竜神 第一話 02
その年の最後の寄り合いで、早矢の村長の娘、ミネが選ばれた。何時もであれば、恐ろしさで体を震わせ、悲し気に目を閉じ、生贄として観念している娘を運んできたが、ミネは、今までの娘と違っているようだ。
目をキラキラとさせている。島人たちが、竜神様と崇める竜に会えるのだ。自分たちが平和な暮らしができているのも竜神様が、守ってくれたおかげだと教えられてきた。平地も無く、ため池もないこの島は、良く水不足を起こす。そんな時も、竜神様が雨雲を呼び、しのいできた。ミネは、娘たちが気味悪がって行かない、島深く切り立った崖の下にある竜神神社に感謝のお参りを欠かさなかった。1年前の大嵐で難破したと心配していた兄の船が海岸に打ち寄せられ無事に帰ってきたことも竜神様のおかげと、より一層、感謝の念を深くしてきたのだ。
もし、食べられてしまうとしても、直に礼が言えるのだ。父も母も兄も、そして島人みな感謝しているとだけは伝えたい。そしてこれからも島を守ってくださいとお願いしたい。そして、もし竜神様にお仕えすることができたなら、真心からお仕えしたいと思っていた。
その年の暮れ、除夜の神聖な太鼓に見送られ、山深い竜神神社への道を、ミネを乗せた輿の行列が、続いていく。遠くから、ミネの両親が手を合わせ見送っていた。
「ミネは、大丈夫でしょうか」
「大丈夫だ。俺たちの娘だ。
生まれた時から、今日の日を覚悟して育ててきたんだ。
竜神様を崇め、親への感謝も忘れずに、兄弟たちを良く面倒を見てきたミネだ。
きっと、島の皆が、竜神様に感謝して暮らしていることを伝えてくれるだろう」
「そうですね。ミネは、ちゃんとお礼を言ってくれますね。」
月明かりの中、その行列は神社へ向かっていく。やがて森の中へ入っていき、たいまつの灯りも見えなくなっていった。
竜神神社の鳥居でミネは輿から降ろされ、ここまで見送ってくれた島人は、言葉を発することなく静かに山を下りて行った。いくら、期待を胸にしてここまでやって来たと言っても、まだ数え16の少女だ。たいまつの灯りだけが照らす社に一人残されると、暗闇の怖さで震えだした。
「震えているのか?」
突然、崖の上から声がした。
「えっ、竜神様?」
「そうだ、竜神だ。」
「竜神様、いつも、ありがとうございます。昨年の夏は、私の兄さまをお助けいただいてありがとうございました。」
ミネは、あらん限りの声を張り上げて、自分の思いのすべてを伝えようとした。それを聞いていた、竜神が笑い出した。
「お前は面白きおなごのようだな。」
ふっと、気配が消えたと思っていると、社の中から、雄々しき男が現れた。そして、黙ってミネを抱き上げると社の中へと入っていった。
あくる日、ミネは目が覚めると、海の見える断崖の中腹にある洞穴にいた。周りを見渡すと、洞穴の出入り口の近くには、竈もある。ミネのいる部屋の奥には、板敷の部屋がもう一つあるようだ。ただ、長い間使われた様子はない。不思議そうに部屋を見渡すミネは、はたと気づいた。
「私、生きている!」
嬉しくなって、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、土間へ降りて、洞穴の出口へと向かった。
波の音が聞こえ、カモメが一声高く鳴いた。朝日が差し込み、心地よい風も吹いている。
「あー、気持ちが良い。新しい年の初めだ。
とうさま、かあさま、私は、ちゃんとここにいるよー!
竜神様に、みんなのこと、お話するからねー!」
空には、カモメが仲間たちと気持ちよさそうに飛んでいる。こんな高いところから島や海を見ることのなかったミネは、あたりを見回した。
「ここは、どこ?」
崖の下を覗き込もうとしていると、突風が吹いて態勢を崩した。
「あっ!」
落ちたと思ったその瞬間、ふわりと抱きかかえられ、空を飛んでいた。若き男がミネを抱いて空中に浮かんでいる。驚いているミネに、その若者が聞いた。
「ほんとうに、お前は面白いな。名は、何というのだ。」
それは、昨日の夜聞いた、竜神の声だった。
「ミネと、申します。」
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涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第47回 竜神 第一話と検索してください。
声優 岡部涼音君(おかべすずね♂ )が朗読しています。
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