お嬢様は指令を受ける
「ところでヘレネ嬢とリデア嬢の仲違いの原因は何なんだ?」
「つまらないことですわ、おにいさま。ほら例のアスカン家のダウィッド殿の件で意見が相違したとか」
「ああ! あの件か。いやぁ今の噂スズメたちの話題は専らダウィッド殿だね。リヒャルトも注目されてやりにくいとボヤいていたよ」
「まあ。あの石頭の鈍い男でも、注目されてるかどうかはわかるのですね。悪役扱いではさぞや居心地が悪いでしょう。かわいそうなことー」
リューネ姫は心の底から楽しそうに美しい笑顔で笑った。
どんな時でもリヒャルトの悪口を言う機会は逃さないのか、とエリーゼは慄いた。あのお二人は相性がとても悪いのだろうか……それとも過去に何かあったのか。
気にはなるが聞く気はまったくない。
「それにしても、あの二人がセットでないとすれば、『監視』が難しくなるか」
「そうですわね」
ーー監視?
できれば二人の話は半分聞きつつ、聞かなかったことにしたいという思いから、なるべく反応を控えていたエリーゼだが、思わず目を見開いて二人をまじまじと見てしまった。
リューネ姫は、エリーゼを横目でちらりと見ると、わざとらしくため息をついた。
「エリーゼ」
「……はい」
話の内容は、もうわかったと言える。やっかいごと大嫌いのエリーゼは、落胆の心を押さえて、神妙に返事をした。
……まあ、最近の事件を考えれば、いずれ巻き込まれるならば、最初から事情を説明してもらった方が心構えができてありがたいかもしれない……。決して巻き込まれたいわけではないが。
というか、すっかりエリーゼがリューネ姫の工作員になってしまっているような……これではアリィシアと同じ立場なのでは? となんだか釈然としない気がする。
「何か、不服そうね」
「いいえ! まったくそんなことは!」
「まあいいわ。あなたがどちらかというと事なかれ主義だってことは今までのつきあいで知ってるもの」
「……」
さすがに黙ってしまったエリーゼに、リューネ姫は楽しそうに笑った。
「少しいじわるを言ってしまったわね。まあ、わかっていると思うけど、あなたには、ヘレネとリデアの様子を探って、何かおかしな行動があれば、私に知らせてほしいの」
「お二人とも、ですか」
「そうね。いつも二人一緒だったから簡単かと思ったのだけど、最近は仲違いしているようだから……どちらかというとヘレネに注意してほしいの」
「ヘレネ様の方を?」
「そうよ」
「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
エリーゼの言葉に、リューネ姫は、何故かにんまりと笑った。
とても人の悪い笑みである。
「ヘレネはランサイス王家の血を引いていることは知ってるわね。末席ながら王位継承権も持っているわ。あの家は、揺るがないランサイス派よ」
「はい、もちろん知っています」
「おにいさまが狙われているかもしれない、という話はしたわよね。あの二人に疑わしいところがあるわけではないのよ。でも、先日のリット伯の件と同じ、身内を統制できない、というのは私にとって、とても困ることだというのはわかるわね?」
エリーゼは王子を見た。彼は、相変わらず、キラキラの王子スマイルを浮かべている。表情が変わらなないことが、むしろ恐ろしい。
リューネ姫も王子のいるところでわざわざエリーゼにこんな指令を出したのは、身の潔白を表すためのパフォーマンスだろう。
「わかりました。出来る限りのことをします」
「助かるわ。無理はしなくていいのよ。できる範囲でね。あの工作員のような危ない橋まで渡る必要はないのよ」
リューネ姫はそう言うと、意味ありげにフェリクス王子を睨んだ。
フェリクス王子は表情を変えないまま、リューネ姫に笑いかけた。
「リューネ、エリーゼ殿は王家の血をひく由緒正しい貴族なんだ。あまり使い立てすると、気の毒だよ」
「まあおにいさま、エリーゼに危険な橋を渡らせるつもりはありませんわ。少なくとも今回は」
エリーゼは、こくこくと頷いた。
そうあってほしいものである。
「そういえば、誰がくる予定なのですか?」
この話題を変えるために、エリーゼが疑問を呈すると、リューネ姫は、万面の笑みを浮かべた。どこか夢見るような表情は、逆に嫌な予感を増幅させる。
「ディール・リントよ」
エリーゼは今度こそ、言葉を失った。
リューネ姫はエリーゼとディールが恋仲だと勘違いしている。
そんな二人を使って一体何をしようとしているのか? エリーゼは話がまったく読めずに困惑した。
いぶかしげな様子が伝わったのか、リューネ姫
今度こそ声を上げて笑った。
「心配しなくてもいいのよ。言ったでしょう、劇の台本を書く手伝いをしてほしいのだと。二人で、台詞を読んで私に聞かせてほしいのよ
「そ、そんなことでしたら、いくらでも」
エリーゼはほっとした。
「しかし、何故、わざわざ私とディールなのです?」
「そんなの決まってるじゃない。秘めた恋の物語なんだから、あなたたちに読みあげてもらえれば、きっと雰囲気が出ると思ってね」
「え? そうなのか?!」
ああああああああ
エリーゼは心の中で絶叫した。王女の誤解を王子に聞かれたとなると、嫌な予感しかしない。
いや、ディールは王子に仕えているのだから、後で説明してもらうしかないだろう……
「え、それだと、リヒャルトとのペアになってほしいとか、結構申し訳ない話だったのでは?!」
「だからわたくし反対しましたのに」
「てっきり、その、いつものリヒャルトへの嫌がらせかと。そうだったのかー。いや、言われてみれば、思い当たる節は……」
違うんです! と叫び出したかったがそういうわけにはいかない。
エリーゼはもういっそ早くディールが来ないかと祈る気持ちになった。




