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02.依頼

 当日、駅から高級住宅地に向かいながら、どんな商店が並んでいるのかを楽しむ。こういう町のケーキ屋さんやレストランはどんなシェフがいるのだろうか。

 いよいよ住宅だけになり、庭は見えないけど生け垣やら壁の装飾やらを楽しむ。金持ちはそういうところで主張をするのだ。私の住んでいる町のそれとは存在理由が違う。普段来ることがない町でちょとした小旅行だ。これで目的もなく歩いていたら職務質問されるかもしれないが、目的の家はこのあたりだって名をとどろかせているだろう、

 そんなくだらないことを考えながら到着する。

 防犯を考えた、がっしりした外観の一軒家だ。呼び鈴を鳴らし、ドアが開き、三人が書いた紹介状を渡し、中に入れてもらう。いやもう玄関からして落ち着いた趣味の良い造りだ。狭すぎず広すぎず、スリッパも重ね置きはされていない。

 靴を脱いで「ちょっと待ってください」と一声かけ、鞄から靴下の新しいのをとりだし、履き替える。

 開けてくれた黒服に案内され、電話を受けた人か考えていたら和室に通された。

 茶室だ。女性が座って迎えてくれた。

 聞いたイメージがやり手の女傑だったので、てっきり貫禄のある、恰幅のいいぎらついた女性を想像していたのだが、それは外れた。細身でキレのある顔をした女性で、笑顔であれば小唄の師匠さんといった感じだ。しかし全く笑顔を見せず、どうぞ、とも言わず、会釈で座るように促す。

 私も何も言わずに会釈をし、茶室の客の場所に正座をする。

 三人から、昭和中期のドラマで、裕福な家に招かれるとまず最初に茶室に通され抹茶を一杯振る舞われる、この家ではその習慣を続けているんだと説明されていた。

 伯爵夫人も…茶室では伯爵主人と言う方がいいのだろうか?まぁ夫人でいいか、この家に来るからには作法も解っているだろうな、と言わんばかりに無言のままお茶を立て始める。三人から正座の練習をしておけと言われていたが、やはり長時間はやりたくないものだ。

 お湯が沸騰する音、茶筅の音などを聞きながら、外の音は聞こえないなとぼんやりしているうちに「どうぞ」と渡される。

 茶碗の正面を避け濃茶を口に含むと、きちんと今日の気温にあった濃さと味である。ああ、ちゃんと歓迎されているのだなぁというか、これだけ格式の高い家だったら客が無礼でなければきちんともてなすんだなぁと、ほっとする。

 最後の一滴までズズッとすすって茶碗を置き、結構なお点前でというよりは普通に「ごちそうさまでした」と頭を下げてから(美濃焼かな?)と茶碗をひっくり返すのだが、そこから先が解らない。

 夫人が茶碗の作者の名前を言うのだが、知らない人で覚えられなかった。

 お茶を飲み終わり、私のふとももがパンパンになっているのを見たのだろう、「それではあちらの部屋で」と移動を促される。ゆっくりと立ち上がり、無理矢理に足を動かして夫人についていく。


 今度の部屋は洋間でテーブルである。

 座ったらお手伝いさんが普通のお茶と和菓子を持ってきた。おぉ、さっき覗いた店にあったやつだ。

 手を伸ばしたときに夫人が口を開き、自己紹介だ。そして

「お呼びだてしてこういう言ってはなんですが、ご職業はどのようなことをなされているのでしょうか」

 お菓子を一口味わいながら固まる。

 いや、そりゃそうなんだ、私は今まで誰にも本業も住んでる場所も言ったことがない。依頼人達は皆私の正体がどうかなど全く関係がなかった。報酬が前払いなら持ち逃げを警戒するのだろうが全て後払いだったし、紹介者も悪い評判は一切言わなかったから秘密をばらすこともない、今まではそうだった。

 しかし伯爵家を継ぐ家でそれは拙いのだろう、私が連絡をよこしてから今日まで日にちも短く、信用調査も間に合わなかったのだろう、なにやら重大なことを頼みたいのなら、こんなギリギリになってもできるだけ安心が欲しいのはよく解る。

「本業はちょっと言うのが恥ずかしいんですけど…」

「音を録ってくる腕前は大したものだと聞いていますが、それが本業ではないのですよね」

「ええ、旅行のついでです」

「では何をされているのですか」

 詳しくは言えないのだけどね。

「本業と言いますか、やってるのは婿養子です。とある家で跡継ぎが娘一人になりましてね。周囲の有力な家は全てパワーバランスで牽制し合っている状態になっていまして、全くの外から婿を呼ぶことになったんですけど、無能は仕方がないにしても有害な者は呼べないと人選され、私になりました」

「…はあ…」

「で本来なら娘に子供が授かったら用無しになってお役御免となるはずだったんですが、まぁ家に害を及ぼさないし他の女性に色目も使わないしで、このまま婿を続けさせてもいいんじゃないの、と現在に至ります」

「…どちらのお宅ですか?」

 そういう家の事情なら理解が早いのであろう、その確認もしたいのだろうが、それは言うわけにはいかない。

「北の方でして。それ以上は言えません。大した仕事も任されてないので時間はたっぷり使えますよ」

 夫人は思考を巡らせているようだ。聞けるだけ聞いた評判と、嘘でこういうことを言うだろうかという可能性、これ以上踏み込んだ質問をするリスクなどなどだろう。

「秘密は守っていただけますか?」

「ええ、それは請け合います。家の者は私が外で遊んでいると思っているので話しなぞ聞きたくないようですし、こちらから話すこともありません。また誰かが力ずくで聞きだそうとしたら、それこそ家の者が黙ってはいませんので、秘密保持は心配していただかなくて結構です」

「そうですか」

 覚悟を決めたようだ。

「では話を聞いてください」

「どうぞ」


「娘が神様に怒られましてね、罰を当てられたんです。懇意の神社や力を持った人にお願いして神様に許してもらう方法を探してもらったんですが、皆一様に、神様の怒りが強すぎて話を聞いてもらえないと困っていたんです。そして人が頼んで駄目でも他の神様に口添えをしてもらえれば大丈夫かもしれない、k県のa岬にいる神様が関係が深いので、そちらの神様に頼るのはどうかとことになりました

「それでうちの者やそういうことに詳しい人にa岬まで行ってもらったんですが、そもそも神様にこういった具体的な願いを聞いてもらう手立てがよく解らず、御神体も神主がいる施設に祀られているのでもないため、なんの手がかりも見つけられなかったのです

「ところが調べていくうちにようやく一つ手がかりが見つかり、特別な音が解る者は神様に直接会えるという話を見つけました。それで怪異の音に詳しい人を探すことになったのですが…」

「なるほど、それで私が紹介されたということですか。しかし私はそういう話は初耳です」

 少し考えて

「うーん、可能性や解釈ならアドバイスできますが、私も神様に会う方法というのは見当もつきません」

「いえ、まだ続きがあるのです。調査していた者達が戻ってきて報告書を書かせたのですが、誰一人としてそのことを書いていないのです。そこでようやく気がついたのですけど、その手がかりを電話で報告してきたのが誰か、解らないのですよ。そこで音に詳しい方にa岬に行ってもらって、調べて欲しいのです」

 ちょっと待て。

「…え?私が行くんですか?」

「はい」

「いや、ちょっと待ってください、あなたやその地に行った人達も、音は聞いてないんですよね?」

「ええ、聞いてはいません」

「でしたら私はお受けすることはできません。私の仕事は、世界の誰も信じてくれなくても自分はこの耳で聞いたんだ、という話を信じてその音を探しに行くことです。依頼人が自分でも信じていない音を探しに行くことは、私には無理です」

 言葉が強くなる。

「いえ、そこをなんとか」

「いや、世の中には負ける勝負は引き受けないという人がいて、そういうことですよ。音を探すことは勝ち負けではありませんが、最初から徒労に終わることを想定する仕事は受けたくありません。そもそも誰が言ったのか解らない話というのは、なるほど怪異ではありますが、神様が発した音に気がつくということなのか、会いたい人が音を出して神様の気を引きたいのかが解らないのでは、どうしようもないじゃないですか」

「いや、お言葉はごもっともですけど」

 どんなに偉い伯爵夫人であっても、そんなあやふやな話で重い責任を背負ってくれって、断る一択である。

 そんな押し問答を続けていると、部屋に一人入ってきた。頭からフードを被り大きなマスクをしている。

 トボトボと俯いて歩き、夫人の隣に座った。

「娘です」

 その人がこちらに頭を下げる。

 成り行きでこちらも頭を下げると、その人はフードとマスクを外した。


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