お嬢様は疑問に思う
「どういうつもりなの?」
その日の夕方。授業が終わってから、エリーゼはアリィシアを誘って歩いた。
正直、昼間のリデアの件について、胸の中に納めておくにはあまりにも腹が立っていたのだ。
リューネ姫側の人間だからと距離を置いておきながら、エリーゼが本来肩入れすべきリューネ姫側の人間であるリデアにこれみよがしに魅了の魔法をかける様を見せつけられると、その矛盾に心がざわつくどころではなかったのだ。
人が周りにいないのを確認しつつも、念のため囁くようにエリーゼが言うと、アリィシアはわざととぼけたように言った。
「何がでしょう?」
エリーゼはアリィシアを睨みつけた。
「リデア様にあれだけあからさまに……したりして。バレたらどうするつもりなの?」
しかし、アリィシアは悪びれもせず肩をすくめた。
「エリーゼ様にしかバレないじゃないですか。エリーゼ様はご存じだし」
「……リデア様が気づくかもしれないじゃない」
「気づきませんよ」
アリィシアは何故か、少し呆れたようにエリーゼをじっと見た。
「ねえエリーゼ様、さすがにわかってるでしょう? 普通は、何か魔法を使っているかなんて、わからないんですよ」
「……!!」
エリーゼは息を飲んだ。
そうだった。普通の人間ならば、魔法が使われているかどうかなど、その専用の魔導具を使わなければ知ることなどできない。
周囲で魔法を使われると、エリーゼが自動的に自分の能力でその魔力を『喰って』しまうためわかるのではないか、と師匠が推測していたが、実際の理屈はエリーゼ自身すらわからない。
エリーゼの能力には謎が多すぎるのだ。
「ああ、えっと、違います」
エリーゼの沈黙をどうとらえたのか、アリィシアは慌てて両の手をぱたぱたと振った。
「エリーゼ様の能力が何かってことを追及する気はないんです。でも……その、エリーゼ様が思うほど、わたしの能力はバレないものなんですよってだけで」
「……そうなのね。あなたが言うならば、そうなのでしょう」
エリーゼにとって自分の能力の話題はタブーだ。アリィシアに見られているだけで自分もまたアリィシアに弱みを握られているのだと改めて実感する。
だからそれ以上深入りしないことにして、適当に話を合わせるつもりで……しかし、ふと気づいてしまった。
「ねえあなた、少し前に力の使いすぎで体の調子を崩したんじゃない? それなのにホイホイと使っていいの?」
「ああ、問題ないですよ。だってわたしの能力はある程度はコントロールできますけど、わたしの意志に関係なく勝手に発動してしまう方が多くて、それなら有効活用した方がいいじゃないですか?」
一瞬、アリィシアの言葉の意味が頭に入ってこなかった。
ーー勝手に発動する
そういえば、ディールが、そんなことを言っていた。
アリィシアの能力は、アリィシアが使う意志がなくても発動することがあると。しかも、その魔力の元は、本人の魔力であると。
アリィシアを見たエリーゼの表情はどんなものだったのか。小憎らしいほどに表情を変えないアリィシアが、しまったという表情になった。
「……それは、問題ないとは、言わないでしょう」
「言わないですね」
たはは、とアリィシアが笑った。
それで、エリーゼは誤魔化されてやってもよかったのだ。
いや、深入りするつもりなどないなら、誤魔化されるべきだったのだ。
「あなた、母親はもう既に亡くなっていると言っていたわね」
「そうですよ」
「もしかして……」
自分が深入りしすぎなのは、わかっていた。
でも何故か、エリーゼは聞かずにはいられなかった。
アリィシアは、軽薄な笑みを消し、じっとエリーゼを見た。探るような、瞳の奥にある心を見透かすように、じっと。
「母よりはずっと、わたしの方が能力の制御ができてますから、大丈夫なはずです。あの人は迷惑なことに、ずっと全開垂れ流しでしたから」
「大丈夫、なのね」
「そうですね。でも」
アリィシアはきれいに笑った。太陽の光がきらめいて、笑顔が逆光の影を落とす。
「きっと、そんなに長生きはできないと思うんです。だからわたし、できる限りのことをしたいと思うんですよ」
人間の魔力量はそんなに多くはない。他人の心を思いのままにするほどの魅了の魔法は、かなりの魔力が必要だということは、少し考えればわかる。
魔力が尽きれば、生命力が魔力に変換される。生命力はどこからともなく湧いてくるものではなく、使いすぎれば結局は寿命を縮めることになる。
エリーゼは、何も言えなかった。
何も言う資格などないと思った。
同じ忌まわしい能力でも、エリーゼはアリィシアとは逆である。生命力を奪う能力なのだから、理論上は決して魔力切れを起こさない。
奪った魔力がどこにいくのかは長らくの謎なのだが……。
ーーそういえば奪った魔力がどこにいくのだろう? 自分はその魔力をただ、捨てているだけなのか?
ふと、長らく自分の能力に対して思考停止していたエリーゼの脳裏に、あの、夜会の日の屋敷の離れでツェツェーリエに対峙した時と同じ疑問が浮かんだ。
能力を識ることは、在ることを認めることである。
ツェツェーリエにそう言われて以来、怖くて、本気で考えようとしたこともなかったのだが……自分の能力を知りたいという衝動がエリーゼを揺さぶった。




