お嬢様は二人組と噂話に興じる
教室での質問ではなく、あくまで、『仲の良い女子同士の昼ご飯での語らい』という体裁となったのは、ある意味ヘレネとリデアの心遣いであり、リューネ姫への心配りだったのだろう。
リアルタイムでの『語らい』でエリーゼがおかしなことを言わないようにという気配りとも言え、情報をヘレネとリデアが好きなように加工できるという意味合いもある。
彼女たちがエリーゼに張り付いたのは、リューネ姫が部屋を出て行く前だったから、この展開もまたリューネ姫の指示なのかもしれない。
学園の教室の一つ……おそらくは使われていない元準備室で、ヘレネでリデアが学園に申請して昼食のための部屋として予約したものだろう……で、冷えた昼食を前に、三人は向かい合って長机に座った。
もちろん、エリーゼの前にヘレネとリデア二人である。尋問、いや女性同士の語らいの体制はばっちりだ。
アッシュブロンドの髪をアップに結い上げたのヘレネは青い瞳を冷静に光らせ、ブルネットの癖のある髪を緩く垂らしたリデアは同色の瞳を好奇心に光らせている。
そういえば、とエリーゼは脈絡なく思った。他にもリューネ姫の取り巻きはいるのに、この二人は古参の中でも特にリューネ姫の近くにいる。
そして、この二人はいつも一緒にいるが、特に親戚関係というわけではない。
リューネ姫との距離の近さは何だろう? そしてこの二人は特に仲が良いのだろうか?
いや、リューネ姫の取り巻きをやりながら、今までまったく興味を持たなかった自分にも驚きだが、今更聞くわけにもいかないだろう。何しろ、知り合ってから、猶に3年は経っているのだ……。
「エリーゼ様」
「はい」
口火を切ったのは、ヘレネだった。この二人はいつでもべったり二人でいて、ワンセットのように見えるが、リードしているのは、基本的にヘレネの方である。
「リューネ姫からご事情は聞いております。我々は王弟派とはいえ、フェリクス王子とリューネ姫のお二人の仲は決して悪くはないということも知っております。それがリューネ姫の本意であることも」
エリーゼは少し驚いた。
いつもの貴族的な遠回しな話し方ではなく、ズバリと本題に切り込んできたからだ。
ヘレネの冷静な声に続けて、リデアが柔らかな声で続ける。
「ですからね、エリーゼ様、わたしたちはその方針に反することはありませんし、リューネ姫のお言葉を補強することしかしないつもりなんですよー」
これは話が早い。エリーゼはくどくどした言い訳を婉曲的な言い方でしなくてすんで胸をなで下ろした。
"リューネ姫のご意向"というのは、やはり強い。
「それは本当に安心いたしました。リューネ姫にフォローしていただいて、お二人にそれを固めていただけるならば、私としては本当にありがたいところで……」
「ところで!」
エリーゼの言葉を遮ったのは、リデアだった。
好奇心に満ちた瞳で、いっそ人が悪いと言えるような笑みを浮かべる。
あ、やっぱり一筋縄ではいかないのか、とエリーゼは心の中でがっくりと肩を落とした。もちろん、現実には、毛筋ほども表情を動かしてはいない。
「確認したいのですが、リヒャルト様とは、何の関係もないのですよね?」
「もちろんです!」
いっそ喰い気味にエリーゼが力強く答える。ここで誤解されてはたまったものではない。
「これを機会にお近づきになれるかもしれなくてうらやましいですわ」
「いえいえ! そんな勿体ない! だいたい私は、卒業後、リューネ姫の結婚などでお側に侍る必要がなくなれば、修道院に行くことが決まっている身ですし」
「えっ! そうなのですか?!」
素っ頓狂な声をあげたのはリデアの方だった。ヘレネはまったく驚いた顔をしていないから知っていたのだろう。
リデアがエリーゼに詰め寄る。
「……そんな! 今から修道院に行くと決めているなんて、いったい何があったのです?」
「リデア!」
「……あ、ごめんなさい……」
しっかりした声でぴしりとリデアを叱咤したのは、ヘレネだった。
知らなかったのか、とエリーゼは思うとともに、リデアの反応もわからないわけではない、とも考える。
そもそも、貴族の女性は家のために結婚して、家に益をもたらすのが当然の価値観である。
"結婚しない"というのは、よほど『理由』がないとありえない。それはほぼ『結婚できない問題がある』ということに等しい。
不行状や男遊びなどは、結婚のランクが下がることはあれど、それそのまま『結婚できない問題』とまでは見なされない。
その理由をほじくりかえすことは、相手によっては許せないほどの傷を与えることになるだろう。ヘレネの叱咤は当然であり、本人に面と向かって聞こうとしたリデアは配慮が足りない行動をしたと言える。
しかし、エリーゼ自身は、あまり理由を言うことにためらいはない。
本当の理由を隠すための『嘘』だからだ。嘘を暴かれても、人間というのは傷つかないものらしい。
「私、子供を、作ることができないのです。それに、我が家は、数代に一人は修道院にて神の恵みをいただくこととしていますので」
リデアの顔がぱっと紅潮した。エリーゼの事情を掘り起こしてしまったという恥からだろう。ヘレネは大きくため息をつき、表情が変わらない彼女にしては珍しく、明らかにバツの悪そうな顔になった。
「その……わたし……」
「いいのですよ。本当のことなので。でも、なるべくならば、お二人だけでとどめておいていただければ」
「もちろんです!」
エリーゼの言葉に、リデアが力強く頷いた。
さすがに謝りはしない。それは秘密を明かしたエリーゼを余計に惨めにさせる行動だと思ったのだろう。それが本当の秘密ならばそのとおりだろうから、さすがにリデアも貴族としての行動はわかっているのだった。
「私、お二人のことは信頼に値すると思っているのですわ。だから、お気になさらないで」
「エリーゼさん。あなた、なんと気高いのかしら」
ヘレネが感服したように目を潤ませた。
名前の呼び方が、いつの間にか一段階、親しいものになっている。本来ならば人に言えないようなことを打ち明けた形になったので、親しみを感じたのだろうか。それにしても、実にわかりやすく示された行動だとエリーゼは思った。
お互いの距離感を端的に言葉で示すのは、貴族として、立場と位置関係の確認であり、社交の世界では好意的な行動となる。
「でも、エリーゼ様がリヒャルト様を狙っていないのならば、ホッとする女生徒も多いと思いますわ」
リデアが話を戻すと、ヘレネがそれに乗って、クスリと笑った。
「リデア、あなたリヒャルト様を狙おうと思っているの?」
ヘレネのからかいに、慌ててリデアがぶんぶんと首を横に振る。
「そんなわけないわ! もちろん憧れはあるけれども、リヒャルト様はいずれ王子の腹心となり、この国の中心となるお方。誰と結婚するかは、王子と同じく国の政治に関わってくる問題でしょう? ご本人が決められるわけがないもの。……王弟派のわたしなんて、絶対ありえないし」
「あら、考えてはいるの」
「もう! ヘレネ!」
なんだか急に砕けた会話になった二人に少し戸惑った顔になったエリーゼだが、ヘレネはその表情をどう解釈したのか、説明を差し込んできた。
「リデアは少し前に婚約破棄したでしょう? 今は新しい婚約者を探しているところなの」
「ヘレネ、その言い方はひどいわ。まるでわたしが獲物を狙う雌狼のよう」
「あら、貴族の女性ならばそれもまた嗜みでしょう。結婚するならば、なるべく条件の良い殿方と……。そう思うのは当然だわ」
表情を変えず、ただ声音だけでからかうヘレネに、ぷく、とリデアは頬を膨らませた。
「ひどいわヘレネ。あなたは家の決めた相手とはいえ、ラブラブだからそんなことが言えるのよ」
「……ラブラブではありません」
憮然としてヘレネが言う。そういえば、エリーゼの記憶では、ヘレネの婚約者というのは、かなり年上の従兄だったはずだ。確か、ヘレネの従兄の父が早くに亡くなって、その弟であるヘレネの父が家督を継いでおり、その家督を従兄に戻すに当たって、ヘレネとの婚姻が設定されたとかなんとかだったはずだ。
物語にでもありそうな設定に、なにやらロマンスの匂いを感じる。
「ラブラブなんですか?」
「エリーゼさんまで……」
便乗して聞いてみたエリーゼに、ヘレネが驚いたような呆れたような顔になった。
「ラブラブなんです。少し前までは立場だから優しくされてるだけ、とか拗ねてたのに、思いを確かめ合ったとかで」
からかいの色を隠しもしないリデアに、ヘレネが今度こそため息をつく。
「バカバカしい。お話するようなことはありませんよ」
その顔が少し赤い。いつも淡々と冷静で表情があまり変わらないヘレネが、こんな反応をするとは、エリーゼとしても意外だった。ますますロマンスの匂いを感じる。
にやにや笑っているリデアは事情を知っているのだろう。エリーゼも話を聞いてみたい気がしたが……。
「私のことはどうでもいいでしょう。どうせ結婚するのです。でも、リデアの方がおもしろい話が多いのでは? 聞いているだけでも3人の殿方から求婚されているのでしょう?」
詳細までは話す気がないらしい。あからさまにヘレネは話題転換した。
「わ、わたしのことなんてどうでもいいじゃない。所詮婚約破棄された女なんだし……」
赤くなり否定したリデアは、一転して尻すぼみに声を小さくした。
リデアの婚約破棄事情も、一時期かなり噂になっていたから、エリーゼも知っている。
確か、年頃も家柄も釣り合っていた5歳上の有望株であり、仲も良いと聞いていたが、相手の男がとある貴族の娘と遊んだあげく妊娠させてしまったのだとか。その娘はリデアよりもずっと身分の低い女であったが、一族に宰相との繋がりがあり、その線で責任を取れとねじ込まれて婚約破棄になったとか。
リデアには一転の曇りもなく、婚約者の自業自得であるため、評判はまったく落としていない。逆に、王弟派として勢力がある家の娘であるリデアは、結婚相手として魅力的な『商品』として貴族の間では注目を集めることになったのだ。
「確か、学園の生徒からも何人か舞踏会に一緒に行かないか誘われていると聞きましたわ。もうどなたにするかは決めたの?」
「どこから聞いたの?! もう、秘密なんだから!」
「私も聞きたいですわ」
「エリーゼさん、あなた意外とこういうことにも興味があるのね」
「興味のない女生徒なんていないのでは?」
こちらも物語にありそうなロマンスの匂いがするなぁ。とエリーゼは思った。
恋愛とは無縁の人生なので自分ごととして考えたことはないが、噂話はエリーゼも人並みに好きである。
こんな風に、学園祭が近づくと、学園の中は、なんとなく浮ついた空気が流れ出すのだった。




