人はガクッと気を失った。
「よし、これで大人しくなったな」
「……ハシラ、アタシとやった時は本気ではなかったのだな?」
ホッと息を吐くと、傍にいたカーミラが怯えた表情でいった。
過去にやられた技を使ったせいでカーミラのトラウマを刺激してしまったようだ。
「あの時は畑も近かったからあまり派手に操作しなかっただけだ」
それに比べて今回は何もない平地での戦いだったので周りの被害を気にせず戦うことができたので楽だった。
「ハシラ様が一番強いというのは本当だったのですね」
「作物を育てたり、家を建てたり、生活を育てる意味での最強かと思っていました」
エルフたちがどこか畏怖を抱いたような瞳を向けてくる。
「別に最強というわけじゃない。ちょっと植物を操作できるから樹海の中では有利なだけだ」
所詮、俺なんてまともに接近されればただの人と変わりない。レントなんかと接近戦になれば、普通にやられる自信があるぞ。
「ひとまず、獣人の様子を確かめましょう」
リーディアの意見に異論はなかったので、ひとまず無力化した獣人の二人を木から解放した。
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