プロローグ:酔っ払いツェツェーリエの適当でよくわからない昔語り
「彼」を初めて見たのは、戦場だった。
隣国との国境での小競り合い。どちらも本気ではないのに始まってしまった戦争。
お互いに総力をあげるつもりはないが、一泡は吹かせて、有利な「お土産」を持って帰りたい……そんな意味の薄い戦争。
二つの山とその間を流れる川とその先の小さな盆地。盆地へ入る国境を破られればこちらが負けだが、隣国もそこまで入ってくる気はないだろう。
あくまで両国の睨み合いの原因は、ここから見える山だ。
なんの変哲もない僻地の山だったが、最近魔石が発見され、それまで、あまり人が住んでいなかったことから両国の境界がはっきりしていなかったことが災いし、俄かに悪い意味で脚光を浴びたのだった。
あの山の鉱床を守るのが、我々の軍のミッションだった。
お互いに本気の戦ではない。その余力もない。この冬だけの戦いで決着が付くだろうと言われていた。
小競り合いに駆り出されるのは騎士たちで、ほとんどは若い貴族の後継以外だ。手柄を立てて自分の爵位を貰えたら、将来は安泰である。
そんな若者たちの高揚がまだ続いていたのだから、あれはまだ戦も始まってすぐだっただろう。
ツェツェーリエがアルベルトを見かけたのは。
13歳と聞いていた。よく鍛えられた身体だったが、切ないくらいに、まだ全然身体の成長が追いついていない。
13歳の従軍は多くない。
10代の若者は多いが、10代にとって、前半であるか後半であるかはあまりにも大きな違いだ。
勇者の剣の保持者だと大隊長に紹介された時には、どんな冗談だと思った。
挨拶もそつなく、目立たぬようにいつも微笑い、そしてその瞳の中にはいつも虚無しか見えなかった。
そりゃそうだろうと思う。
アルベルトの身分は大隊長付きの小姓だった。その年齢ではそのくらいの身分しかもらえない。
しかも「騎士爵の嫡子ではない息子」となればそうなるだろう。
なんと馬鹿馬鹿しい話だとツェツェーリエは思った。
全員が顔を背けたくなる茶番だった。
勇者の剣。
王家の保持する、建国の勇者の剣は、その勇者の血をもっとも色濃く受け継ぐものしか扱えないのだと言う。
つまり、アルベルトは、王家の庶子、でしかありえない。
気の毒に、王家の血を濃くひいていると宣伝して歩いているようなものだった。
父親は誰か? いや母親かもしれないが…。
その髪も目も、王家の色とはかけ離れている。誰から受け継いだかは見た目からはわからない。
誰もが遠巻きにしているようで、親しい者もいないようだった。
何がきっかけだったのか覚えてはいないが、なんとなく自分の天幕に招くようになった。いかがわしい邪推の声も聞こえないでもなかったが、どうでもよかった。
そもそも13歳の子どもだ。自分は22歳なので、今考えれば若かったのだが、それでも彼は男には見えなかった。彼もそんな期待をしていたわけではなかった。
ただ魔法の話をしたり、たわいのない話をしたり。そんな時間を過ごした。
ツェツェーリエは享楽的な性格だし、興味のない他人にはとことんひどい人間だという自覚はあったが、逆に、一度懐に入れてしまうと、ついつい情をかけてしまうのだ。
それで何度か痛い目にあってるのだが、我ながら懲りない。
「どうしてあなたは僕を気にかけてくれるんですか?」
「強い力を持つものは、孤独だろう。休む場所が必要だと知っているからだ」
「僕の、剣のことですか」
「そうだ」
「あなたほどではないと思いますよ、炎の魔女」
ツェツェーリエの特技であり、その出世のための全ての手段である、炎の魔法。
「そうだな。私のように、何かを壊すことでしか活かせない力だ」
破壊の力など、結局、そんな風にしか役に立たないのだ。
「これからの世界には、必要ではない力だ。1人の人間が使うには強すぎて、しかし、北方で研究の進んでいるという『魔道具』の開発が進めば無用の長物になるかもしれない力だ。どちらにしても、使えない力さ」
「……僕を憐れんでいるんですか」
「いや、憐れんでいるのは自分自身さ。アルベルト、あんたはこんなやさぐれた大人になるんじゃないよ、という話さ」
「10歳も違いませんが。それに従軍した時点で、僕も成人と見做されています」
「なあアルベルト、あんたは何のために従軍したんだ? 手柄が欲しいのか?」
「そうですね。今の僕は一人では何もできないので、動ける地位が欲しいのです」
「騎士爵位か?」
「そうです。早く養父から独立したい」
「何が目当てなんだ?」
答えると思っていなかったし、聞いてはならなかったと今でも思っている。
あれは、知ってはならない答えだった。
「妹がいるはずなんです」
「いるはず?」
「ええ。多分、生きていると思うんですよ。僕が生きているんだから」
「そうか、聞かなかったことにしよう」
王家の醜聞など、聞かないに越したことはない。庶子の妹が王家の血を引いているかはともかく、生死が疑われるということは紛れもないスキャンダルだ。
苛烈な性格の国母様が関わっているのだろうが、いろいろと見境のない彼女に目をつけられたくはない。
「や、やりすぎだ…!」
「死神……!」
その勇者の剣で、あっさりと戦争を勝利に終わらせたアルベルトの実力は、悲しいほどに本物だった。
あと、勇者の剣がビームを出すことを初めて知った。
そして、ツェツェーリエとアルベルトの関わりは、終戦で当然のように途切れた。
なんとなく、年下の養子を育ててみようかな、と何故かそういう気分だけをツェツェーリエに残して。




