竜神 第二話 01
竜神は、ミネが面白そうに、海や火山に歓声を上げているのを見て、思いだしていた。遠き昔、人間の母と父神と暮らしていたことを。成人し竜となったとき、父神と戦って、自分が竜神になったことを。
父神と戦う前夜、父神が竜神として生きていくことを話してくれた。
「大昔、火山のこの島に、一艘の船がやってきて人間どもが暮らしだした。まだ、この島には名前はなく、私の何代か前の竜を見て、人間どもは、はじめは恐ろし気にしていたが、いつの間にか勝手にわれら竜を神と崇めだし、願い事があると妙齢な娘を差し出してきた。その時から、私の祖先は、竜神になり、娘を孕ませ、子を産ませた。しかし、竜を孕むとほとんどの女は死んでしまう。人を孕むと、産むことはできるが、竜神は、女も子供も食べてしまわなければならない。」
「なぜ、そのような残酷なことをするのかと、お前の目は言っているが、人間として生まれてきて、この断崖の孤独に耐えられるか?人は、竜と違って老いていく。何も知らぬ子供の時は良いだろう。人間は、一人では生きていけぬ生き物だ。だが、もし村へ戻しても、島人は、竜の子を島人としては受け入れてはくれまい。」
「背中にうろこを持つ竜の子が生まれても、今のお前と同じように竜の姿ではない。巣立つとき初めて竜の姿になる。そして、父神、そう私と戦い、どちらかが生き残る壮絶な生き方なのだ。もし、竜の子のお前が勝てば、もっと強くなるために母を食べねばならない。いいか、これが掟だ。私が勝ったときも、おまえの母は、私に食べられる。強き子孫を残すためだ。もっと、強き竜の子を宿す女が必要なのだ。」
「竜は、神と崇められ、それを受け入れた時から、竜神となり強き子孫を残さなければならない。それが、この島の掟なのだ。」
たんたんと話す父神は、私の前で、竜の姿になったことがなかった。父神にも母にも、愛情深く育てられた私は、初めて父神を怖いと思った。明日、この父神と戦うのだと思うと勝てるわけがないと思った。でも、私が勝てば、母は生き延びることができるとも思った。私なら、母を食べはしない。
私は、必死で戦った。雷鳴が響き渡り、海は大きくうねり、いつしか火山も噴火を始めた。天高く二頭の竜がとぐろを巻き戦っている姿を見た島人は、生きた心地がしなかったことだろう。ただ、なぜか父神は、弱かった。そんなはずのない父神の喉に私の牙がささり、えぐるように食いちぎり、父神は断末魔を上げ、海へ落ちていった。
「強き、竜神となれ!」
父神の最後の言葉だった。母を愛し私を愛していた父神。父神は、掟を守ったと言うのだろうか。それを教えてくれる者はいなかった。
19年に一度、若い娘が贄としてやって来たが、皆、気味悪げに泣くだけで、本当の竜神の姿さえ見ようとしなかった。竜神は、贄の女を抱きかかえ、人知れず遠くの島へ逃がしてやっていた。きっと、竜神は、竜として優しすぎたのだろう。竜神島の掟を破っていたのだ。やさしさはもろ刃の刃となって降りかかってくることを竜神は、やがて知ることになる。
竜神は、自分が何歳になっているのか、覚えていないほどの長い年月、孤独に時を過ごしてきた。それが、ミネは違っていた。気味悪げにすることもなく、きらきらと輝く瞳で竜神を見るのだ。今も、抱きかかえられていることに恐れることもなく、かえって身を乗り出すように、空の上からの島を楽しそうに見ている。
「面白きおなごだ。」