#7 MY FRIEND WHO ALREADY LOST THE LIFE
"もう生きてはいない友達"
一人と言うのは、やっぱりつらいのです。
夕令高校
この物語の舞台。通称ユーレイ高校。
名前の因果か怪談の絶えない私立高校。
切崎メイ
銀髪の少女。学校の女子にすこぶる人気。
木刀を使って戦う、勝気な乙女。
ピンクパーカー愛用。巨乳。
洋画好き。
殴坂ユナ
黒髪ロングの美少女。つかみどころのない不思議ちゃん。
格闘戦が得意。近隣では「赤ジャーの殴坂」と恐れられる元伝説の不良。
ストッキング愛用。貧乳。
平成仮面ライダーが好き。
噂堂カケル
金髪はまさかの染めたもの。人脈の広い情報通。
チャラいけど実は人は大事にする優しい青年。
黒いヘアバンドを愛用している。成績はすこぶる悪い。
メタルギアソリッドシリーズが好き。
聴波 ハルカ
焦げ茶の髪を二つに結ったメガネ少女。魂の声を聞くことが出来る。
引っ込み思案だけど友達思い。成績は学校一番。
トイレの花子さんに出逢った少女。
ジョジョの奇妙な冒険が好き。
聴波ハルカは、いつの間にか一人だった。彼女自身が特に暗い性格だとか、人から煙たがれるような人柄だという訳では無い。忙しかったのだ。学業に追われ、習い事に追われる幼少期を過ごした。
父親はパティシエ、母親が有名な塾講師のもとに生まれたハルカは、とにかく勉学に励まされる事になった。父は自身の店を開くという夢の為、夜にならないと帰ってこない。母親も晩御飯を一緒に食べれることはあまり無かった。母親と会える時もキツく勉強を命じられた。スパルタという言葉が的確だった。
ただ幸運なことに彼女には勉学の才能があった。一度教えられた事は忘れることは無く、口答えもしなかった。父親は自分のことのように成績の上昇を喜び、ことあるごとにお祝いのケーキを持って帰ってきてくれた。だが母親は、そう簡単に彼女を褒めなかった。躾や勉強に余念が無かった。とにかく厳しい人だった。それでも勉学は自分に役立つと己を納得させた。母親が塾講師で、その娘が落ちこぼれでは面目が立たないことも、幼いながらに理解もしていた。それほどハルカは家族思いだった。
小学校のころから、休み時間も昼休みも勉強をした。三年生の頃には既に小学校のカリキュラムを終えてしまったので、中学校の勉強にまで手を出した。まわりの友達は逆に、彼女に一目置いていた。それ故にハルカが虐められることはなかった。家へ帰れば塾や習い事に向かい、帰ったら作り置かれた晩御飯を食べる。そんな生活を彼女は送っていた。
しかし不思議と、彼女は親を恨まなかった。それが自分の為、家族のためになるのだ。そう信じて疑わなかったのだ。
だがしかし。彼女を悲運が襲うことになった。中学二年生のころである。修学旅行の時期になり、皆で班を決めることになった。その時彼女はあぶれたのである。誰からも誘われなかったのである。決して、クラスメイトらは彼女を嫌って班員に迎え入れなかった訳では無い。ただ繋がりが薄すぎたのだ。いつも本やノートに向かい、少ししか声を交わさない彼女に、率先して声をかける理由が無かったのだ。
「もしかして私……友達いない?」
気付いてしまったのだ。中学二年生の秋にして、ようやく気付かされてしまったのだ。修学旅行は苦痛だった。そういえばたいして話をしたことない班員と、たわいもない話ししか出来なかった。何故なら、お情けで班に入れてもらったからである。恋バナが分からなかった。他のクラスの生徒が分からなかった。人気のアイドルは聞き覚えさえなかった。ハルカは絶望した。家から出ると自身が一人きりだということに。
そう思うと、奈良が自分を馬鹿にしているように見えた。金閣寺の輝き、何故か寄ってこない鹿……全てが自分を笑っているように思えてならなかった。買ってもらえ、食べてもらえる鹿せんべいが羨ましかった(彼女が渡したものは食べてもらえなかったが)。
とはいえ学校に戻ってきても友達はいない。幸い給食は全員前を向いて食べるので、友達がいない事実はそれほど突き刺さらなかった。
だがその事ばかりを悩んでいる訳にも行かなくなった。一つは中学三年生になって、両親が離婚することになったからだ。ハルカにとって母親の不倫はショックだった。父親との不仲が原因だったらしい。流石に裏切られたと感じざるを得なかった。
父親に引き取られることが決まって、勉強を止めようと思った。母への当てつけである。しかし、彼女はそれをやめることなど出来なかった。なにせ勉強以外知らないのだ。それに、彼女自身が勉強を好きだった。
二つに、高校受験があった。とにかく周りも自分も勉強をしている。その環境が好きだった。自分に答えを求めてくる生徒も居たため、尚更心地がよかったのだ。そしてハルカは私立夕令高校進学コースに首席で入学することが出来た。
ハルカは決意した。友達を百人作ると。友達の家に遊びに行くのだと。ウキウキ気分で正門をくぐった事を未だに覚えている。
しかし、彼女は直ぐに絶望の淵へと叩き落とされることになった。友達の作り方が分からない、声のかけ方が分からないのだ。無限の谷底へ溶けて流れ落ちろ‼心の中で究極生命体カーズが叫んでいた。あの時のジョセフはこんな気持ちだったのだろう。そう理解した。
とにかく教室が嫌だった。昼休みが辛かった。皆に友達がいて、皆が机を動かしてご飯を食べる。下らない話をする彼らが羨ましいと思った。だから彼女は別の場所で昼を食べることにした。キラキラした昼休みから逃げるために。
そう、その場所が三階東トイレだった。なるべく奥で食べようと、三個目の個室に入った。驚いたのは、その個室から声だけが聞こえることだ。それが死んだ誰かの魂であることはすぐに理解した。死者の声が聞こえることは彼女の街ではたまにあるからだ。
幼い頃から霊感のあったハルカは、幼稚園の頃から変な声を聞くことが出来た。ただ親にも友達にもそれを言わなかったので、彼女以外はそれを知らない。そんなのは気持ち悪いと思われると思ったからである。
今までさまよう魂達に返事をしたことはなかったハルカだったが、今回は返事をした。なぜなら、最初の言葉がこうだったからだ。
「遊びましょう」
声をかけてくれたのが何より嬉しかった。最初はビクビクして五分もすれば個室を出ていたが、いつの間にか毎日昼休みギリギリまで通い続けた。二人で遊べる物を持っていったり、絵本などを持っていったこともある。そのうち彼女は自身を『花子』と呼びいつのまにかハルカを『ハルカちゃん』と呼べるほどハッキリとしたものになって行った。
これは、ハルカの声や、花子さんが遊ぶ音を聞いた第三者が、『トイレの花子さん』の噂を流し始めたからである。その噂は広まっていき、花子さんは強い妖怪になっていった。
「ねぇハルカちゃん……ハルカちゃんが人間の友達と遊んでいる所を見たことがないわ。大丈夫?」
その質問は、ハルカの胸を突き刺すようになされた。
「え……いいんだよ?花子ちゃんが友達で居てくれるから」
「…………そっか」
花子さんは嬉しそうに、それでも悲しい声で答えた。ユナとメイが二人に出会うまで、およそ一年二ヶ月もの間、花子さんにハルカは逢い続けた。
取り留めのない話をするのが面白かった。
「ハルカちゃん、わたしそれじゃあトイレに流されちゃう」
子供らしい無邪気さを魅せる花子さんが魅力的だった。
「まるでぼっとん便所ね!臭いよ!」
下らない冗談が面白かった。
「それで私は言ったの。大変……紙がない!!」
「あははは!あははは!待って……お腹痛い!」
笑い上戸であるハルカは、花子さんをとても楽しませただろう。
「ハルカちゃん!大変‼トイレ行かなきゃ」
「もうやめて!あははははははっ」
その日は授業中まで思い出し笑いをして大変だった。ハルカは彼女の声を思い出す。
ハルカは息を弾ませて三階東トイレに駆けつけた。メイ達が食堂で待っている。心配させてはいけない。早く伝えなければ。
「花子さん……花子さん出てきて。今日は……伝えたいことがあって来たの!」
沈黙しか帰ってこない。何度かこの場所で同じように声をかけたが、帰ってきたのは等しく沈黙だった。
「お願い……今日は花子ちゃんにワガママ言いに来たんじゃないよ!……ねぇ、知って欲しいことがあるだけなの」
しつこいほどの沈黙が返ってくる。ハルカはある事を行う決意をした。儀式だ。今まで姿を見ることを、何となくハルカは怖がってきた。しかし、どうしても伝えたいことがあるから、意を決したのだ。
ハルカはゆっくり一個目の個室の前に立つ。それからドアを三回ノックしてお決まりのセリフを言う。それを三個目の個室まで繰り返した。
「は、花子ちゃん!遊びましょう!」
ハルカは高鳴る心臓を抑えながらドアノブを握った。
ただドアを開くだけなのに、高校受験以来の緊張感であった。
ドアを開き切った時、彼女の口から心臓が飛び出るかと思った。
不安とは裏腹に、ドアの向こうには彼女がいたのだ。おかっぱ頭の、赤い帯の和服の子供。頭に御札が貼られてある。
「やっと……やっと逢えた!」
ハルカは嬉しさのあまり彼女の手を取ろうとした。だが、それは叶わなかった。手が、すり抜けてしまったのである。
「あれっ?」
ハルカは花子さんの顔を見る。まるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情だった。
「ごめんねハルカちゃん……せっかく逢えたのに……」
「どう、なってるの?」
「私ね……私、消えちゃうんだ」
「え?」
その言葉は、ハルカの胸をきゅうっと締め付けた。