#8 お願いですから、ありがとうを先に言わせろ
たまに誰かにすげー助けられて
明らかに自分がお礼を言わなきゃいけないのに
先にお礼を言われることありますよね
夕令高校
この物語の舞台。通称ユーレイ高校。
名前の因果か怪談の絶えない私立高校。
切崎メイ
銀髪の少女。学校の女子にすこぶる人気。
木刀を使って戦う、勝気な乙女。
ピンクパーカー愛用。巨乳。
洋画好き。
殴坂ユナ
黒髪ロングの美少女。つかみどころのない不思議ちゃん。
格闘戦が得意。近隣では「赤ジャーの殴坂」と恐れられる元伝説の不良。
ストッキング愛用。貧乳。
平成仮面ライダーが好き。
噂堂カケル
金髪はまさかの染めたもの。人脈の広い情報通。
チャラいけど実は人は大事にする優しい青年。
黒いヘアバンドを愛用している。成績はすこぶる悪い。
メタルギアソリッドシリーズが好き。
聴波 ハルカ
焦げ茶の髪を二つに結ったメガネ少女。魂の声を聞くことが出来る。
引っ込み思案だけど友達思い。成績は学校一番。
トイレの花子さんに出逢った少女。
ジョジョの奇妙な冒険が好き。
「な……何が起きてるの?なんで……」
「ハルカちゃん……会いに来てくれて嬉しい!今の私は、こうしてもらわないとあなたと話すことすら出来ないから。」
どうして?その質問に彼女はお札を指さして答えて見せた。メイ達が貼ったお札には魂の活力を抑える力があるのだ。妖怪になれれば流石に話は出来るようだが、浮遊霊の状態では霊感を持つハルカにすら干渉が出来ないらしい。
「じゃあこれを剥がせば消えずに済むんだね!」
お札を剥がそうとするハルカに、花子さんは待ったの手を見せる。
「違うのハルカちゃん……私はどちらにせよ消えてしまうの。……だからね。大好きなあなたにお別れをどうしても言いたくて。」
「お……お別れって、そんな急に!」
ハルカは泣き出しそうな顔で花子さんに縋る。すると入り口からユナの声が聞こえてきた。
「彼女はやっと帰るべき場所に帰れるようになるのよ。行かせてあげて」
入り口にユナとメイが立っていた。二人はハルカが心配で追いかけて来たのだ。
行くべき場所。その言葉の意味が彼女にも解った。
「成仏……」
それは成仏。…… 外部から押し付けられた恨みや憎しみから出来た檻から、《トラワレ》が解放される。まさに魂の救済。その魂が本来望まない他人への攻撃・さらなる怨念の強大化を阻止する。それこそがメイとユナ達、ごーすとバスターが妖怪を退治する大きな理由の一つなのだ。
今回だってそうだ。噂にある『遊びを断った人間を地獄に連れて行く』そんな文言があったから、花子さんは逃げた人間に襲い掛かった。魂の性格が勝手に変えられたと言っても良い。分かりやすく言えばキャラ付けされたのだ。本来花子さんのもとになった少女の魂は、そのようなことをする性格ではないのである。
「ありがとうね……ハルカちゃん。朧気だけど……生きている時の事を思い出してきた。私も友達と呼べる人がいなかったの。寂しくて、苦しくて……幽霊になった後だけど、私にはあなたと言う初めての友達が出来た……。ありがとうね。」
花子さんはまるで自分の辞世の句でも読むかのような調子だった。ハルカはそれが恐ろしくなった。
「待ってよ!」
「ハルカちゃん」
花子の言葉を遮ろうとするハルカを、ユナが制止しようとする。いつまでも花子という亡霊から離れられないから、ハルカ彼女を呼び止めているのだと思ったからである。しかしそんなユナをメイが引き留めた。
「メイ?でも」
「違う。そっとしておいてやれ」
メイは一歩も動かず三つ目の個室の二人を眺める。彼女には分かっていた。引き留めているのは未練からではない。お別れの前にどうしても言いたいことがあるのだ。少し昔に別れを経験したことのあるメイは、自分とハルカを重ねていた。
花子さんはユナとメイの方をちらりと見る。
「あの二人……黒い方は性格に難があるし、白い方は悔しいぐらいおっぱいが大きいけど……仲良くやってね」
馬鹿にされて飛び出そうとするユナを、メイが必死に羽交い絞めにした。
別れの言葉を終わらせようとする花子さんにハルカが嗚咽交じりに叫んだ。
「勝手に花子ちゃんだけお別れ言わないで‼」
「ハルカちゃん……?」
ハルカは零れ落ちる涙に構わず、彼女の思いを吐き出す。消えてしまいそうな蝋燭を、どうにかしてまた燃やそうとするように。
「聞いて!私、いままでずっと一人っきりだったの!そんな時花子ちゃんに出会えて……私は救われた気になった。実際とっても楽しかったし、初めて心から笑えた気がした。」
だけど……。嗚咽を止めようとハルカは咳き込む。
「教室に帰ったら、やっぱり孤独だった。未だに名前の分からないクラスメイトが居たの。未だに皆がなんのことを言っているのか分からないもん。」
ハルカは泣きながら自虐気味に笑う。いくつもの感情が心の中から出て来て、せき止められなかった。
毎朝教室に入った時、誰も自分を知っているものは居ない。私の下の名前を知っている人は何人いるだろうか?私の趣味を知っている人は何人いるだろうか?ハルカはジョジョの奇妙な冒険が好きだ。……多分そんなことは誰も知らない。ハルカは確信さえ覚えている。
毎朝教室に入る度に、気持ちが悪くなっていた。本当は学校に行くことさえやめたかった。
「でもそんな学校に毎日休まずに来れたのは……花子ちゃんのおかげなの。本当に本当に、ありがとう」
花子さんは心底嬉しそうに笑顔を浮かべた。ゆっくりとその姿が薄れて行く。そのことにハルカは気が付かない。涙が溢れて前が見えないのだ。声が鼻声になっていた。眼鏡を外して涙を拭こうとする。
「そうだ聞いて!私友達が出来たの!!もう知ってると思うんだけど……花子さんを退治しようとする人たちが……今は私の生きている初めての友達だよ。」
メイとユナに強制的に昼ごはんに誘われてから毎日が急変した。教室に入るとメイが声を掛けてくれる。休み時間になるとユナが授業中に考えた冗談を言いに来る。昼休みには勧めたジョジョの話をカケルが楽しそうに話す。
「学校がこんなに楽しい場所だなんて全然知らなかった。皆が言ってることが分かるようになって、お腹が筋肉痛になるまで笑ったよ。」
今度は自虐的でも楽しそうに言う。
「面白い偶然だけど、花子ちゃんのおかげだよ。花子ちゃんのおかげで……こんなに友達が出来たの。……ありがとう!花子ちゃ……」
涙を拭いて開けた目の前に、もう花子さんはいなかった。ハルカは目を制服の袖で擦る。眼鏡を掛けなおしても、結果は変わらなかった。
「えっ……花子ちゃん?花子ちゃん⁉」
「ハルカ。」
彼女の肩にメイの手が置かれる。声を出さずにメイの目を見つめた。だが返ってくるのは首肯では無かった。
「もう……」
「そんな……」
ハルカは膝から崩れ落ちた。トイレの床だがそんなことは構わなかった。
「ずるいよ!わたしまだ……!先にありがとうだけ言ってお別れなんて……さよならも言ってないのに‼」
突然のお別れに、目からボロボロと涙が止まらなかった。ユナ達はハルカを立たせようと肩を持つ。その中でユナが切り出した。
「ハルカちゃん。どうして花子さんが成仏できなかったか……わかる?」
「え?」
ユナは優しくハルカに語った。
「心配で仕方なかったの。あなたの事が。生きている友達のいないあなたが。だからあなたに友達を作って欲しかったんだって。」
そっか……。その事はハルカもある程度分かっていたようだ。
「それから……多分ありがとうを言いたかったんだと思うわ。」
「……」
ハルカは少し微笑んだ。
「よかったな。お前のおかげであいつは友達が出来て……その友達にも生きてる友達が出来た。お前は一人の人間を救ったんだ。」
まるでハルカを誇るようにメイは言った。
「でも……でも本当、本当にずるいよ。花子ちゃん」
その言葉を聞いて、二人はハルカの顔を覗き込む。少し怒っているかのように彼女は言った。
「ありがとうぐらい……先に言わせてよ!!」
そういうとハルカはトイレの入り口に走っていった。泣きながら、少しむすっとした様子で、だけど笑いながら……今までは絶対に見せなかった活き活きとした顔だった。廊下に出るとトイレの方に向き直る。
「私だって!花子ちゃんの事大好きだもん‼ありがとう、バイバイ‼」
その様子を屋上から見ていたカケルは言った。
「良い顔で笑うじゃん」
次回、花子さん編終わります。