05.作戦開始
能力がある人たちが協力してやっても駄目だったことに、能力がない一般人が挑むにはどうしたらいいか。
知恵を出せないなら汗をかくしかない。丸を書いてそれを塗りつぶす作業だ。
女将さんに
「この町で、町の歴史に詳しくてよそ者にも話してくれる人を紹介してくれませんか」
言い方を変えるとヒマで話し好きの老人を紹介してくれ、だ。女将さんだって「本物の巫女さんを紹介してくれ」と言われたら困るだろうけど、これなら心当たりがあるだろう、ありすぎるだろう、地図を広げて丸を書いてもらい、訪問の順番を教えてもらい、電話をかけてもらい、電話に出ないところには紹介状を書いてもらう、やってもらってみたら結構大変だったが、女将さんもオフシーズンでヒマだったようで、特に何も言わずに手伝ってくれた。ときどき奥から誰それさんの名前がとんでくる。ご主人も耳をそばだてているようだ。
今回の件で経費は全部夫人持ちなわけだが、宿泊費はやりとりがない。直接夫人に請求がいくことになっている。そのぶん女将さんは私の監視を頼まれていて、私がちゃんと調査をしているか、寝てばかりいないか、遊んでばかり…は遊ぶ所なんてないが大きな町に入り浸ってないかくらいか、の報告はするようになっているはずだ、しかし自分も働かされることになったわけだが、何も言わなかった。
地図と手紙を持って、廻る軒数が軒数なので手土産はなしで、ローラー作戦の開始である。
奥さん方や子供(町を支えている大人)たち、孫たちに胡散臭い目で見られても、老人たちは
「こないだ来た偉い先生に影響されて若い人も来た!もっと大勢が“儂の”話を聞きに来るかもしれん!」とはっちゃけたようで、私は私で老人の昔話を聞くのが好きだから誤解を解くこともせず本当に面白がって傾聴する。
それらの内容は特に明記することはない。今生活している人で神様に会った人がいないし、特別な御利益を得られた人も誰もいないことが解ったので、神様についてはガイドブック以上の情報が得られないのだ。それならそれで「神様=ゆるキャラ説」が補完されるだけだ。しても仕方がない努力が解ってくるのでいいのだが。
紹介された老人たちから、さらにまた話し好きの老人を紹介してもらう。ネズミ算式に会う人が増えていくわけだが、町の人口が多くないので、たかが知れている。
そこでプランBである。
先遣隊が「会うために必要な音」の存在を聞いたのは、夫人邸に戻ったときだ。夫人は誰かからの電話報告で聞いたと思っていたから戻ってくるまでは言わなかった。先遣隊は直接確認はできなかったが、雰囲気で「そんな音は手がかりがなかったと思う」がせいぜいである。私は直接老人たちに聞く。そして全員から「いやぁ、それは知らないな」という返事を聞く。
ならば、誰が夫人に教えたのか?先遣隊の儀式を見ていたであろう土地神とか妖怪としか考えられない。であれば、その土地神や妖怪を味方に付けるのがよろしかろう。
話をしてくれた老人に別の話し好きの老人だけを紹介してもらうだけではない、この土地のお地蔵様、神像、庚申塔、管理者のいないお寺や神社、さらに一般的な「不思議なことがあった場所」「妖怪がいる、出たと言われる場所」ことごとくを教えてもらい、丸を書いて塗りつぶす作業である。
これで日にちが進む。
結果には何ら結びついていない“私だけがお得”な日々だが、毎日メールで「会った人、誰それ。訪れた場所、どこどこ」を送っていて、女将さんも嘘ではないことを報告しているはずなので夫人も何も言ってこない。町の人たちにしてみたら、神様や妖怪の他にも自分の人生だの町の歴史だのを長々と聞いてくれ、あちこちに本当に足を運んでいるのを見ているから、心底納得の民俗研究家である。
お地蔵様だの神社だのしらみつぶしに訪れて、名乗って「力を貸してください」とお願いするが、一度も返事はない。仕方がないが、お百度参りのごとく、何度も訪れないといけないのかなぁ。
そしてもう一つ、これが一番辛くて面倒なのだが、先遣隊が儀式を行ったのは深夜なのである。知識のない私はそこはぶら下がらせてもらい、その時間に御神体のある広場に行くことにしている。
儀式をした時間は深夜三時ごろだとかで、その時間に広場に着くには、二時くらいに出発しないといけない。帰ってきて五時前くらいで、ここは女将さんには申し訳ないと頭を下げている。
深夜、宿から広場までの往復が、やはり町に広まっている。強力な懐中電灯を持って堂々としているからか「熱心だね」と受け入れられているが、ここが一番気の使いどころだ。
しかしやはり何も起こらない。
神様はそんな簡単に人間なんかに会ってはくれないのだ。
駄目なら駄目で、ここまでやらなければ「駄目でした」とは言えないだろう。