お嬢様は新たなコイバナに乗り切れない
「じゃあ、ダヴィット様とは入学前からのお知り合いなんですね」
「そうなのよ。ダヴィット様のおばあさまと私の祖母が親友で、おじいさまの家に行ったときに、たまたま一緒にいらしていたダヴィット様にお会いしたの。お互いまだ子どもだったし、私にはもう……婚約者がそのときにはいたでしょう? それからなんどかお会いする機会はあったけれども、まさか、求婚だなんて思いもしなかったのよ」
「なんだか、とってもすてきです! 密やかに育んだ幼い思いを持ち続けて、親の力ではなく自分を見て欲しいと劇的に求婚……ほんとうに物語みたいです!」
「そ、そうかしら……」
「家同士の駆け引きではなく、リデア様ご本人への思いでの求婚ってのがすてきです……あこがれちゃうなあ」
「そ、そうかしら……」
さっきまでのアリィシアへの見下しはなんだったのかというレベルで、照れまくるリデア。すっかり褒め上げられてまんざらでもない様子になっている。
端から見ていると露骨なヨイショっぷりに少し鼻白むエリーゼだった。
それに。
ーー瞳が、光っている。
おそらく、軽く魅了の魔法を使っている。エリーゼの前で、リューネ姫の側近であるリデアに禁忌の魔法を堂々と使っているのは、エリーゼを信頼しているのか……舐めきっているのか……。
「みんな、ダヴィット様の話でもちきりでしょう……? もし、もしもよ? ダヴィット様が勝って、求婚されたらどうしようって……。リヒャルト様相手だから難しいけど、授業の手合わせではダヴィット様がリヒャルト様に勝つこともあるみたいだし……」
「求婚を、お受けになるんですか?」
「ま、迷っているのよ。私だって、家のこともあるし、それもあってダヴィット様も求婚を『受けて欲しい』ではなく、『求婚してもよいか』なのだと思うけど、それって、家が了承したら、私にも了承してほしいって意味よね……? ダヴィット様なら、お父様も反対しないかもしれないし、そうなったら、私、どうしようって……」
「お家の方にはまだ話してないんですか?」
「話さないといけないとは思っているのよ。でも、ダヴィット様が負けたら杞憂に終わるでしょう? 今の段階で言うべきことかわからなくて……」
リデアも満更ではないように思えた。リデアがダヴィットをもともとどう思っていたのかエリーゼは知らないが、やはりあのシチュエーションは夢見る女の子のハートをつかむ演出だったらしい。
「なんだか私だけの話だと恥ずかしいわ。せっかくエリーゼ様とご一緒できているのだから、他のなんてことはないお話もしたいのだけど」
照れ照れの顔を隠しもせず、しかし自分だけの話をするのも恥ずかしくなってきたらしいリデアが突然話を振ってきたので、完全に蚊帳の外の気分だったエリーゼは少し慌てた。
なお、昼ご飯が始まってからの会話は、基本的にリデアのアリィシアへの嫌みとアリィシアのよいしょとリデアの恋バナばかりだったので、エリーゼはほぼ相づちくらいしか声を発していなかった。
「そ、そうですわね……。そういえば、ヘレネ様は、今日はどうしていらっしゃるのでしょう?」
「……。学園祭の出し物の準備と聞いているわ」
リデアの一瞬の沈黙に、おや? とエリーゼは違和感を覚えた。何かふてくされているような、怒っているような、そんな表情だったのだ。しかし、相手が話さないならばこちらから突つきたい部分ではない。
今回、エリーゼとアリィシアにわざわざ絡んできた理由なのかもしれないが……なんだかめんどくさい臭いがする。正直、関わりたくない。
「ヘレネ様はどんな係をされているのでしたっけ?」
アリィシアが明るい声で話を引き取ってくれた。正直、会話に困らないので、今日ほどアリィシアの存在をありがたく思ったことはない。なお普段は思わない。
「脚本係よ」
「ああ、リューネ姫と同じ係でいらっしゃいましたね」
例年、建国の物語を劇で演じることが恒例になっている。
有志で、という形だから、全員参加というわけではない。リューネ姫が脚本係を買って出たので、自然と王弟派の人間が有志として集まっている形だった。
エリーゼは裏方で参加していて、何故かアリィシアも同じく裏方で参加していた。
王子派では? とつっこむところだろうが、エリーゼにくっついてきているのはまるわかりだったので、誰も何ももはや言わないのである。
「そういえばわたし意外だったんですよ。リューネ姫や高位貴族の方々がいらっしゃるのに、ヒロインのティアチカの役も勇者の役も、どっちも平民の子が演るでしょう? むしろ皆様、裏方だし。ヒロインなんてリューネ姫の先祖に当たるんだから、もうすっかりリューネ姫なんだと思ってたんですけど」
アリィシアの素朴な質問に、リデアはあからさまにため息をついて見せた。
「さすが平民あがりは浅はかね。そんなことは人前では決して言わないようにしなさい、恥ずかしくてたまらないから」
「ご、ごめんなさい……?」
ちらっとアリィシアがエリーゼを見る。フォローせよということだろう。アリィシアは一見、恐縮しているように見えるが、本当に知らなかったのか、これもリデアよいしょのための会話の一環なのか、見えない。
「あなたはあまり物事を知らないからね。私やリデア様の前でよかったわ」
エリーゼのフォローに、リデアが得意顔で深く頷いた。
「まったくですわ。私たちのような高位貴族ですと、舞台に立つようなはしたないことはしないのです。むしろ平民や貴族のはしっこにひっかかっているような、社交界に出るのが難しいような子たちに華やかな場を用意してやり、将来への布石を打たせてやる……それが持てる者の慈悲というもの。ドレスも私たちは華やかなものを着る機会など、今後掃いて捨てるほどあるでしょう。でも彼らは違う……ならば、この学生のうちに夢を見せて思い出を作らせてやるのが寛容というものですよ」
人というのは、自分の知っていることを他人に講釈を垂れるのが好きな生き物である。
リデアの滔々とした講釈に、抜かりなくすごいすごいと瞳をきらめかせながらアリィシアが相づちを打つ。
その瞳に薄い魅了の魔力を感じながら、エリーゼは冷や冷やするばかりである。リデアは魔力がそんなに高くはないので、まさか気づきはしないと思うが……。
「それにしてもリューネ姫が脚本ってのはすごいですね」
「……姫は、意外とこういう物語がお好きだから」
「こういう……とは?」
「ロマンスがお好きなの、姫は。特に、障害を乗り越えて恋を実らせる系の」
あー、と思わずエリーゼは声をあげそうになった。
なるほど、エリーゼとディールの関係を誤解したリューネ姫が、やけに応援してくるはずである。身分差、結婚できないエリーゼの境遇……障害のある恋。つまり、リューネ姫の好きなタイプの恋物語にドンピシャだったのだろう。
『勇者と魔王の物語』とは、この国の建国話と言われているおとぎ話である。
筋立てはとても単純で、この地を蹂躙していた魔王を勇者が倒し、魔王の娘にかけられた呪いを解いて、勇者と魔王の娘は結婚し、この国の王家の祖となった、という内容である。
この国は、小国だが、建国はロムニスと同様、『神々の時代』と言われる、神話でしか残っていない時代にさかのぼるほど古い。まあ、ぶっちゃけていえば、建国時にこの地を治めていた一族を魔王と貶めて、我々の祖先が建国を正当化したのだろうと思われる。
「あなた、さすがに勇者と魔王の物語は知っていたのね」
「そりゃ当たり前ですよ。むしろ市井の平民の方がああいう英雄譚は好きなものです」
さすがにアリィシアは不本意な表情になった。




