交易の第一歩
「……これどうなってるの?」
レントと一緒に狩りに出かけていたリーディアが帰ってくるなり疑問の声を上げた。
「お嬢様ああぁぁぁーっ!」
「よしよし、大丈夫だぞ」
リーディアからすれば、帰ってくれば知らない魔族の女がおり、カーミラの腕の中で号泣しているときた。リーディアがそう言うのも当然だろう。
「カーミラの関係者が剣呑な気配と魔力を出して近づいてきたから、キラープラントが迎撃した」
「細かいことはわからないけど大体の流れはわかったわ」
それ以上のことは俺にもわからないので、カーミラとクレアに聞くのが一番であるが、今はそれどころではなさそうだ。
「今日の獲物は?」
「緑鹿とウサギが二匹よ。処理をして川につけてあるわ」
「そうか。なら、当分は肉は必要ない――とは言い切れないか」
「カーミラがすごくお肉を食べるからね」
俺とリーディアだけなら燻製にして二週間くらい保つのだが、食べ盛りのカーミラが加わると一週間も保たない。お陰で少し狩猟のペースが上がっているが、樹海の中を探索するのは好きなのかリーディアは割と嬉しがっているようだ。
ただ、樹海の魔物には太刀打ちできないようなので、レントが必ず同伴することになっているが。
「そろそろ落ち着いたか?」
「ああ、すまない。取り乱してしまった」
リーディアと会話して時間を潰し、落ち着いたタイミングで声をかけるとクレアが立ち上がった。
涙と鼻水でぐずぐずになっていた表情が元来のものであろう凛としたものになる。
「私はクレア=バーミリオン。カーミラ様に仕えている魔族です」
「俺は柱だ」
「私はリーディア」
「クレアは、カーミラを探しにやってきたのか?」
「はい、そうです。お嬢様が私を振り切って三週間。今まで似たようなことはありましたが、これほど長期間帰ってこなかったのは初めてでしたので心配になって捜索しにきました」
あー、やっぱり。いくらなんでも三週間も帰ってこなかったら心配するよね。
「にしても、よく死の樹海までやってこられたものだ。クレアの実力だとキツかっただろ?」
「キツいなんてもんじゃありませんよ! ここにくるまで何度死にそうになったことか。それにようやくお嬢様を見つけたと思ったら、キラープラントにぼこぼこにされますし……」
「まあ、ハシラが相手じゃないだけマシだぞ? アタシなんて木で拘束された上に魔力を吸い上げられ、殺される寸前までいったからな」
ちょっと初対面の相手にそんな物騒なことまで言わないでもらいたい。印象が悪くなる。
というか、何故殺されかけた時のことをそんな誇らしそうに語るんだ。さっきまでトラウマを思い出してビクビクしていたよな?
「お、お嬢様が殺されそうに!? そんな、お嬢様を下す相手が魔王様以外におられるなんて……」
「あれ? 仕えている人が殺されそうになったのに意外と好印象?」
「魔族は強い者に惹かれやすいから」
「な、なるほど……」
リーディアの捕捉に何となく納得した。そういえば、最初にカーミラを倒した時もそんなことを言っていた。
てっきり、お嬢様をよくも倒してくれたな! くらいの勢いで詰め寄られるかと思った。
「……では、お嬢様はハシラ殿に隷属されて無理矢理この場に?」
「いいや、違うぞ。賠償という名目で滞在していて、アタシは作物を育てているんだ」
「はい?」
カーミラの言葉を聞いて、凛々しい表情をしていたクレアが間抜けな声を上げた。
魔王の娘が樹海で作物を育てているなんて言われれば、理解が追い付かないのも当然だ。
「……作物を育てる? 一体どうしてお嬢様がそのようなことを?」
「少し前までのアタシは愚かだった。育てることの苦労を知らず、ハシラの畑に被害を与えただけでなく、当然のようにまた作れと言ってしまったのだ。だが、今のアタシは違う。苦労して作物を育てる喜びを知ったのだ」
「お、お嬢様?」
突然、語り出したカーミラにクレアが戸惑う。
俺やリーディアと違って、クレアは以前までのカーミラをよく知っていたはずだ。だからこそ、その口から出てくる言葉に戸惑いを隠せないだろう。
俺とリーディアだって、カーミラがここまでの情熱を抱いているとは思わなかった。
「だから、アタシは満足がいくところまで作物を育てない限り、城に戻るつもりはない」
きっぱりと宣言するカーミラ。
「そんなことを仰られても困ります。さすがにそろそろ戻らないと魔王様もご心配なされますし」
「いや、父上はアタシの身について心配はしないと思う」
「たしかにカーミラ様をどうこうできる人物など中々いませんから……」
「それにアタシが戻ったところでやることもないだろう? 精々、周りの国にちょっかいかけるだけだ」
「……何やってるんだよ」
毅然と述べるカーミラに呆れの言葉が出てしまう。
「前までのアタシは暇で暇でしょうがなかったのだ」
暇だからといって、魔王の娘にちょっかいをかけられる周りの国はさぞかし大変だろうな。
「うーん、そう考えるとお嬢様には、ここで畑を育ててもらうのがいいかもしれませんね。城での余計な仕事も減りますし。あれ? でも、そうなると私の仕事はどうなるんです?」
「クレアも一緒に作物を育てるか? 楽しいぞ?」
「ええ? 私もですか?」
「どうせ戻っても父上や周りの奴等にこき使われるだけであろう?」
「そうですね。それでしたら、長い休暇だと思ってお嬢様と一緒に作物を育てるのがいいかもしれませんね」
カーミラが優しく語り掛けると、クレアがどこか遠い目をしながら呟いた。
どうやら魔王城での仕事はかなり大変なようだ。
クレアが社畜のような目をしていた。
「そういうわけで、ハシラ。クレアも一緒にここに住んでいいか?」
カーミラに上目遣いに尋ねられて、リーディアに視線を送ってみる。
「リーディアはどう思う?」
「ここはハシラの場所だから。ハシラが決めてちょうだい。私としては人が増えるのも異論はないし」
ふむ、特にリーディアも反対している様子はなさそうだな。
カーミラへの忠誠心も高く、真面目そうな人なので悪いことはしないだろうな。
というかしたら、すぐにキラープラントやレントが制裁を加えるだろうし。
「別にいいよ」
「おお、ありがとうございます!」
「ただし、ちゃんとクレアが魔王に連絡は入れること」
カーミラが戻るつもりがないなら、クレアに報告をしてもらうしかあるまい。
「えー? 父上に連絡なんていらないだろう?」
「カーミラはそう思っても俺は不安なんだよ。魔王が直々にやってきて攻撃されたりでもしたら困る」
「たしかにそれは怖いわね」
魔王が襲来してくることを想像したのか、リーディアも不安そうに呟いた。
「それがクレアとカーミラの滞在を認める条件だ」
「わかった。クレア、父上への報告を頼む。それが終わったら、すぐに戻ってくるのだ」
「えええええ!? また一人で死の樹海を出て入ってくるのですか? 無理です! 次は絶対に死にます!」
「それならレントをつけようか?」
俺がそう言うと、後ろに控えていたレントがズンと存在を主張するように歩み出た。
「ガ、ガイアノート……ッ! ぜ、ぜひ、この方を護衛に頼みます!」
どうやら魔族の間でもガイアノートの存在は有名なようだ。クレアがこくこくと首を激しく上下に振る。
「わかった。帰りはある程度のところまでレントを付き添わせ、やってくる時は合図があったらレントを向かわせる」
「ありがとうございます」
「それとこれは別件なんだが、国の方から作物の種や苗を持ってきてくれないか? あと、できれば調味料の方も。対価としてこの樹海で採れた魔石がある」
魔王への報告も重要だが、どうせ国に戻るのなら交易をさせてほしい。できれば、クレアを通じて末永い交易をしたいものだ。
樹海には様々な作物はあるが、普通に流通している作物も育てて食べたい。
リーディアによると、この世界にもトマトやジャガイモといった馴染みのある作物もあるみたいだし。それらが増えれば、俺たちの食事にも幅が広がるというものだ。
「さすがは死の樹海の魔物の魔石……かなり上質ですね。任せてください、私たちの生活の質の向上のために持ち帰ってみせます」
手持ちにあるデビルファングの魔石だけで十分だったのかクレアは快諾してくれた。
「それでは早速行って参ります。二週間ほどで戻ってまいりますので!」
「遅い! 一週間で何とかするのだ!」
「お嬢様でもないので不可能です!」
報告処理に時間がかかるのかと思ったが、会話を聞く限り単純に距離が遠いようだ。
クレアはレントを伴って、樹海の奥に消えていった。
クレアで飛んで帰れる安全圏まで見送ったら戻ってくるだろう。
よし、これで交易の第一歩だ。
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