#27 Hospital
病院って無駄に待たされません?
夕令高校
この物語の舞台。通称ユーレイ高校。怪談の絶えない私立高校。
県立西高等学校
通称県西。ガラも偏差値も悪い高校。
切崎メイ
銀髪の少女。学校の人気者。ピンクパーカー。
殴坂ユナ
黒髪ロングで美少女の不思議ちゃん。
「赤ジャーの殴坂」と恐れられる元伝説の不良。
噂堂カケル
金髪。人脈の広い情報通。黒いヘアバンドを愛用している一つ下の後輩。
聴波 ハルカ
焦げ茶の髪を二つに結ったメガネ少女。魂の声を聞くことが出来る。
寺染サキ
長身の髪を金色に染めたヤンキー女子。
『黒スカジャンの寺染』で有名。
尖沢ヒメカ
おさげの真面目に見える背の低い少女。極度のヒステリック
メイが病院で目を覚ましたのは夜の七時頃だった。横で何かバリバリと何かを砕く音で目が醒めた。ここが病院だと気が付いたのはこの場所に一度来た事があったからだ。
ちらりと横を向くと、リンゴを芯までかみ砕いているユナが居た。
「……あふぁ?いんかーんたむれびおーさ?」
「なんて?」
「んぐ……。起きたのね」
「お前……絶対今違うこと言ってたよな。明らかに呪文だったよな?」
ユナは芯の残りもかみ砕くとため息を吐いた。
「ね。なんであんたまで気絶してるわけ?」
「あ?寺染とやり合ったんだよ」
「で、負けたの?」
「負けてねぇし!普通世の中は三本勝負だよ」
メイは頭に巻かれているガーゼをぽりぽり掻いて確認する。
「……っていうかさ。ちょっとあいつ強過ぎね?なんなんだよあの女。ビビったんだけど」
「私もなー……全快だったら負けはしなかったと思うんだけども。」
「お前もお前で怖いこと言うなぁ……なんか知ってんだろ?」
「あ。うん実はね、」
ユナが語り始めようとしたとき、ドアが数回のノックの後開かれた。この病院のの医師で、二人が普段世話になっている医村先生である。なんだか嬉しそうな顔をしている。
「君達も怪我して病院に送り込まれるとは。……君らも人間ということだ。」
「てめーそれが怪我人にかける言葉かよ」
「なんだかんだお久しぶりね、先生。陰気臭い顔。」
「元気そうだ……。」
二人の健在ぶりに思わず苦笑いの出る先生であった。
そんなやりとりをしている途中、彼女らの部屋を誰かがノックをする。医村はそれに短く返事をした。がらがらと開いたドアから入って来たのは中学生くらいの男の子だった。後ろで髪を結んだ顔の整った中性的な少年だ。頭に包帯を巻いたユナを見ると、何か怒った様子で彼女を指さした。
「ユナお前―っ!喧嘩した挙句病院に運ばれたなんて聞かされて僕は本当に心配したんだぞッ!」
「あらショウ君。来てくれたのね。」
彼の名前は本永ショウ。ユナの家に住み込みで従事している中学二年生である。妖怪退治を生業としている殴坂家・切崎家のような家を取り仕切っている本家の次男坊である。
本家である本永家から修行と言う名目で寄越されたのだ。ユナの弟子の様な扱いである。包帯で頭がぐるぐる巻かれている彼女を見て真っ青な顔で叫ぶ。
「せんせ、先生!!こいつ、頭大丈夫なんですか!?」
誤解を生みそうな質問に対して医村は目を閉じて首を横に振る。
「おいこら医者。」
「ユナ……お前どうしてそんな馬鹿になっちゃったんだよ!」
メイはそのやりとりに病院ということも忘れて大笑いした。
「ハハ……いや、大丈夫だよ。彼女は頭を二針ほど縫ったぐらいさ」
「えっ!?私頭切ったの!?」
思った以上の怪我だったのか、頭を押さえるユナ。
「先生、こいつ……と切崎は大丈夫なの」
ショウにとってメイはついでのようだった。
「二人とも体中に打撲とか擦り傷とかあったけど。基本的には大丈夫だよ。」
さぞ嫌そうに頭を触るユナを横目に、医村はショウに優しく微笑みかけた。ユナはその子束で彼が安堵してくれたことを嬉しく感じた。その純朴そうな少年に呼びかける。
「あらあら。急いで駆けつけてくれたみたいね。ありがとう」
「別に……僕は旦那さんが行けっていったから来ただけで……」
素直に感謝の言葉を受け取れないショウの頭をユナは優しく撫でてあげた。嫌そうな態度をとるショウだったが、一歩たりともその場から離れようとはしなかった。
おねショタだ。メイはそう思った。
「先生、私達は帰っていいのかしら?」
「ああ……支払いに関しては先ほど彼が済ませてくれたよ。怪我もまぁ……冷やしておけば治るよ。今日一日くらいは休んでいってもオマケしておくが、急ぎのようでも?」
ユナは体の傷を目視で確認しながら用向きを説明し始める。
「県西にへんな妖怪が出るって噂があってね。『とっとこ』みたいな?」
ハム太郎かよ。メイは呟いた。
「昔からあったみたいなんだけどね。行方不明者が出たみたいだから、調査に行かなきゃいけないの。今晩あたりメイと忍び込んで、もしごーすとなら解決するつもりよ。」
「仕事熱心だね。一年前が嘘みたいだ」
「やめろ」
普段年上への口の利き方には口煩い癖に、自分の事は棚に上げているユナであった。
「ユナ……明日でもいいんじゃないのか?」
ショウは心配そうに彼女の眼を覗き込んだ。ユナはなんでもなさそうにニヒルに笑いかけた。
「馬鹿ね。頭バットで殴られたぐらいで仕事を休むほど私は……」
「バット!?」
医村とショウが声を揃えて驚く。病院に居るという自覚の無い面々であった。男二人は驚きで冷静な状態では居られない様子だった。
「おま、おままままま!?バットで頭殴られて二針縫うだけで済むわけねぇだろ!」
「ちょっとそれはマズいぞ殴坂君!一発ガツンといかれたのか!」
何故彼らがここまで慌てているのかよく分からないという様子だった。
「一発っていうか十発以上貰ったんですけど……」
「えっ……!先生!こいつはバカだから痛みに鈍いんだよ!」
まるで緊急要請をする如く、先生に訴えかけるショウ。
「ああ知ってる……。お姉さんもそうだったけど、殴坂家は感覚がおかしいんだよ!殴坂君!」
「はい……?」
「検査入院だ!」
「いやいやいやいやいや!大丈夫よ!無事よ!」
病院に長居したくないユナは慌てに慌てていた。
「メイ!ねっ、私これ以上酷い怪我したことあるもんね?」
「ねぇよ」
メイはそういって仕切りのカーテンを閉め、他の面々に見えないようにすると着替え始めた。
「切崎君!君はどういう怪我なんだい!」
「パチキかまされただけだから。」
彼女は自分の頭を触って、大きなたんこぶが出来上がっている事を知った。触ると痛い。木刀を布袋の中に仕舞うと、そそくさと身支度を済ませた。
「め、メイ!置いてかないわよね?一緒に検査受けるわよね……?」
縋るように懇願するユナを見て、メイはほくそ笑んだ。
「頭の検査頑張ってね。私でてけてけは片付けとくよ」
「図ったな……シャアアアアアアア!!」
「うるせって。」
そう吐き捨てて病院から出るメイであった。彼女は一度自宅に帰ろうと出口から右へと歩き出す。すると誰かがメイを呼び止めた。
「メイ!」
「あっ……カケル!」
その姿を確認して、心臓が飛び上がりそうなメイだった。
「お前バイトじゃ……」
カケルはバイトで着る白い服のまま彼女を迎えに来ていた。
「ハルカちゃんからさっき連絡が来たんだよ……いや流石に病院運ばれたって聞いたらねぇ。大将も許してくれたし、問題ないっす。」
「そっかぁ……なんかごめんな」
カケルが迎えに来てくれたことがあまりにも嬉しくて、言葉とは裏腹にメイは顔のニヤつきを抑えきれなかった。
「あらら、これ怪我?」
割れた食器を拾い上げるような顔でカケルがガーゼに触った。そんなに強く触られたわけではないが、それでも少し傷が痛むようだった。
「いづッ」
「あっごめん」
「うん。大丈夫……お前晩御飯食べた?」
メイはガーゼをさすりながら尋ねた。
「今日は賄いの予定だったんだけど……抜けさせてもらったから」
「じゃ、うち来いよ作ってやる」
本当ですかぁ!?とカケルの嬉しそうな声が暗くなった街に響いた。せわしなく車が往来する音が聞こえる。
二人は今日あったことを楽しそうに語りながら帰路へとついた。




