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お嬢様は何度でも死亡フラグを折る  作者: 蓮葉
お嬢様は塔から脱出する
1/81

お嬢様はさらわれる


 頭が重い。割れるように痛い。ぐらぐらと揺れて定まらない意識が、一点に集約されていく。

 光が瞼を通して感じられる。饐えたようなほこりくさいイヤな臭い。

 目を開けると、見知らぬ天井が、そこにあった。


 エリーゼ・フォン・シュッツナムは、がばりと上体を起こした。瞬間、ずきんと頭が痛む。右手で自分の頭を探ってみるが、どうやら外傷性のものではないらしい。

 「誰か、いるの?」

 同時に大きな声を上げるが、返答はない。

 咳込みながら、寝かされていたほこりっぽいベッドから立ち上がり、あたりを見回す。

 石造りの壁に、高い天井。手の届かない位置にはめ殺しの窓があり、ご丁寧に鉄格子が取り付けられている。

 光が漏れ出て明るいところをみると、現在は昼。

 調度品は、天蓋もない粗末で堅い木のベッドに、同じく木製の小さな机と椅子。どちらも綺麗にふき取られており、ほこりっぽいとはいえ、どうやら最近掃除したようだ。

 この部屋は使用されている……もしくは、最近、用意されたらしい。

 その先に、タペストリーがかかっていて見えない場所。めくると、奥まった小さな場所に、壷がぽつんと置いてあった。

 「じょ、冗談じゃないわ!」

 思わずエリーゼは叫ぶ。

 用を足す用の壷だとわかったからだ。

 一昔前の古い屋敷ならばともかく、魔法科学文明によりインフラも魔導具も急激に発達した都市部では、さすがに個室に一つというわけではないが、今や建物内の水洗トイレが当然である。こんなもので用を足すなど、大貴族として何不自由なく育ったエリーゼには耐えられない衛生観念だった。

 勢いよくそのタペストリーを戻し、エリーゼはベッドに腰掛ける。


 「ここにわたくしを閉じこめたのは誰? 答えなさい! 誰もいないの?!」


 できうるかぎりの大声で叫んでも、エリーゼの声に応える者はいない。

 人の気配もない。

 エリーゼは焦る気持ちを抑えて、ふう、と息を吐いた。

 ともかく危害は"まだ"加えられてないし、服も、魔法学園の制服のままだ。衣服に乱れもない。

 「監禁、された……。しかし何故?」

 シュッツナム家は大貴族でそれなりに政治力もあるが、あくまで"それなり"でしかない。家格は高いが父親は別に有能ではなく、名誉職的な役人に過ぎない。シュッツナム家までもが政治的な何かに巻き込まれるほどの争いも、エリーゼが知る限りは、"まだ"起こっていないはずだが……。

 

 「目が覚めたのか」

 唐突に、男の声が聞こえる。壮年の、低く渋い声だ。

 エリーゼの心臓がどくりと跳ね上がる。声のした方を振り向くが、人影はなく……。

 そこにいたのは、真っ黒の毛並みに金の瞳の子猫だった 

 「……?」

 猫が話すわけはない。しかし、例外……使い魔を除いては。

 エリーゼは、もう一度問いかけた。

 「あなたが、今、喋ったの?」

 「そうだ」

 エリーゼは、機敏に動き、子猫を抱き上げて、その喉に手を軽く当てた。

 「もう一度、喋りなさい」

 「……疑い深いことだ。まあ仕方がないか」

 「……本当のようね」

 声とともに、子猫の喉が確かに震えている。耳を近づけずとも、声は子猫の口から出ていた。

 使い魔、憑依、魔法道具、いろいろと可能性はあるが、少なくとも、この『声』とこの子猫には間違いなく関連性があるらしい。 

 そして、この色合いの子猫に、エリーゼには見覚えがあった。

 「あなた……もしかして、寮の裏庭で怪我をしていた、子猫?」

 「また会ったな、お嬢様。その際には助けてもらってとても助かったよ」

 そう言うと、子猫はぺろりと右の前足を舐めた。その時に怪我をしていた足だった。 


 ぺたん、と床に膝をつく。そのまま座り込んだ。掃除されているようだとはいえ、長年こびりついたのであろう床のほこりがスカートを汚すかもしれないが、そこはもう、知ったことではない。そもそも裕福な貴族のお嬢様なので、服を惜しむという意識はない。

 抱き上げた子猫に目線をあわせる。腕を上げるのもしんどいため、自然と背が丸まり、姿勢が低くなった。

 「誰?」

 「俺の名前のことか」

 「……名前もそうだけど、あなたが何者か、教えて」

 ふむ、と子猫が可愛らしく首を傾げる。小さくミャーと鳴きそうな口から、しかし聞こえてきたのはやはり壮年の男性の声だった。どうにもちぐはぐで、慣れない。

 エリーゼは、子猫を地面におろした。ずっと抱いているのもしんどい。

 「何者かといわれれば難しいが、猫だ」

 「それは見ればわかるわ」

 「まあ、あなたの言いたいことはわかる。猫は喋らない。普通はな。そこについて聞きたいのだろう」

 「使い魔……なの?」

 「まあ、そうだ」

 猫が喋るというならば、通常ありがちなのは、魔法使いの使い魔だ。さすがに魔法が一般的な世界とはいえ、猫はそのままでは喋らない。

 「俺の名前はヴァイス」

 「黒猫なのに、ヴァイス……?」

 毛並みの色で名付けをするのは一般的だし、実はエリーゼ自身も昔飼っていた白猫にはヴァイスと名付けていた。おそらく、あまのじゃくな主人なのだと納得する。

 「どこかにあなたの主人である魔導士がいて、その人とこの状況は関係しているということ?」

 「まあ、少し違うが、いい視点だ。さすがはお嬢様。理解が早い」

 「じゃあ、少し前に、弱ったふりをして私の前に現れたのも、今日の仕込みだったということ?」

 猫……ヴァイスは、真ん丸い目をぐるりとめぐらして、そのまま倒れてしまわないか不安になるくらい、更に首をかしげた。

 「まあ、あれは、本当に偶然だ。使い魔だから怪我くらいは治せるが、その現場を見られるとやっかいだったからな。あなたに手当をしてもらい、餌までもらったのは非常に助かった」

 それが本当のことかはわからない。ただ、ヴァイスとしてはそうしておきたいのだろう。エリーゼはそれ以上の追求はしないことにした。

 「そうなの? まあいいわ。それで、あなたは何のためにここにきたの? この状況を作り出した方? それとも私をここから助け出してくれる方? どちらの命を主人から受けてきたの?」

 本当はもう一つ、彼女をここで消す・・という選択肢も考えられるのだが、エリーゼとしては、わざわざ口に出して言いたくはなかった。

 「まあ、あなたを助けに来た方だな」

 含みのある言い方だな、とエリーゼは思った。

 この猫はどこまでも怪しいため、別に信じているわけではないが、つまりは、この猫の主人――使い魔と名乗ったからには主人がいるのだろう――は、エリーゼをここから助けることが利益になる。もしくはエリーゼを閉じ込めた人間の不利益を求めているのだろう。


 それが、エリーゼにとっても利益になるやり方とは限らないため、まだ油断はできないが……。


 ほう、とエリーゼは息を吐いた。その意味では、何もわからない先ほどの情況からは少し前進したのだろうと思ったからだった。

 「まあ、お嬢様・・・、あなたであれば、こんな部屋から脱出することは簡単なのだろうが」

 猫の瞳がキラリと光った。エリーゼは声も出せないままには唇を振るわせた。

 意味を持たせた発言に、エリーゼの背筋が凍る。


 エリーゼには秘密がある。

 それは、人は生まれながらに魔力と人それぞれ個別の適正を持ち、貴族や金持ちの庶民にとって学園で魔法を学ぶことが当然となっているこの世界においても、他人に知られてはならないものだったからだ。

 確かに、その能力を使えば、ここから出ることは可能かもしれないが――。


 「どうやって、ここから出られるの?」

 震えながら聞いたエリーゼに、猫は何でもないことのように答えた。

 「まあ、そこの壁の石をズラすとだな」

 「石壁に?」

 「そこに鍵が隠されている。お嬢様の背丈なら届くだろう」

 エリーゼは憤慨した。

 「部屋に閉じ込めたのに、その部屋に鍵があるとか、ここの管理体制はどうなっているのよ一体……穴だらけじゃないの!」

 ヴァイスはウニャアと小さく鳴いて退屈そうに背をのばした。

 「まあ、気にするな。おかげでここから出られるじゃないか。ともかく、ここから出るのか、出ないのか、お嬢さまとしてはどうしたいんだ?」


 エリーゼは再度警戒した。ここまであからさまに"逃げろ"と仕込まれたかのような状況で、果たして逃げるのは……正解なのか? むしろ罠ではないのか?


 「ちなみに、ここにこのままいたらどうなるのかしら?。考えてみれば、私をここに閉じ込めた人間の目的と理由について、まだ知らないのよね。あなたは知ってるの?」

 「まあ、お嬢様としてはそこについて聞かないと納得できないというこ となのだろうが……私がここで話をして、あなたは信じるのかね?」

 「聞いてから決めるわ」

 「そうか。ならば言うが、このままあなたがここにいると、あなたは死ぬ確率が高い」

 あっさりと告げられた言葉に、エリーゼは言葉を失った。

 「死ぬ?」

 「死ぬ。まあ、確率が高い、とはつけさせてもらうが。交渉の余地がないわけではないかもしれんからな。ないとは思うが」

 エリーゼは思わず拳を握り締めた。死ぬと言われては選択の余地がない。この猫の申し出を断ったら、利用価値がないとして、逆にその主人に殺される……という可能性すらある。

 そもそも、ここにエリーゼを閉じこめたのが、その主人・・自身である可能性もある。

 しかしながら実感もない。そもそも必要性がない。

 先ほども思考したとおり、エリーゼは家格の高い貴族の令嬢でかなり濃く王家の血も引いているから、そういう意味では貴族の中でも地位は高いが、政治力は弱い。シュッツナム家の一族自体が、謀略に巻き込まれるようなそんな本流の家ではなくなっている。家格は高いが、政治的にはぱっとしない、という貴族の典型だ。

 自分が狙われる、そんな心当たりがまったくない。

 ならば、可能性として考えられるもは。

 「私は、何か見てはならないものを見たということ?」

 「まあ、それに近いが、少し違うかな。はっきり言ってしまえば、お嬢さま、あなたは巻き込まれたということだ。誘拐犯の狙いは、アリィシア嬢の方だった」

 「アリィシア……!!」

 身体中の息を吐くかのように声を吐き出すと、エリーゼはそのまましゃがみ込んだ。

 「それは、アリィシア・フォン・デルーヴェのことかしら」

 「そうだ」

 「家格の低い男爵家の娘の、どこの誰ともしれない父親を持つ婚外子のくせに、第1王子と取り巻きに取り入って媚びを振りまくストロベリーブロンドの学園の女狐、学園の風紀の敵、クラスのもめ事の大本、学級委員の私の日々の頭痛の種である、アリィシア・フォン・デルーヴェかしら」

 「そ、そこまでは知らないが」

 「何故、私があの女を助けないといけないの?」

 ヴァイスは、じっとその金の瞳でエリーゼを見つめ、呆れたようににゃおんと鳴いた。

 「それは、彼女がさらわれたときに、あなたが礼拝堂で二人きりで話していて巻き込まれたからだ」

 「……!! 記憶がはっきりしたわ! あのとき、急に気が遠くなって……」

この国には、いくつか学園があり、エリーゼが学んでいるのは、王族も入学する貴族中心の学園だった。平民も入学できなくはないが、騎士ナイトの位を買えるくらいのとんでもない金持ちか、貴族のコネのある従者か、突然変異として平民に稀に生まれる国家魔導士を目指す魔力の持ち主か、ともかく将来国を背負って立つようなエリートしか入れない。

 エリーゼは家格だけは高く、かつ優秀なため、彼女のクラスの学級委員であった。そしてアリィシアは運悪く彼女と同じクラスである。

 学園のお騒がせ者であり、卑しい出自とはいえ、まるで敢えて・・・貴族社会のルールを破るかのような行動をする彼女に対して注意したり、エスカレートしそうになるいじめを水面下でコントロールしてそこそこに抑えたりして、クラスの平和をなんとか守っているのがエリーゼだったのだ。

 「でも、単に、礼拝堂に呼び出して、彼女の逸脱した振る舞いを注意するのがクラス委員たる私の役目だっただけよ。それ以外の何の関係・・・・でもないのに、何故私が彼女を助けないといけないの?」

 別に仲が良いわけでは全くない。

 とはいえ、意外にも彼女は大人しく笑顔でエリーゼの言うことを聞き、礼まで言うこともあったのだが……それだけの間柄でしかない。だいたいにして、結局のところアリィシアはエリーゼの忠告を完全に聞くわけではないのだから。

 「まあ、つまりそれがあなたのためになるからだ」

 「彼女を助けずに逃げるのではダメなの? あの子がさらわれたならば王子と取り巻きがきっと血眼で探しているはずよ。私がここにいたら危険だというのはわかるけど、私があの子を探して助けるのは、もっと危険だわ。うまくいくかもわからない。むしろ私があの子を助けに行く方が不自然な選択肢ではなくて? ……それなのに、あなたが私にあの子を助けろと言うのは、何か理由があってのことなの?」

 ヴァイスはじっとエリーゼの言葉に耳を傾け、こてんと首を傾げ……とうとうバランスを崩してそのまま倒れ込んだ。

 慌てて体勢を立て直したヴァイスは、ぷるぷると首を振ると、息を吐いた。

 「あなたのためになるから……では納得してもらえないのか」

 「状況が不自然だわ。私としても、命がかかっていると言われれば……慎重にもなる」

 「まあそうか。説明の仕方を間違えたな」

 ヴァイスは音もなく跳びあがると、机の上に乗った。釣られてエリーゼの視線も上がる。

 「お嬢様、私は、あなたの死を回避するために、ここに来たのだ。アリィシア嬢を助けるという行動は、あなたの死を回避するための単なる手段だと思ってほしい」

 「私の……死?」

 確かに、ヴァイスは先ほど、『このままこの部屋にいてはエリーゼは死ぬ可能性が高い』と言っていた。そのことだろうか。 

 「なんと説明すればよいか迷うが……そうだ、お嬢様、あなたはゲームブックというものを知っているか」

 「最近、王都で流行っているあの本でしょう。確か、物語の途中で選択肢が出て、その選択肢が示すページをめくることで、分岐した様々な結末を楽しむことができる本ね」


 エリーゼが学園でお仕えしている第1王女――リューネ姫の取り巻きの令嬢から貸してもらった本を思い出す。

 確か、その本は、選んだ選択肢によって、結末が変わるのだ。

例えば、こんな感じである。


 -------------------------

  あなたは、暗いお屋敷の中を、歩いている。

  どちらの灯りをつけるか。

   カンテラの灯り → 3頁へ進む

   魔法の灯り   → 5頁へ進む

 --------------------------


 そして、それぞれの頁にまた、選択肢があり、話が変わっていくのだ。

 例えば、カンテラの灯りを選択した場合には、その後、強い風で灯りが消えた瞬間に襲われてバッドエンドになる、魔法の灯りだと消えないので、襲われない、など細かな行動で結末が変わってくる。


 「……それがどうかしたの」

 「まあ、お嬢様、あなたは今、そんな些細な選択で、バッドエンド……死にかねないという状況だ、ということだ。本当に、一つの選択をミスするだけで、死ぬ」

 死。あまりにも簡単に告げられる言葉に、エリーゼの理解が追いつかない。

 「意味が、わからないわ」

 「あなたは今、『運命の分かれ道』にいる。その理由は後で話しても良いが、今話すには時間が足りない。ともかく、その『運命の分かれ道』と『誤りの選択肢』は俺が教える。だから、あなたは正解を選んで行動してくれればいい。こんなところで謎の死をとげ、家名をけがしたくなければ、あなたのとるべき方法はおのずとわかるだろう。まあ、信じるも信じないも、あなたの自由だよ、お嬢様」

 藁だ。とエリーゼは思った。

 溺れる者であれば藁をもつかみたい。この藁をつかむか、つかまないか、そこから、既にエリーゼの選択肢は始まっている。


 「……それは、ここから脱出して、アリィシアを救い出せば、終わるのよね?」

 「さあ?」

 「さあ……?! まだ続くの?!」

 いらだちに大声を出したエリーゼに、ヴァイスはため息をついた。

 「お嬢様、その怒りは筋違いではないかな? 俺はあなたの命を助けたいと思っていると言った。ならば、あなたとしては選択肢は一つだろう。たとえ、アリィシア嬢を助けて終わらなくとも、俺の助力を仰ぎ続ける。それしかないと思うがね?」

 「・・・・・・私は、そんなに危険な状況なの?」

 冷静な態度を崩さないヴァイスに、死という言葉から得られる恐怖が、徐々にエリーゼを侵食していた。

 「まあ、騙されたと思って、俺の言うことを聞いてみるんだな。さっきも言ったが行動するのはあなただ。俺を信用できないと思えば、言うことをきかずに行動すればよいだけだろう」

 そう言うと、黒猫は小さな前足をエリーゼに向かって差し出した。

 「もう時間がない。もし、あなたが俺を信じるならば、お嬢様、少し、魔法で精神をつなげさせてはもらえないか」

 「どういうこと?」

 「俺としても人前ではあまり喋りたくないし、もしあなたに選んでほしい行動の選択があった場合に、一々声で知らせていてばタイムラグが生じる場合もある。俺たちが離れ離れにならないとも限らない。だから、あなたの心に直接、俺のイメージを伝えられるようにする」

 「私の心が読めるようになる・・・・・・わけではないわよね?」

 「もちろん、違う。お互い、口を開かずに会話できるようになるだけだ。応じたくなければ応じないこともできる」

 おそるおそるエリーゼは手を伸ばし、いつも身に着けている白い手袋ごしに、ヴァイスの前足に触れた。

 「では、これで完了だ。お嬢様、よろしく頼む」

 何の変化もない、エリーゼは思わず自分の掌をまじまじと見た。

 しかし、にゃおん、とヴァイスが鳴いた瞬間、エリーゼの視界に、文字が浮かび上がる。

 「・・・!!」

 「声が聞こえるという風にすることもできるが、それだと本当の声と間違えてもいけないからな。他の人間にはわからないように、こういう形にさせてもらった。あなたは何も言わなくてよい。行動で示してくれ」


 -------------------------------------------------------

 

 このまま部屋に留まる        → デッドエンド

 壁の鍵を使い、この部屋から逃げ出す → 次へ

 

 -------------------------------------------------------

 

 目の前に浮かぶ、デッドエンドの文字に、胃がうずいた。

 「わ……わかりやすくて、助かるわ……」

 これで、選択肢を誤る者がいたら、見てみたいものだと、エリーゼは思った。 



 部屋を出るとすぐに石造りの螺旋の階段が続いていた。高さから薄々感づいてはいたが、どうやらここは尖塔らしい。下へと続く階段をひたすらに降りる。薄暗い尖塔にはもちろん灯などなく、部屋の比ではなくほこりっぽい。

 ぼう、と魔法の灯が浮かぶ。ヴァイスの仕業だろう。

 「アリィシアはどこにいるの?」

 「この塔ではなく、屋敷だ。この塔は、屋敷の二階に繋がっている。そこから入り込もう」

 「わか……ったわ」

 しばらく降りると息がきれる。ヴァイスについて行こうとするとどうしても小走りになる。足を緩めてほしいと何度も言おうかと思ったが、気がせいているのは事実で、恐怖のあまり足は速くなる一方だった。 

 「はあっ……そういえばあなた、誰の使い魔なの? 私の知っている人かしら」

 「あなたの使い魔だ」

 「はっ、……な……にを言ってるの?」

 「先ほど、あなたと魔力を繋いだ以上、俺は今、あなたの使い魔になっている」

 「……そちらではっ、ないわよ! もとの……主人っよ」

 ヴァイスは後ろを向くと、うにゃあと鳴いた。

 「何よ」

 「後で説明しようと思っていたが、俺の主人は、まだ・・いない。俺は……未来の主人から命を受けてあなたを救いに来た」

 その言いぐさは看過できない。エリーゼは思わず足を止めた。その足ががくがくと揺れる。疲れと、恐怖からだ。

 「な、何をバカなことを言っているの?! 魔法で唯一・・できないことが、何なのか私が知らないとでも思っているのかしら?! 魔法で過去は変えられない。それは、現在を否定することになるから、人間には決して手を出せない領域よ!」

 「まあ、そうだな」

 あっさりとヴァイスはエリーゼの言葉を認めた。

 「まあ、つまり、俺としてはそれ以外のことを言う気はないんだ」

 「こんなわかりやすい嘘を言い訳にしたいくらいに、主人については言えない、ということね」

 「まあ……、あなたを救いたいのは事実だよ」

 「……」

 エリーゼは何も言わず、歩き出した。

 今の状況に現実味が持てず、もう、どうしたらいいのかまったくわからなかった。

 

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