お嬢様は事後処理に割り込めない
聖アロニス記念高等学校。
貴族と一部の裕福かつ優秀な平民(ほとんどは一代爵位持ち)がその子女を通わせる学校。
国を支える人材の育成と、上流階級の子女の人的ネットワーク(要するにコネ)を作るための養成機関。最近のトレンドは富国強兵であり、教育が必要であった。
ちなみに、以前は教育の輪から外されていた庶民にも、庶民向けの学校が開校されている。まだ通う人間はわずかという話だが、あまりにも魔力が強くその素養が高ければ、貴族に召抱えられたりして、この学園に来ることもある、のだと言う。この学校は官僚養成機関でもあるからだった。
この国では魔力が強いことが貴族のステータスでもある。平民であっても、実力を示せば一代だけではあるが貴族――もっとも下位ではあるが――『騎士』の称号を得ることができる可能性があるし、もっと巧くやれば、その上で、魔力の高い子供を欲しがっている貴族と縁組みができるかもしれない。一発逆転、出世街道を夢見る平民にも垂涎の環境であった。
一応の建前としては、この学校内では、生徒に貴賤なしということになっている。もちろん、かといってこの国は王国にして貴族制度をとる身分制がきっちりと刻まれた国。生徒たちだって人生があるからには、自然とわきまえてくる。
しかし、それを越えて表だって横柄なことをやらかすと、貴族として優雅さが足りないと判定され、成績表に不名誉が刻まれるのだ。
貴族とは、自らよりも序列の低いものを守る盾であれ。
国を平民を守る、力であれ。
それが、この国、レーデンブルグの国是であった。
エリーゼ・フォン・シュッツナムはこの学園では、そんなに目立つ存在ではない。この王国の国王陛下の養女にして王弟陛下の一人娘であるリューネ姫の取り巻きの中の一人といった立場だった。
もちろん、取り巻きをやっているのは、親からの指示であり、エリーゼの本意ではないことも添えておく。
そもそも、自分の能力のこともあり、彼女はなるべく個人としての自分が目立つようなことはしないようにしていたのだが――
これはいったいどういう状況なのだ。
目で訴えかけるリューネ姫に、自分の本意ではないことを示すように首を小さく横に振るが、王女は頭痛をこらえるような表情で、行けと命じた。
この学園には中庭があり、すべての廊下はその中庭に面している。つまり回廊型だ。
その中庭にいるのが、フェリクス王子とその取り巻きだった。彼の横にはアリィシアもいる。
そして、授業後の教室の前には、キラキラしいハンサム……フェリクス王子の幼なじみにして公爵の長男、腹心の騎士であるリヒャルトがエリーゼをそこへ連れて行くべく控えている。
学園の皆が、いったい何事かと教室から、廊下から、あらゆるところから王子たちを見ている。
「あそこへ、行けと」
見せ物だ。100%見せ物だ。いったい何をやらされるのか、恐怖しかない。しかし王子の呼び出しを拒否することもできるわけがない――。
エリーゼは処刑場へ引かれていく子羊の心持ちで、リヒャルトについて中庭へと歩いていった。
「エリーゼ・フォン・シュッツナム嬢! わざわざ出向かせて申し訳ない」
「いいえ。たいへん光栄でございます」
にこにこ顔のフェリクス王子の前に立たされる。気持ちは処刑前の子羊のままだ。それでも礼を逸するわけにいかないので、優雅に一礼をし、笑顔を張り付けて堂々と立つ。
中庭にいる人々、中庭に面する建物にいる人々が、この『見せ物』を見ようと増えていく。注目が痛いほどに集まっていることがわかる。緊張と恐怖で足ががくがくする。いっそ殺せ、殺してほしい。
「先日、我が生徒会役員の一人であるアリィシアが、私の政敵の卑劣な行動によりさらわれた際には、彼女を救出するに大いなる功を立ててくれた。礼を言う」
「……もったいないお言葉です」
「ついては、礼を申し述べたい。もちろん、この場でも構わないが、あなたとは一度しっかりと話をしたいと思うのだ」
「そ、それは、身に余る光栄ではありますが……」
「本日、放課後に、生徒会室へお招きしよう。リューネにもそのように伝えておくよ」
「生徒会室……」
エリーゼの脳裏に、先ほどの頭痛をこらえるようなリューネ姫の姿が浮かぶ。
……これは、素直に受けてしまっていいものだろうか?
そう迷った瞬間だった。
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王子の呼び出しに対し
素直に行く → 次へ
渋る → デッドエンド
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「忘れてましたわ!」
今更何?!という言葉をなんとか喉に封じ込める。突然意味不明なことを叫んだエリーゼに、王子が胡乱な視線を投げかけるが、あわてて首を横に振った。
あの塔から脱出し、アリィシアを助けた時点で、もうこの選択肢は現れないものと思いこんでいた。あの黒猫ヴァイスだって、その後現れなかったわけだし。まあ、まだ1日しか経っていないけど、それにしても。
『まあお嬢様、そういうことだ。あなたの死の危機はまだ去っていない』
したり顔をしているのが目に見えるような黒猫の声が聞こえ、思わずエリーゼは歯噛みをした。
選択肢を見た以上、王子の招きに応えないということはできないわけだが、リューネ姫にどう言い訳……もとい説明をすべきなのか。
いったい自分がどうなっていくのか。あの黒猫の正体はいったい何なのか。そもそも――いつ、この死亡フラグとやらは消えるのか。
……まったく見えない未来に、エリーゼは、空を仰いだ。