#4 ノックをしても聞こえない
この物語の登場人物は
全てその名前に特徴を表す漢字があります。
なんかこういう風に特徴を示す手法があったと思うんですけど
名前が思い出せません
手法自身に則るなら「分かりやすいネーミング手法」でしょうか
夕令高校
この物語の舞台。通称ユーレイ高校。
名前の因果か怪談の絶えない私立高校。
切崎メイ
銀髪の少女。学校の女子にすこぶる人気。
木刀を使って戦う、勝気な乙女。
ピンクパーカー愛用。巨乳。
洋画好き。
殴坂ユナ
黒髪ロングの美少女。つかみどころのない不思議ちゃん。
格闘戦が得意。近隣では「赤ジャーの殴坂」と恐れられる元伝説の不良。
ストッキング愛用。貧乳。
仮面ライダーが好き。
噂堂カケル
金髪はまさかの染めたもの。人脈の広い情報通。
チャラいけど実は人は大事にする優しい青年。
黒いヘアバンドを愛用している。成績はすこぶる悪い。
メタルギアソリッドシリーズが好き。
「切崎メイの白い髪は……それこそ美しい絹のようである。動く度に髪が光に照らされ白、銀、灰色にその姿を変えるのだ。そしてそれを引き立てるのは…キュートなお顔!クリっとした目にハートフルな唇。そして時折赤く染まるおべべ。どんな格好、どんな場所でも画になってしまうのだ!たとえ普通の青空の下でも」
ユナはメイに向かって手を差し伸べる。その様子は演劇でもしているようであった。独り演劇である。
「お前なに一人でベラベラ喋ってんだよ。……おべべて。ハートフルて。……使い方間違ってるし」
メイはその唐突な演説に呆れた顔をした。それに対して不満そうな顔をするユナ。
「なによ。私の貴方への思いはまだ語り切れていないわ。」
「恥ずかしいから止めろ。」
メイたちが居る中屋上は渡り廊下のような役割を果たしている。西館は普段HRをする教室だがある校舎だ。反対に東館は理科室・視聴覚室・音楽室など特別教室しかなく、授業がないと東館を利用する生徒はあまりいない。中屋上は飛び降り防止用のフェンスのせいで景色もよくない上に座るところもないので、休み時間でもめったに人が集まらないのである。
「分かったわ。一言で凝縮すると……結婚しましょう、メイ。」
「おりゃ」
メイはユナの太ももを蹴り飛ばした。文字で表すなら『パァン』というのが適切だろう。激しい破裂音が空に吸収される。あまりの激痛に太ももを抑えて床を転げるユナを見下ろしながら、メイは苦々しく言った。
「冗談か本気か分かりにくいんだよお前」
「太ももを……!結構本気で蹴ったわね!いったぁい……」
ユナは太ももを抑えながらゆっくりと立ち上がる。
「メイちゃんファンクラブの会員ナンバーワンとしても、私は貴方への愛を表現することを止めるわけにはいかないのよ。」
「いやそのよく分からない理屈を……えっ?ファンクラブ⁉そんなのあるの⁉」
メイは急に告げられた事実に目を剥いた。非公認じゃん!校庭にいる生徒たちにさえ聞こえるほどの声で叫んだ。
「ええ。私が作ったもの。」
「お前かい‼なんちゅう勝手なコトしてくれとんじゃ!」
「会員数はもう三ケタよ」
メイはうなだれた。彼女は誰かにちやほやされることをあまり素直に喜ぶ性分ではない。大きいため息を吐く。
「ま。転校初日から女の子が周りを囲んでたものね。」
「一過性のブームだよ」
「一年続いてますけど?」
「うっせぇ!」
そんな調子で、二人は雑談に花を咲かせていた。しかしながら、彼女ら二人は井戸端会議をするためにこの屋上にいるのではない。あるものを待っているのである。
とはいえ至極楽しいお話しであった。なかなかに楽しく盛り上がっている。これを好機と思ったユナは、以前から聞きたかったことを尋ねた。
「そういえば、噂堂君とはどうなってるのかしら?」
「ひゅえッ⁉」
ユナの質問に裏返った返事が来た。
「なに?気付いてないとでも思っているのかしら?あなた、彼の事好きなんでしょ」
「えっ!えっ、そのなんというか……好きっていうのは、ちょっと違うというか」
メイは急にもじもじし始める。
「は?なにその可愛い反応……もう付き合ったら?あんた達」
「か、簡単に言うなよ!ちょっとよくわかんないんだよ……好きとかそういうの」
彼女の白い頬がピンク色になっている。自信満々に今まで立って居たが、話題が変わった途端モジモジした様子に様変わりだった。
誰の目から見ても照れているのは明らかだ。こちらまで顔が赤くなってしまうような反応に対して、ユナは荒れる海の如く反論を始めた。
「なーにがあんたよくわかんないよ!知ってるぞ!あんたら私の知らないところで二人っきりでお出かけとかしてる事!この前は映画見に行ってたんでしょ」
「お、お前なんでそれ知ってんだよ‼」
ユナはその反応に、にんまりといやらしい笑みを浮かべた。
「あ、やっぱそうなんだ~?見に行ったんだ~?気になるって言ってた洋画~~」
「カ、カマかけたなユナ!」
「メイちゃんちょろいわね~。ほら、この私に相談してもいいのよ?アドバイスしてあげるわ。」
彼女は勝ち誇ったように目を細めている。これ以上弱みを知られたくないと思ったメイは、話題を思い切り変えることにした。
「そ、そうだ!遅いなよ例のヤツ!本当に来るんだろうな!」
「あからさまに誤魔化しよった……」
まぁいいわ。とユナは乗ってあげることにした。
「花子さん曰く、毎日欠かさず来るらしいけど。本当かしら?にわかには信じられないわ。」
「真実は小説より奇なりだな。」
二人は昨晩花子さんと話したことを思い出した。
○
時は昨晩、花子さんがユナに蹴り飛ばされた後である。
花子さんの頭と、東館三階のトイレの三つ目の個室にはお札が貼られていた。そしてその便器の上には花子さんが座らされている。その出口を防ぐかのようにユナとメイが立っていた。
「あんた、子供相手にあんな卑怯な手を使って恥ずかしくないの?」
ユナはその言葉を聞くと、胸を隠すかのような仕草をする。
「ええ。とっても恥ずかしいわ。でもねハナちゃん。大人の中にはその恥ずかしさがたまらない人たちもいるのよ。恥辱で震えるのよ。快感なのよ……残念だったわね。」
「胸小さいくせに」
揚げ足を取るような言葉に、花子さんは仕返しの暴言をぶつけた。あまりにショックだったのか、ユナはトイレの壁に大激突した。彼女は胸が大きくないことがなによりコンプレックスなのである。彼女が勢いよくぶつかったせいでトイレ全体が軋む。メイは慰めるようにユナの頭を撫でた。
「やめてやれよ……。」
「白いお姉ちゃんは……おっぱいが悔しいくらい大きいんだね……」
花子さんは細目でメイのよく育った胸を眺めた。
「いいんだよそんなのは。本題だ本題。」
よくない流れを感じ取ったのか、メイは話を切った。
「私達はお前らを成仏させるためにここまで来たんだ。落ち着いたみたいだし、色々聞かせてもらう」
「成仏……?私達って成仏するような存在なの?退治とか封印じゃないの」
花子さんは有難いお札の効果か、暴れまわっていた時と違って冷静な様子だった。ここでの質問は、『妖怪って成仏するの?』という意味である。心の傷が癒えたユナは、その疑問に答える。
「……そうね。ではそもそもあなた達の正体について説明してあげようかしら。――あなた達、妖怪のね。」
「妖怪……」
花子さんはその言葉を反芻した。
「大前提として妖怪という物は、実質的には存在しない。でも俗に魂と言われるものは実在する。この魂は、そのままでは私達生きているものに対して干渉することが出来ないわ。」
「魂が体から出る時、マイナスのエネルギーが溜まっていると地上に留まりやすくなる。つまりは幽霊へと変化し、他の魂や生きているものへ干渉し始めるのさ。」
メイもユナの言葉に補足する。マイナスのエネルギーとは、分かりやすく言えば恨みや怒りである。
「そう。でも魂の中には干渉することも出来なければ、あの世に行くことも出来ない浮遊霊がいるの。そしてこの魂が妖怪に変わるのにはある条件が必要になるわ。……それは『存在を信じられること』よ。妖怪・都市伝説と言うものが強く信じられることが必要になるの。」
決して誰もが強く信じる必要はない。そこに居るような気がするだけでいいのだ。ユナはそう付け足した。
何人もの人々がその場所に『何か』が存在するような感じがする。その程度で条件は整うのだ。
「あのトイレには花子さんがいるらしい。あのトイレは変な音がする。この学校には妖怪が居る……そんな蛇足だけで魂が囚われるようになるわ。」
……《トラワレ》。彼女たちはそんな意思のエネルギーに捕まった魂たちをそう呼んでいる。
「元の魂が噂に近い要素を含んでいればいるほど、より妖怪が生まれやすいのよ。」
花子さんは告げられた自身の正体を理解はしているようだったが、どこか現実味の無いような表情をしていた。
「つまり、私は私を花子さんだと思っているけど……本当は普通に人間の魂なのね」
「そう。《トラワレ》自身が噂に引っ張られてもうどうしようもないほど凶暴化したり、噂そのものが他人に実害を与えたりするものだと、私たちはお前らを消滅させるか封印するしかなくなる。」
メイが木刀を手で叩く音がこだました。
「あんたらを実力で排除しても、実態が一時的になくなるだけでそのうち復活するわ。このお札でとっとと大人しくして、《トラワレ》を成仏させれば手っ取り早いのよ。……そのほかの手段はどれも手間も人も必要になるしね。」
お金……かかるのよ。とユナはこぼした。どうやらゴーストバスターも世知辛いらしい。メイは彼女の肩をポンと叩いた。花子さんもトイレットペーパーを切って渡した。
「ということで花子さん?さっき自分の事覚えてないみたいなこといってたけど。なにか心残りな事とかないかしら?」
「仮に無いって言ったらどうなるの?」
花子さんにとっては当然の疑問だった。
「そうね……このお札を定期交換する事になるか……流石にこのトイレ叩き壊せばあなたも浮遊霊に戻るわ。」
浮遊霊ならば、簡単に成仏させることが出来るのである。
花子さんは一度うつむくと、自身の未練について語り始めた。
「実は……私、友達が欲しかったの。一緒に遊んでくれる友達。」
「友達か」
メイはユナと顔を見合わせた。
「でも、今日……あなた達と一緒に戦いごっこが出来て楽しかったわ。だって皆私の事見たら逃げるんだもの」
「まぁ怖いよ。夜中に子供が居たらさ」
慰めの言葉をメイはかける。
「だから今日はあなた達と一緒に遊べてよかったわ。とても楽しかった」、
花子さんの嬉しそうな言葉に、二人の表情も柔らかくなった。
「戦いごっこは私の勝ちね。うふふ」
「えへへ……おい、それは違うだろ。」
成仏しようとする相手に対して花を向ける気の無いメイであった。
「……」
「……」
「成仏すれば?」
数秒の沈黙の後、ユナはズバリと切り出した。花子さんは思わず怪訝な顔をする。
「……実はね。この姿になってから未練が一つできたの」
「贅沢ね」
死後に未練の出来る幽霊など、あまり聞かない話である。
「えっと……どうしようかな」
花子さんは切り出していいのかどうか困り果てた顔をしていた。女子高生二人は首をかしげる。何をそんなに言い淀むことがあるのだろうか。彼女らの顔を見ながら、おそるおそる花子さんは言葉を続ける。
「あの……聞きたいんだけど。最近の学生ってトイレでご飯食べるの?」
「いや……食べねぇけど?」
メイは即答したが、水に流せない言葉だった。