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お嬢様は何度でも死亡フラグを折る  作者: 蓮葉
お嬢様は舞踏会で巻き込まれる
8/81

お嬢様は情報収集される

 「エリーゼ様! お昼ご一緒しましょ?」

 「……なぜあなたと一緒に昼を食べねばならないのかしら」

 「わたしが一緒に食べたいからです!」

 エリーゼは唖然とした顔でアリィシアを見た。

 つい最近まで、単なるクラスメイト……どころか、問題児とそれに眉を潜めて注意するクラス長という立場だったはずだ。

 アリィシアだって、エリーゼに対して、どちらかというと注意を聞き流すような舐めた態度をとっているのが腹立たしいことに丸わかりだったというのに。


 ――なにこの、尻尾を振らんばかりの好意を剥き出しにした態度は。怖すぎる。


 演技なのか本気なのか、好意ダダ漏れといった態度である。

 そもそも、政治的に敵とまではっきり言わないまでも、対立陣営であるフェリクス王子の取り巻きとリューネ王女の取り巻き同士である。

 その魂胆が何かある、腹に一物ありまくるのは間違いない。何それ怖い。

 

 「それにしても、ここがよくわかったわね」

 「エリーゼ様が珍しく教室で食べないようでしたので、後をつけてきたんです」

 「……まさかの尾行宣言。しかも気づかなかった私って……。あなたはいつもどこで食べているのよ?」

 「生徒会室で、王子以外のみんなとです。王子はほら、王家専用の料理人が作り、毒味役ばっちりの料理をリューネ姫と食べてらっしゃるでしょ?」

 「まあね」

 それくらいは、リューネ姫の取り巻きであるエリーゼも知っていることだった。


 学園には『学食』と俗に言われる安いレストランはあるが、それを使うのは、下級貴族や平民たちだ。

 エリーゼやアリィシア(一応、後見人の叔父は裕福な方の伯爵階級)のような身分の者は、そもそも『学食』に足を踏み入れることは希であるし、恥という雰囲気がある。

 とはいえ、街から少し離れた場所にあり、通常は寮で集団生活をしている学園の生徒である。王家の者のように専用のシェフと警備のしっかりした部屋で食事をすることになっている特別待遇や、家からシェフに毎日昼食を届けさせる見栄っ張りな金持ちなどのごく少数以外は、昼食を食べる手段に困る。

 なので、基本的には、学園で契約している専用のレストランから届けられる食事を前もって注文するという方法をとることになる。しかしこれが、当然ではあるが保存のための低温魔法を使っているため、届けられる時には冷めているし、金額も『学食』と比べものにならないほど高価だしと、あまり嬉しい代物ではないのであった。まさしく見栄の塊と言えよう。

 ……しかし貴族というのはそういう見栄でできている悲しき生き物なのであった……。

 かくして、『学食』に行くことを避ける者たちは、自分の教室や、許可を得た空き部屋、中庭などで専用レストランから届けられた昼食をとることになる。

 いつもは、エリーゼも、教室で、クラスメイトと昼食をとることが多いのだが、今日は、頭の整理がしたくて、人のいなさそうな場所まで来たのだ。

 今日は、週末で、授業は昼までしかないため、時間がたっぷりあると思ってそうしたのだが……。


 「たまには、息抜きがしたかったのよ」

 「なるほど! いいですね! いい天気ですし、秋めいてきて気候もいいし、ピクニック日和というか」


 えへへ、と気の抜けた笑顔を見せ、エリーゼの警戒をものともせず、アリィシアは、人通りのほとんどない裏庭のベンチに座る彼女の横に当然のように腰掛けた。

 秋の風に吹かれ、アリィシアの肩より短く、癖のないまっすぐなピンクブロンドの髪が淡い光に透けるように煌めく。灰色がかった青い瞳が人なつこく煌めいた。今は、あの『魅了』の魔力は発動していないようだ。

 エリーゼは、癖の強い波打つブロンドの長い髪をリボンでまとめた。食事をするには少し邪魔だったからだ。 

 本当は、無言で立ち去ってやろうとも思ったし、人のあまり来ない礼拝堂近くの庭園とはいえ、もし誰かに見られたら厄介だとも思ったが、せっかくの機会だ、アリィシアから情報を得てやろうと、思いとどまったのであった。


 「で、何の話がしたいの?」

 「いきなりそう来ますかぁ? もう少しなんでもない・・・・・・おしゃべりを楽しんでからにしましょうよ」

 「そういうまどろっこしいのは、あまり好きではないの」

 とりつく島もないエリーゼの言葉に、不満の色を見せながら、しかしアリィシアは笑顔を崩さない。

 彼女の『立ち位置』を知ったせいか、どこかその笑顔に、空虚さを感じてしまうのは先入観があるからだろうか?

 「うーん、まあ、いいですけどね。でも、特に理由はないんです。強いて言えば、エリーゼ様のこと、もっと知っておきたいなぁって」

 「なぜ?」

 「……なぜ……って、うーん、興味があるから、ですかね?」

 「興味、ねぇ」

 それは、アリィシア本人の興味なのか、それとも。

 しかしながら、王子に命じられて、とはっきりと言われてしまうとエリーゼとしても逃げ場がなくなってしまうため、それ以上の追求は避けることにした。

 「そもそも、あなた、どうして王子に仕えることになったの。あなたの家は元々、王子派でもなんでもないじゃない」

 「まあ、どっちかというと王子派って程度です。まあ、わたし自身が家の本流じゃないし、きちんとした教育も受けてないので、王子に近づくなんて最初から考えてなかったし、おじさまからもそんな指令は受けてなかったですね」

 「じゃあなぜ?」

 「その……うっかり王子とリヒャルト様に能力をかけちゃったんですね、あはは」

 「どういうことそれ?!」

 アリィシアは目をぱっちりと開いて右人差し指を自分のあごに当て、可愛らしく小首を傾げた。

 「入学してすぐだったかなぁ。うっかりして、中庭の木陰で昼寝していた王子……あ、わたしは王子の顔をあんまりしっかり覚えてなかったので、最初は誰かわからなかったんですけど……ともかく、王子がですね、午後の予鈴が鳴っても起きないのを見つけて、親切で声をかけたんですよ」

 「そこまでは、普通よね」

 アリィシアが両手の指をあわせてもじもじ、とさせた。

 「それが、運が悪いことに、わたし自身もその日、ちょっと調子が悪くてですね、力のコントロールが甘くなってたんですよ。それで、目が覚めた王子にちょっと……その、力を浴びせちゃって」

 「何やってるのこの子?!」

 エリーゼは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 王子に魅了の魔法を浴びせるなど――それが間違いだったとしてもその心を操ろうとしたなどバレれば、『王族を害した』として極刑である。

 「ですよねー。わたし、王子だって知らなかったから、魅了を誤魔化そうと、立て続けにもう一度、意識的に魅了の力をかけちゃったんです」

 「ひぃ! 二度なんて言い訳がもう効かない!」

 「ですよねですよねー。普通なら、わたしにメロメロになって、言うことを聞いたあと、わたしにもう近づかないとか、そういう『お願い』を聞いてくれる状態になるんですけど、ほら、王家って魔法防御がガチガチでしょ? 最初っから王子には効いてなくて……わたし、殺されそうになっちゃって」

 アリィシアは自分の首を片手で絞める仕草をした。ノリが軽い。軽いのに内容は血の気が引くほど重い。

 「そこにリヒャルト様が騒ぎを聞きつけてやってきて、わたしも生命の危機だったので、咄嗟にリヒャルト様に力を使っちゃって、そっちはちゃんとかかっちゃったんですけど……」

 「罪が増えてる?!」

 「もう修羅場で。リヒャルト様にかけた魅了のおかげでその場では死なずには済んだんですけど、もちろんお二人に連行されて、いったいどういう意図を持ってこんなことをしたのかと厳しく尋問されて……その時に王子だって知ったんですよねー」

 アリィシアは遠い目をした。

 「間違いなく殺されると思いました」

 「そりゃそうでしょう。よく生きていたわね」

 「わたしだけならまだいい・・・・ものの、家も道連れになる……おじさまに申し訳ないと思うと、もうわたしも必死で。王子だと知らなかった、この力がバレた以上、役立ててください、使い潰してくださいと必死で拝み倒したんです」

 「そういう……ことなのね」

 なるほど、魔道具も何も使わずに意志の力だけで発動する魅了の力というのは、潜入には打ってつけの能力には違いない。殺すには惜しいと思わせるのに成功したということか。

 「最初は、そんな感じでした。もう必死だったんです」

 アリィシアは、修羅場な過去を語るには不似合いなほど優しい目になった。

 「最初は……?」

 「ええ、最初は」

 「今は、違うの?」

 アリィシアの問いに、エリーゼは慈愛すら感じられるような綺麗な笑みを浮かべた。


 「今は、王子のためならばこの力を使って何でもしたいと、そう思っています。わたしの力も、わたしの存在もすべて、あのひとの進む道のために捧げたいって」


 ぶるり、とエリーゼは震えた。背筋に冷たいものが走る。

 それは部下としての覚悟であり、健気な発言と言えた。

 しかし、その静かな瞳と言い回しに、何故か狂気のようなものをエリーゼは感じたのだ。


 この話を続けたくない、とエリーゼの脳裏にアラートが鳴る。

 そもそも、そんなにアリィシアのことを知りたいわけではない。野次馬的な興味はあるが、深入りするのは危険だし、必要性もない、と打算が答えを弾き出す。 

 エリーゼは話題を変えることにした。

 「……ディールが言っていたのだけど、『今後大変になる。王子に興味を持たれたから』と。どういう意味か、あなたにわかるかしら」

 しかし、アリィシアは何故か、ああっ! と叫び声を上げて、瞳を煌めかせた。

 「それです!」

 「……なによ」

 「ディールくん! ディールくんと昔からのお知り合いなんですよね?! わたし知らなかったんですけど、どういうご関係なんですか?」

 「……どういう、関係って」

 エリーゼは、黒髪黒目、小柄で童顔、いかにもキレ者の顔つきをした少年を思い出す。今は王子の取り巻きをやっているようだから、そうか、アリィシアとも親しいのだろう。

 「ほら、エリーゼ様のお家はリューネ姫……ひいては王弟殿下の方に近いでしょ? でもディールくんは王子の方に近しいですし。どうも王子にスカウトされたっぽいですけど、それを受けるってことは、エリーゼ様のお家との政治的しがらみは薄いってことですよね? 話を聞いてると、ディールくんは養子みたいですし、平民だし、どういうつながりなんですか?」

 「どういう……ってそれはディールの方が」

 いろいろと事情があったのだ。でもそれを

 「教えてくれないんです! こう、少し前に聞いたんですが、エリーゼ様の事情もあるから自分からはちょっと、と誤魔化されて」

 

 ――ディールぅぅぅ!!! 多分メンドクサかったからでしょうが、私を言い訳にして逃げたってことね?!


 アリィシアの言葉に、急にエリーゼは腹立たしくなってしまった。別に普通に語ればいいことだし、隠されている事柄なんて何もない。ディール自身、自分の出身を隠していないのだから当然だ。

 だから、単に、メンドクサかっただけなのだろう、とエリーゼは結論づけた。

 おかげで、エリーゼがアリィシアからメンドクサい質問を受けることになってしまったと言える。エリーゼとしては、少し意地悪い気持ちになってもいいだろう。

 つまり、いろいろバラしてやろう、というそんなアレだった。


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