#2 In a flush
もしかしたらホラーが読みたいとか思った人とかいるかもしんないんですけど
全編通してこんなちょうしです
あしからず
「うわっ!きったね!」
メイは投げられた、使い古しの床清掃用雑巾(使用済み)を紙一重で躱した。狭い場所は不利だと思った彼女は、中庭に逃げ込む。
彼女が中庭に逃げたのは立地の事もあったが、そこには待機している味方が居るというのがあった。彼女はその姿を見つけると、急いで駆け寄った。
「おい、ユナ!見つけたぞ、おい!……おい、なにやってんのお前?」
中庭に座布団を敷いて、その上に綺麗な姿勢で正座をして殴坂ユナはいた。彼女はゆっくりとメイの方を向いて彼女の質問に答える。
「オセロよ。」
彼女はオセロをしていた。向かいには二人の一つ下の後輩である噂堂カケルが座って相手をしている。
「……」
「……ここっすかね」
角を狙っているユナに対して、カケルは防御の一手を置いた。思わずうなるユナ。
「あー……なるほど」
「だからこんな時に一体てめえらは何してんのかって聞いてんだよバーカ‼」
メイは怒りで体から炎が上がりそうだった。セーラー服の少女は、彼女の言葉を気にも留めないかの様に黒く美しい髪をかき上げた。後ろ髪がさらりと宙をなぞる。
「何よメイ。夜中なんだから。そんなに声を荒げると……ご近所との関係に角が立つわよ。」
「……それオセロとかけてんの?すげー腹立つんだけど。」
金色に染めた頭のカケルはメイの顔を見ると、彼女の方に向きなおった。ヘアバンドの位置を直しながら楽しそうに言う。
「そうですよ~メイ先輩。ここはひとつ丸く収めましょう!」
「上手くねぇって言ってんだろ?まじぶっ飛ばすよ。」
「ほら、メイちゃん!怒ってないで可愛く笑って!」
カケルは怒っているメイの頬をつまむと、無理やり笑顔の表情にした。
「うるせーんだよっ!」
メイはその手を鬱陶しそうにはねのけた。そんな彼女の顔は心なしか紅かった。それはカケル達に怒っているから……という訳でもなさそうだった。まんざらでもなさそうである。
「……おい噂堂、お前年上に対して何呼び捨てしてんだァ!」
そんな様子を見たユナは、突然声を荒げるとカケルの胸倉を掴んだ。まるで娘をたぶらかすチャラ男にキレる父親のような怒り方であった。
「ユナ先輩⁉ごっごご、ごめんなさい!」
カケルは彼女の腕を振りほどこうと必死に謝った。
緊張感の欠片も感じられない一行の様子に、メイは辟易した。
「お前ら……そんなことしてる場合じゃないだろ!花子さんが!」
メイの言葉に導かれるように、廊下から追ってきていたフル装備花子さんが中庭に降り立った。ゆっくりと全員のもとに近づく。
「……見つけたわ、お姉ちゃん。」
ユナはゆっくり立ち上がるとメイの横に立った。
「あらメイ、このちんちくりんのことかしら。花子さんと言うのは。」
「ほら、おめーらが遊んでる間に来ちまったじゃねぇかよ」
花子さんはメイとユナを見ると嬉しそうに笑う。
「……二対一でも、戦いごっこなら負けないわよ」
そういうと花子さんは二人に向かってモップを振りぬいた。床掃除でヨレヨレになった部分のせいで、二人は花子さんとの正確な間合いを図ることが出来ない。メイも反撃しようと木刀を振り下ろすが、花子さんは反射神経が良いらしい。容易くモップで受け止められてしまった。
「ふふふ…そんなんじゃ勝てないわよ」
「にゃめんな!」
ユナは一瞬助走を取ると、彼女の頭に向かって飛び蹴りを繰り出した。その速度に驚いた花子さんは頭を下げて攻撃をかわす。頭に被っていたバケツが地面に転がり、静かな闇夜に大きな音が響き渡る。
「早いけど……隙ありっ!」
攻撃によって体勢を崩したユナに、花子さんがモップを振り下した。しかしユナはその攻撃を、身体がブラシに触れない様に腕で受け止めた。花子さんが反応する時間も与えず、モップを彼女からむしり取る。
「そ!そんな、私の攻撃が……‼」
リーチのある武器が奪われた花子さんは慌てふためいた。
「あら残念ね。貴方みたいな子供の攻撃が私に効くわけないじゃない。こんなものうちの姉様のビンタの方がよっぽど痛いわ。」
……どれだけ痛いんだろう。メイは少し気になった。
ユナはおもむろに奪い取ったモップを膝でへし折った。木材が一気にはじけ飛ぶ音が校舎に反響する。
「も、モップ……折れたぁ⁉」
花子さんは驚愕の余り叫んだ。それなりに強度を持つであろう掃除用具を、目の前の女が容易く破壊したのである。怪異でさえもビビり倒す光景であった。ユナは腕を組むと、高圧的な仁王立ちで花子に語り掛けた。
「観念なさい。ハナちゃん。今降参するなら三回殺すだけで許してあげるわ。」
めっちゃ殺すやん。メイはぼそりと言った。
しかし花子さんも諦めてはいなかった。大量のトイレットペーパーを二人に放り投げつけたのだ。
「くらえ!白い鎖‼」
「なによその妙にかっこいい名前は……あっ!」
二人の体にトイレットペーパーが複雑に絡まり合う。振りほどこうとする度にほどけなくなっていった。二人は不要にもがいて、逆に身動きが取れなくなってしまった。
「くっ……ユナ!大丈夫か!……ユナ?」
ユナは子供に出し抜かれたことが悔しく暴れまわった結果、棺桶から出したばかりのミイラの様な姿に変り果ててしまっていた。
「『ハムナプトラ』みたいに……」
「メイ?」
顔すら見えないほど動けなくなった彼女はメイに呼びかけた。
「ふふ……私は無事よ。」
「どうみても無事じゃないだろうが‼」
花子さんは愉快な笑い声をあげた。二人を拘束したトイレットペーパーを引き寄せている。止めを刺すつもりである。
「私の勝ちね!」
しかしその鎖は簡単に断ち切られた。
「喰らえ!」
ずっと傍観を決め込んでいたカケルが、中庭の水道から引いてきたホースの水でトイレットペーパーを断ち切ったのだ。
「液体だ!」
トイレットペーパーは水溶性なので、力よりも水に弱いのである。
「大丈夫っすか先輩!」
カケルはメイの体に巻き付いた紙を切って彼女を自由にした。二人はその間何度も視線を交わし合う。
「さ……さんきゅ。」
「へへ、無事でよかったで……」
カケルは『す』を言い切ることは出来なかった。何故なら顔面に爆弾(床拭いた雑巾)がぶち当てられてしまったからである。
「カ、カケルー!!」
顔にミサイル級の汚物が激突したという事実がショックで、カケルは地面に倒れてしまった。メイはすぐさま駆け寄った。
「カケル!カケ…うわこの雑巾くさッ‼」
思ったよりしっかり掃除に使われていた雑巾は、嫌悪感を覚える悪臭を放っていた。
「先輩……いいセンスだ」
彼はそういうと気絶してしまった。
「ごめん……オセロットの台詞を以てしてもダサいよやられ方」
メイは木刀使って雑巾を放り捨てると、カケルを安全な所に寝かせた。
「後で洗顔貸してあげるからな。」
「ふふ……なんだかよく分からないけど残るはあんただけよ!」
花子は嬉しそうに笑うと、雑巾をメイに向かっていくつも投げ飛ばしはじめた。ゴム手袋をしているので、花子の手は汚れない。メイは俊敏に動きながら、一つも逃さず叩き落していく。
「チッ……三つ首の竜‼」
やけに気合いの入った必殺技名と共にスリーウェイショットで雑巾が投げ飛ばされる。だがメイの剣捌きはその全てを切り裂いていった。
「観念しなッ⁉」
「た……弾切れ!」
花子さんにはもう雑巾爆弾もトイレットペーパーも残されてはいなかった。
「これ以上暴れるって言うんなら、お前……ただじゃすまない事になるな」
メイはそう言うと、花子の事を見下ろした。木刀ですぐにでも花子を攻撃できる状態にある。二人はその状態で睨み合った。
「ここまで私を追い込んだのはあなたたちが初めてよ」
花子さんは少しうれしそうに呟く。
「でも負けないわ!こうなったら私の奥の手を……」
メイは最後まで言葉を聞こうと思ったが、花子さんは何故か言葉を続けなかった。途中で切られるとどうしても続きが気になってしまうものである。メイは敵の演説を促した。
「おい……なんだよ、奥の手って」
それにも答えず、花子さんは辺りをキョロキョロと警戒していた。
「あ……あんたの黒い友達はどこに行ったの⁉」
メイはミイラ状態のはずであるユナに視線をやったが、そこに彼女はいなかった。どうやら自力で脱出したようで、近くには見当たらない。
「は~なこさんッ」
声の方を向くと、三階東側のトイレに近い窓からユナが顔を出している。
「あなたの住処にしているトイレ、ここよね?……これなぁーんだ」
ユナの手には大量のティッシュペーパーが握られている。彼女が何をするつもりなのか、メイの理解は及ばなかった。一方で花子さんの顔はみるみる青ざめていく。
「そ…そんな、恐ろしいことを思いつくなんて…………⁉」
「えっなに?また馬鹿みたいなダジャレ?」
メイの疑問に答えるより先に、彼女は一目散にそのトイレに向かって走り出した。
「トイレにそんなにティッシュ流したら詰まっちゃうのぉ‼」
十秒後、開けられた窓から、悲鳴と共に花子さんが蹴り飛ばされてきた。
……トイレットペーパー以外をトイレに流さないようにしましょうね。
タイトルも実は考え付いた変なダジャレシリーズで
トイレで水を流すFlushとIn a flash《すぐさま参上》を掛けて
In a flushです。
本編では分かりにくいのでやめました。