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お嬢様は何度でも死亡フラグを折る  作者: 蓮葉
お嬢様は学園祭準備で巻き込まれる
53/81

お嬢様は探る

 「来ると、思ったわ」

 「そうか。それは両思いだな、お嬢様。喜ぶべきかな?」

 「……どうかしらね」

 いつもと同じ、窓から現れた黒猫に、エリーゼは振り向かずに声をかけた。


 何か事柄が進む、そのたびに黒猫は目の前に現れる。

 はっきりと進むべき道を教えてくれないくせに、そういったことは正確なのだ。はぐらかされているだけで、ヴァイスはーーもしくはその主人はーーこれから起こることを知っているはずなのだ。


 ーー未来のことを知っている


 本当なのかもしれない、とエリーゼは、段々そう思い始めている。


 「イシリーデルのことがわかったわ」

 「そうか。いったい何だったのかな?」

 「……知っているのでしょうに」

 「だから、俺はなにも知らないと言ったじゃないか?」

 「信じないわ。ご自分でお調べになって」

 「この、生まれて間もない子猫にそんないじわるを言うのか? お嬢様はひどいなぁ」

 焦る様子も見せない。エリーゼはイライラとして、語気が荒くなった。

 「……だから、知っているのでしょうに!」

 すっかりエリーゼがへそを曲げてしまっていることがわかったのか、ヴァイスは小さな肩をすくめると、目を閉じて小さくあくびをした。

 「ご機嫌斜めだな」

 「そうね。誰かさんが、この後のことをすっかり教えてくれるならば、今すぐに機嫌をなおしてもいいのだけど」

 「お嬢様、いったい何に腹をたてているのだね? イシリーデルについて不用意な発言をしたことか? 今更アリィシア嬢に能力を開示した迂闊さか? それとも、ディール・リントに八つ当たりしたことか?」

 エリーゼはぎょっとして振り返り、ヴァイスを見た。


 知らないどころか、どこまで知っているのかーーこの猫はーー!


 「余計に腹が立ったわヴァイス。あなた、語るに落ちたわね。すべて、知っているんじゃないーー!!」

 「……俺が知っているのは、あなたが知っている範囲のことだ」

 「どういう……まさか!」


 ーーあなたの心の中までわかるものではない


 最初に出会ったとき、お互いの心で会話できるように魔法を使ったヴァイスは、そう言った。

 ……まさか、心の中まではわからなくとも、エリーゼの状況自体はわかるようになっているーー?


 エリーゼは顔をひきつらせた。もしこの推測が正しければ、とんでもないことを許したことになってしまう。自分のすべてがのぞき見られるなど、耐えられる人間がいるだろうか。

 ヴァイスは金色に光る瞳でエリーゼをじっと見つめた。


 「俺を、あのときよりは信じてくれているようだな。まあ、当然か」

 「……あなた、いったい、何をしたいの……?」

 ヴァイスに問いかける言葉は、いつもそんなに変わらない。

 得体がしれないままなのに、つい信じてしまう、毎回そんな自分をエリーゼは殴りたい気持ちで後悔するのだ。


 「最初から言っているだろう。お嬢様、あなたの死を回避したいのだと。ただ……俺と会った時から、もう既に未来は変わってしまっている。だから、俺は、具体的に・・・・、未来に何が起こるかまではわからないのだ」


 理屈は通っている。しかし、信じるには難しい。

 「ならば、なぜ、あのときにそう言わなかったの」

 「そんな不安要素を聞かされて、疑心暗鬼になっているお嬢様が俺の言葉に乗ったか?」

 「……そうね。そうかもしれない。でもそれならば、別の不安が出てくるわ。あなた、未来これからのことが、本当にわかるの? 私にアドバイスできるというの?」

 「それは、できると信じているし、できると信じてもらわなければならない。わからないのは細かい部分だけで、大きな流れ自体は把握しているんだ」

 「……」

 納得したわけではない。しかし、ヴァイスの忠告で様々なことが好転してきたのは確かだーー。

 いや、果たして、好転したのだろうか?


 塔から脱出し、アリィシアを助けられたーーのはまだいいとしよう。

 しかし、リューネ姫の問題に巻き込まれたり、王子の問題に巻き込まれたり、というのは果たして『事態の好転』と言えるのだろうか?

 そう、むしろ、問題を増やしていると言えるのではないだろうか。


 「ヴァイス、塔から脱出した時のことは、確かにあなたに助けられたわ。でも、それから後のことは違うわよね。リューネ姫や王子の問題に巻き込まれたりしたのは、危険に飛び込んでいると言えるのではないの?」

 「それも一つの見方かもしれないな」


 エリーゼは、ぐっと拳を握りしめて、ヴァイスの瞳を見つめ返した。


 「あなた、私に、人間関係の構築を求めているのね。それは、誰とのどんな人間関係なの? そもそも、私の死因は何なの? 私の死を避けるために、その、誰かの力が必要だということ?」


 そう。誰だってたどり着くのは、この結論だろう。


 ーー具体的なことはわからないが、大まかな流れはわかる。

 ーー人に興味を持ち、関わってほしい


 ヴァイスのアドバイスも、言葉も、その一点を指し示しているに違いないのだから。


 しかし、ヴァイスはふいと視線を逸らした。

 「そこまでわかっているのならば、安心だ」

 「答えない気なの?!」

 「そうではない。まだ、お嬢様に知ってもらうわけにはいかないのだ」

 それは、真剣な声だった。金色の瞳が、見開かれる。


 「俺があなたに提示している選択肢は、別に俺が考えたものではない。あなたが実際に選んだことのあるものだけだ」


 おかしな言い回しだった。

 「私が……実際に選んだことがある……? まるで、過去形のように言うのね? しかも、複数の選択肢なんて選べるわけが……」

 「未来から見て、過去の可能性のあなたが選んだ、というべきか」

 「意味がわからないわ」

 「では、あなたが行動する可能性のあるものしか、俺は提示できない、と言えばわかるか?」

 「……それならば、少しわかる気がするわ」

 「ならば、それで理解してほしい。だから、今のあなたが知り得ない未来のことを告げて、選択肢を排除するわけにはいかないのだ。それは、俺の判断・・にもかかわる」

 「……予断を与えると、私が正しい選択をできなくなる、ということが言いたいのね、あなた」

 「納得してくれたか?」

 エリーゼははっきりと首を横に振った。

 「納得するわけがないでしょう!」

 「そうか、それは残念だ。でも、お嬢様だって、今や俺の情報に頼ってくれているのだろう? だって、イシリーデルについて失言した時に、選択肢が出なかったということは、致命的な間違いではない、と安心しているのではないか?」


 エリーゼはドキリとした。ヴァイスの言葉どおりだったからだ。

 確かに、ディールの前では一瞬取り乱したが、その後、ヴァイスからの忠告もなく、選択肢も出なかったということは、間違いではなかったのではないか、と気づき、今は気分が落ち着いたところだった。

 気づいた後、ならば何か教えてほしかったーーと腹が立ってきたところにヴァイスが顔を出したわけだが……。


 はあ、とエリーゼはため息をついた。

 ヴァイスが言っていることが正しいのか、煙に巻かれたのかはわからないが、しかしエリーゼにもわかることがあった。

 多分、この猫は、それ以上の情報を与えないだろうということ。

 今日は。

 しかし、明日以降はわからない。今日だって、新しい情報は引き出せたのだ。……余計にこんがらがったとも言えるが。


 ーー根気良く聞き出していくしかないわね。


 ヴァイスは、子猫の見た目とは違い、老練な雰囲気すら感じる。中に入っているのがなのかは知らないが、悔しいことに、今のエリーゼに太刀打ちできる相手ではないのだろう。

 本当にエリーゼの命を救おうとしているのかすらわからないが……。


 ーーエリーゼ様の勘の良さを期待しているみたいですよ


 エリーゼの家の仕事についても、周囲の人間関係についても、問題の解決についても、今のところは、良い方向・・・・に向かっていると思ってよいのだろうかーー。


 「ところでお嬢様。これは未来の予測にはまったく関係のない、個人的な質問なのだが」

 「珍しいわね、そういう前置き。何よ」


 「お嬢様にとって、ディール・リントとは、どういう存在なのだ?」


 その日の最後に、ヴァイスは、思いもかけない問いかけをした。

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