エピローグ:いつかの未来
本当ならば、毒薬とわかっていれば、それを効かなくする方法はある。
しかし、彼女にその方法はもう許されてはいなかった。
軟禁用の塔の一角。
貴人を閉じこめるための、ただそのためだけの部屋。
エリーゼの人生は、ここで幕を閉じるのだ。
喉を焼かれるような苦しみに涙がこぼれる。
椅子から転がり落ち、思わずその指で喉を掻き毟る。
目の前が揺らぐ。息ができなくて、苦しくて、苦しくて、苦しくて、苦しくて――悲しい。
目の前がぼやけるのが、命がこぼれ落ちていくからなのか、それとも涙なのか、もうわからない。
みゃおん
猫の鳴き声が、かすかに聞こえる。
死に向かい震える体に、やわらかいものがよりそう。
――ヴァイス
手を伸ばす。いつの間にか自分の血に真っ赤に染まった指先が、温かく滑らかな白い毛を汚す。
彼女の"使い魔"。いや、使い魔に関する魔法について何の修行も積まなかった彼女には、ヴァイスをまともに使い魔として使ってやることもできなかった。
ヴァイスは魔法も覚えないただの猫のままで、ただ、彼女に魔術的につながっていただけの、そんな中途半端な状態だった。
でも、それも終わる。彼女の死と共に終わる。
それだけが、寂しかった。
使い魔は人間の魔力を帯びてしまうから、野生の動物に受け入れられることはない。でもヴァイスは自力で生きられる魔力も、他の魔導士の使い魔になる能力もない。
国外に留学に行ってしまった幼なじみを思い出す。
今では手紙を送ることすらできない相手。彼なら、自分が死んだあともヴァイスの面倒をみてくれたかもしれなかったけれど……。
頼もうにも、もうそれすらできないのだ。
――ごめんなさい
エリーゼの、たった20年の人生で、最後に残った"未練"かもしれない。
ただその一言を思いながら、エリーゼの意識は遠くなっていった。