お嬢様は疑われる
「何を考えているのですか? 二人で歩いているのに、他のことを考えられると妬けるなあ」
リヒャルトの声に、エリーゼは自分が思考の海に沈んでいたことに気づいてハッとした。
さすがに失礼だったかと思い、慌てて取り繕うようにリヒャルトに笑いかける。
リヒャルトは優しく微笑んでいる。しかし笑っているようには思えない。
「あの人は」
「……?」
「どこへ行こうというのでしょうね」
リヒャルト視線の先には、ヘレネ。軽く微笑んだままの彼の表情は、何故かエリーゼには無表情のように思えた。
「ここから先は、あまりガラのよくない場所になるはずですが」
「……やはり、誰かと約束があるのでしょうか」
「少なくとも、楽しくお買い物、というわけではなさそうですね」
「それにしても、無防備なように思います……」
「そうですね。ご令嬢の一人歩きには、どうにも危険だ。そもそもおつきの者も連れていないなんて」
こんな目立つ二人組(主にリヒャルトの存在)で尾行などすぐに見つかるのではないかと思っていたが、拍子抜けするほどにヘレネはこちらに気づかない。
かなり距離をとっていることもあるし、実は二人の姿形をぼんやりと『別の誰か』に思える程度の認識阻害魔法をかけているのですぐには気づかないのは当然かもしれなかった。
しかし、そんなに強い認識阻害魔法ではないため、じっと見れば知人と気づく程度でしかない。
なのに、ヘレネは足早にどこかへと向かっているだけで、周囲を見ない。
ピリピリしてはいるが周囲を見ない。おかしな行動だと言える。警戒しているのか、していないのか、判然としない。
「……どこまで追って行けるでしょうか」
今は人が多い街中だが、これは誰もいない路地とか建物の中だと、追っていくのは『尾行しています』と示しているようであからさまだ。
「エリーゼ嬢に決めていただければ、わたしは従いますよ」
「……」
エリーゼは悩んだ。そもそも尾行など初めてだし、こういう『まっとうではない』仕事は初めてだ。正直、リヒャルトがなんとかしてくれるのではないかと甘えていたのは確かだーーエリーゼは心から反省した。
「リューネ姫は、動向をつかめ、無理はしなくてよい、とおっしゃっていました……。ヘレネ様を追うのが難しくなった時点で……」
ーーあなたは邪魔をすべきかもしれないわよね
「声をかけます」
「は?」
本日はじめてリヒャルトは素で驚きの声をあげた。
エリーゼは確信をもって頷いた。
「動向がわからないならば、接触させるな。それが姫のご意志だと私は理解しています」
考えていたのだ。
はっきりと何をすべき言わないリューネ姫。
目立つリヒャルトと相棒を組ませた意味。
そもそも本気で尾行させるならば、エリーゼは完全なる人選ミスだ。素人すぎる。王子の手の者であるディールやアリィシアを借りなくとも、姫だってこんなことに使える部下くらいいるだろう。
それなのにエリーゼを使った意味。
ーーヘレネがその『誰か』と接触したいのならば、邪魔されても接触することでしょう。
これは、邪魔されても別の機会に接触するだろう、という意味だろう。
ーー……逆に、その『誰か』がヘレネに接触したいーーそしてヘレネがそうではないーーというならば、むしろあなたは邪魔をすべきかもしれないわよね
邪魔をすべきかもしれないーーこの言葉の意味がよくわからなかったのだが、なんとなくわかった気がした。
つまり、リューネ姫は、ヘレネが何かを企んでいる、もしくは
巻き込まれていることを把握している。
そして、それを表だって阻止すると、リューネ姫はヘレネを罰しなければならなくなる。
それが、イヤなのだ。
では表立たずに阻止するためにはどうすればよいか?
ーー何もさせなければ良いのだ。
彼女の心の中がどうであれ、行動していなければ罪に問うことはできない。
とことん邪魔するつもりなのだ。
だから、エリーゼなのだ。リヒャルトを相棒につけたのも、舞踏会のエスコート相手なのだから、デートをしていた……という理由にできるからだろう。
何故、リヒャルトなのか、ではない。リヒャルトではないと不自然だから、という人選だったのだ。
「……そうですね」
さすが、というべきだろうか。リヒャルトはすぐにエリーゼの言わんとすることがわかったらしい。
その反応で、リヒャルトの方は、リューネ姫の意図を最初から理解していたのだとエリーゼも気づく。
……知っていた上でエリーゼには何も言わなかったのかーーということにも気づいて、憎らしさが心のなかでふつふつと湧き出てしまうのはご愛敬というところだろうか。
「しかし、声をかけるとは、大胆だな」
「街で知り合いに会えば、声をかけるのが当たり前です」
「デート中でも、か?」
「まあ、普通はかけませんね。お互い見て見ぬ振りをするところです。でも、そうですね……街に詳しくない友人が、危ないところへ踏み込もうとしているならば、心配して声もかけるでしょう」
「ふ。ふふふ」
「……?」
突然くつくつと笑い出したリヒャルトに、エリーゼは怪訝な目を向けた。
「どうなさいましたか?」
「いや、ふふふ」
リヒャルトは。口元を押さえて笑いながら、エリーゼとは逆方向を向いた。
「……おもしろい方だと思ったのでね」
いつも思うが、このリヒャルトという男は失礼ではないだろうか。
身分が上でなければ文句の一つも二つも言うところだが……。
「アリィシアが、あなたのことを好きなわけだ」
「は?」
しかし、ぼそりとリヒャルトが漏らした言葉は、想像とは違ったものだった。
「正直、わたしも王子も、驚いたんだ。彼女が自分の事情を打ち明けるなんて、相当なことだからね」
「まあ、そうでしょうね」
何故突然アリィシアの話になるのかはわからないが、エリーゼは相づちをうった。
アリィシアの能力は他人の心を操る能力だ。しかもある程度コントロールできるとはいえ、常時展開型。
他人に知られれば社会的に致命傷を負うだろう。
「リューネ姫も、急にあなたのことを重用し出すし、驚いたんだよ」
「……ありがたいことです」
「くっ、ふふふ。ひどい言い方だ」
言葉に不満がにじみ出ていたのか、またしてもリヒャルトは笑った。
「いったいどういう心境の変化です?」
「……何が、ですか」
リヒャルトは、エリーゼの腕を軽くつかんだ。
エスコートのように見えるが、そうではない。軽くつかむようで、逃さないという力の入れ方を感じた。
ぞわり、と背筋に冷たいものが走る。
「あなたのことはもちろん前から知っていました。リューネ姫の取り巻きの中では珍しく野心も姫への興味もない、浮き世離れしたご令嬢……」
「……ひどい、言い方ですね」
「でも、事実だろう?」
「……」
リューネ姫にも同じことを言われたばかりだ。
「それなのに、突然しゃしゃり出てきて、それだけではなく、問題に首を自分からつっこんで手助けをし、あなたの得にならない危険を引き受ける……」
つかまれた腕が痛い。リヒャルトが力を入れたのだ。
「アリィシアはあなたに心酔し、リューネ姫はあなたを信頼した。ディールはまあ、わたしたちが知らなかっただけで昔からあなたのシンパだったようなので除外するとしても……」
リヒャルトが顔をエリーゼの耳に近づけた。
そしてささやく。
「エリーゼ嬢。あなた、いまさら、何故動いたんだ?
ーー何が目的なのか?」




