お嬢様はモヤモヤする
ヘレネの悲鳴と同時にあからさまに動揺の色を浮かべたのは男たちだった。
「やあ君たち、はじめて会うようだが、俺のことを知っているのか?」
アルベルトが意味ありげに笑う。2人の男は真っ青になり、その場に棒立ちになった。
「知り合い……なわけはないよ、なぁ?」
男たちは、恐怖の表情を張り付かせたまま、凍り付いたように動かない。
なるほど、騎士団関係の人間だったのか、とエリーゼは納得した。ごろつきらしからぬ品と、リヒャルトが手もなくひねられるような強さは、そういうわけだったのだ。
「ヘレネ嬢は俺がお連れしよう。問題はないですね?」
アルベルトの言葉に、ヘレネは頷いた。どんな顔をしているのか、エリーゼからは見えない。
「というわけで、リヒャルトとエリーゼ嬢は、頼んだよ」
アルベルトの言葉に、店に入ってきたのは、ディールだった。
「ディール、あなたやっぱり……」
自分たちを囮にして動いていたのだろうと文句の一つも言おうとしたエリーゼは、押し黙った。
ディールは黙ったまま、激怒していた。
長いつきあいだ。表情でわかる。
そして、その怒りはまっすぐ、リヒャルトに向けられていた。
「お嬢様を守るどころか、わざわざ危険な目にあわせたのですか」
リヒャルトが口を開く前に、慌ててエリーゼは釈明しようとした。
「ディールあのね、違うのよ」
「お嬢様は黙ってください。あなたについては後でお話しします」
ぴしゃりと言い切られ、その迫力にエリーゼは思わず黙った。
「申し訳ない」
「それだけですか。何故、店にお嬢様を1人で行かせたのです?」
リヒャルトは憮然とした顔をした。
「言い訳だが、逃げろと言ったつもりだったんだ」
「……」
そうだったのか、少し気まずげにエリーゼは視線をそらした。
「……まあ、普通は敵がどれだけいるかわからない店に1人で飛び込んだりはしませんね。普通のご令嬢ならね」
ディールが刺々しく言う。
まったくごもっともである。
さっき自分で気づいたことを、ディールもきっと気づいているのだろう。
ずっとエリーゼが隠していた自分の能力を使うことにためらいが薄れていることを。そうでなければ、いくら戦闘訓練を学園で受けているとはいえ、まだ学生で腕に覚えがあるわけでもないエリーゼが、そんな危険に飛び込むわけがないということを、エリーゼと同じくらい、ディールも知っているのだから。
そして、ディールはそのことに怒っている。
心配をかけてしまったのだと、エリーゼは反省した。
「ディール?」
そこに声をかけたのは、三人の誰でもなく、存在を忘れられていた店主だった。
「お前、もしかしてディール・リントか?」
虚をつかれたように、ディールは目を丸くした。
「そうですが」
不審気にディールが問いかける。
「俺のことを知っているのですか?」
「知っているさ。お前、大きくなったなー! レブだよレブ!」
「レブさん?!」
急な知人の登場に、どうやらディールの怒りは霧散したようだった。
素っ頓狂な声をあげて、ディールは男をまじまじと見る。
どうやら、主に、頭を中心に。
「わ……わからなかった」
視線を動かさずに言うディールに、男は怒鳴った。
「髪のことは言うな!」
「いや、だって、なあ」
「知り合いなの、ディール?」
「……まあ、昔の、知り合い、です」
なんだか急に、聞いたこともない砕けた声で、見たこともない幼い表情をしたディールを見て、エリーゼは心がざわめくのを押さえられなかった。
昔の知り合い……ディールがまだエリーゼと会う前、街にいた頃の知り合いということだろうか。
ディールが街にいた頃……エリーゼと知り合う前だ。
そういえば、どんな子だったのだろうとエリーゼは今更ながらに思う。長い間知っているのに、街にいた頃のことは聞いたことがなかった。
エリーゼの屋敷に来てすぐは、ディールが話したがらなかったのだ。屋敷の者たちは、屋敷に置く以上、当然調べて知っていたのだろうが、エリーゼには、ディールが話さないなら聞かない方がいいという姿勢だったので、子供だったエリーゼは、そのうち興味を失ったのだった。
今思えば、エリーゼ自身の他人への興味のなさに愕然とする。
「レブさん、あいつらの仲間なの?」
「ち、違う! その……店を貸してくれと言われたので貸しただけだ!」
「レブさん……」
ディールが呆れたように言った。
「まさか賭け事に負けて借金したのか?」
「な、何故それを?!」
「うわぁ、そういうとこだけ変わってねぇのな」
「どこが変わったって言うんだクソガキ!! 髪のことは言うなっ!!」
「言ってねーし!! どっちにせよレブさん、事情聴取だから。すぐ騎士団来るから。逃げんなよ」
「逃げねーよ」
男は急にテンションを下げて、それだけでなくガタガタ震え出した。
「まあ正直に何でもペラッペラ喋れば痛い目も見ないと思うぜ。レブさんそういうの得意だろ」
借金のカタにいうことを聞かされたということだろうか。
「うるっせえや! このクソガキ、お貴族様に魚のフンみてぇにくっついて偉そうにしやがって、弟が見たらなんで言うだろうな?!」
弟? ディールに兄弟はおらず、親は死んでいるはずでは?
少なくとも、エリーゼが知る限り、養子の時、ツェツェーリエ師匠(先生)からはそう聞いたはずだが…。
今までに見たことのないディールの顔と声に、なんだかエリーゼはモヤモヤするものを感じていた。




