#22 乾いた叫び
邂逅。
それはまるで、娘が結婚する親のように…………
夕令高校
この物語の舞台。通称ユーレイ高校。怪談の絶えない私立高校。
県立西高等学校
通称県西。ガラも偏差値も悪い高校。
切崎メイ
銀髪の少女。学校の人気者。ピンクパーカー。
殴坂ユナ
黒髪ロングで美少女の不思議ちゃん。
「赤ジャーの殴坂」と恐れられる元伝説の不良。
噂堂カケル
金髪。人脈の広い情報通。黒いヘアバンドを愛用している一つ下の後輩。
聴波 ハルカ
焦げ茶の髪を二つに結ったメガネ少女。魂の声を聞くことが出来る。
寺染サキ
長身の髪を金色に染めたヤンキー女子。
『黒スカジャンの寺染』で有名。
尖沢ヒメカ
おさげの真面目に見える背の低い少女。極度のヒステリック
放課後。夕令高校の食堂の前でユナは腕を組んで立っていた。彼女の親友、切崎メイに呼び出されたからだ。
居残りをしているはずのメイに急に電話で呼び出されたかと思えば、食堂の前に来いと言われたのだ。ユナ自身も生徒会の仕事で学校に残っていたのだが、『大事な相談』があると言われれば作業を中断してでも駆けつけざるを得ない。
とは言え、これまでメイからされた『相談』といえば、他愛のない恋愛話をさぞ重大そうに切り出されるだけなのだ。しかも本人が明らかに鈍感で、どう考えてもカケルの事が好きだという証拠しか提出しない癖に、その自覚が無いのだ。ユナとしてはまた下らない恋バナに付き合わされるんじゃないかと言う危惧があった。
麗しい少女には似合わない仁王立ちをするユナのもとに、メイが急いだ様子で駆けつけた。
「ごめん、待った!?」
「いや……まぁさっき呼ばれたばっかだし。どうしたわけ?家じゃダメだったの?」
「うん……実はちょい前から本当は相談したかったことだったんだけどさ。えっとその……なかなか言いづらくてさ」
ああ。またむず痒い恋愛話を聞かされるのか?ユナが覚悟を決めたその時、メイの口からある言葉が発せられた。
「あのさ……多分さぁ……。私、カケルの事好き……なんだよね。」
「う……ぅぅぅぅうああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ユナ!?」
ユナの口から突如として大絶叫が発せられた。食堂あたりで部活動の準備や練習をしていた生徒たちの耳目を一身に集めた。まるで自分の半身が切り裂かれたかのような狂騒が、学校の外まで響いていく勢いだった。
「ウチの子がああああ!ウチの子がああああ……!!」
「ちょっ……まじ、まじうるせぇ!」
「カケルが好きって!あの金髪バカが好きだってやっと!」
「やめろ!!大きい声で言うんじゃねえ!!」
メイは顔を真っ赤にしてユナの絶叫を止めようとする。周りの人々の目線がさっきよりもひどく集まっている。
「やだあああああぁぁぁぁ!寂しい!!なんだか寂しい……さながら娘によって婚約者を連れてこられた父親の様に!」
「いい加減黙れ!」
ユナの腹にメイのボディブローが突き刺さった。お腹を押さえて地面に崩れ落ちるユナ。泣いているような呻き声をあげる。
「うぐぅ……でもあんた……それに気付くのに半年くらいかかったんじゃないの?」
「いやさ、だって。私誰かを好きになった事ってないからさ……」
「へぇ~……え、じゃあ恋人とか今までいなかったんだ。」
「そんなことはねぇよ。中学のころ居たよ?彼女と彼氏」
「そうなんだ彼女と……んん?」
ユナは思わずその言葉に瞬時に立ち上がった。
「えっ?彼女!?」
「えっ?意外?」
「当たり前でしょ!」
「昔な~告白されてさ。振るのもかわいそうだったから付き合ったんだよ。楽しかったけど……友達とあんま変わらなかったからな。」
少し昔の事を話すのが恥ずかしいのか、頬を指で掻きながら話すメイ。
「相も変わらず女の子にモテるけど……彼氏は?」
「まぁ似たようなもんだったけど……そいつはあんま良い奴でもなかったし。すぐ別れた。」
「え~女の子オッケーだったのォ?私もメイと付き合いたかったわ」
「お前がそれ言うと冗談に聞こえないんだけど。っていうか勘弁してくれ、私は多分女の子は恋愛対象とは見れないよ。お前とそういう関係になるのも嫌だ。」
「あらあら?私ならあなたをドキドキさせてあげられるわよ?」
メイは変な動きで近づいてくるユナの頬を手で掴んだ。彼女は握られて不自由になった口を、魚のようにピクピクさせながら喋る。
「で、カケルとはどうするつもりなの?」
「ふぇっ」
その気の抜けたメイの返事に、ユナは思わず顔をしかめた。
「何よそのエロゲみたいな声は」
「嫌な例えをするんじゃねぇよ」
「とにかくあんた、好きだってやっと理解したのは良いんだけど。告白とかはするの?」
「う……告白の仕方分かんない」
「そんな事だろうとは思うけど……相談ってまさか」
「そう。どうしたらいいかなって……」
頬を掴んでいる手を弾いて、ユナが思い切りため息を吐く。
「んなもん決まってるべや。とっとこ告れ。」
「ハム太郎?……でもさ、ほら、やっぱ不安じゃん?フラれたらどうしようかなとか。」
「カケルに?あんたがフラれるわけないでしょうが」
「そんなの分かんないだろ?」
「いや、まぁ……。」
カケルもメイに恋愛感情を抱いているという事実を知っているユナとしては非常にむず痒い気持ちになった。
「でもあんたら家にタイマンで遊びに行く仲なんでしょ?フラれないって。」
「タイマンって……映画見てるだけだし。」
「……結局メイは私にどうして欲しいのよ」
メイはまさにもじもじと言う様子でいた。その既視感にユナは苛立ちすら覚える。
「七月過ぎさ、夏祭りあるらしいじゃん?この辺……そこで言おうかなって」
「好きだって?」
「うん……」
蚊の羽音と勘違いしそうなほどのか細い頷きが、ユナの耳にだけ届く。その言葉を聞いて少しだけ彼女は嬉しさを感じた。
「それで、その間までにアプローチ的な物をしようと思うんだけど。どうしたらいいかなーって……ユナに。」
「そういうことね?……押し倒せば?」
「ブッ」
あけっぴろな言葉にメイは思わず噴き出した。
「ユナ!?私がそういうの無理だって知ってんだろ!?」
「まぁ知ってるわね。私達、何年の付き合いだと思ってんのよ。」
「……一年だろ。」
「そう……だったわね。なんか一緒に過ごす時間が多すぎて、たまに私ら幼馴染なんじゃないかって気すらしてくるわ。」
「んまぁその気持ちは分かるけどさ。お前他に居ないの幼馴染とかさ」
「普通の友達なら何人か居たけど中学でイカれてからゼロになったわ……昔は居たんだけどね、幼馴染。」
「ふーん」
ユナは仕切り直すように咳払いをした。
「まあそれはいいわ。……押し倒すのはアレとして。軽いボデータッチとかしたら?手を握ったり服の裾掴んだりとか。ただの男友達ならしないようなボデータッチ」
「言い方が親父臭いなぁ。ていうか……効くのソレ」
その言葉を聞いたユナはメイの真横に立つと、彼女の服の袖を少し引ひいてその肩に顔を埋めた。その風景はまるで、恋人たちの逢引の様相を為していた。
「…………やば。今のお前超可愛い」
「だしょ?私の言うことは大体あってます。私の言うことの九八パーセントは正しさで出来ていますぅ。」
そんな女の子特有の距離感の近いやり取りをしている時だった。食堂前に繋がる廊下から、体操服姿の生徒が走ってくる。おそらくグラウンドで部活動に励んでいたのだろう。ただその表情は鬼気迫る様子だった。
「切崎さん!切崎さん!あっ……」
その少年はまるで恋人のように密着する二人を見て一呼吸置くと、用事を思い出したのか機関銃の如く喋り出す。
「大変です切崎さん!」
「あなた今の『あっ』て何よ。何に対しての『あっ』よ。」
「県西の連中が正門前に二人ぐらい居て……追い払おうとした奴がやられてるんです!」
「どうせ『こいつらやっぱりか』とか思ったんでしょ!?そうなんでしょ?」
少年はユナの言葉には耳を貸さなかった。
「悪樹の奴か……?おいごちゃごちゃいってねぇで行くぞユナ!」
「え、うん!」
メイはあらぬ疑いをかけられる事よりも、自身の正義感のままに動くことが大切なようだった。
正門には寺染サキと尖沢ヒメカがメイの到着を待っていた。足元には彼女らを追い払おうとしたり、ちょっかいをかけたりした生徒・教師らが転がっている。サキはマスクをつけて退屈そうにスマホを弄っている。二人の前にはメイ達のクラス担任である気梨が立ち塞がるように猫背で立っていた。大分頼りない。
「いつになったら切崎ってアマは来やがるんですかぁ?本当に学校に居やがるんですかぁ?」
「……居る。銀髪で喧嘩っ早い切崎ならさっきまで居残りをしていたからな。もうじき来るから、頼むからこれ以上俺の仕事を増やさないでくれ。嫌なんだ……不必要な事で定時に帰れなくなるのは。」
気梨はいい大人がするとは思えない発言を、同僚と自分の生徒が倒れているこの状況で若い少女らに投げかける。
「なんですかこのやる気のない教師」
「さぁ。時代じゃないのかい。……来たよ。」
メイとユナは足早に校門前までやってくると気梨と少女らの間に立った。
「へぇ。あんたが切崎かい?本当に銀髪だねぇ。」
「何の用だ」
寺染サキの言葉には応じないメイ。
「別に用ってことはないよ。ウチの高校のダボスケやったっていう女が珍しい外見してるから見に来ただけさ。」
「悪樹に頼まれてこんなことしたのか!?」
足元に倒れている生徒の中にはメイらのクラスメイトも居た。彼女はサキを噛みつくような目で睨む。いつでも殴り掛かれるような殺気だった。サキはそれを面白そうに眺めていた。マスクをしているからメイにはその表情が伝わりにくい。
「待ちなって。だれがあんな小物のためにやるのさ。一目あんたを見たいって言ってるだけなのにコイツらアタシたちが喧嘩をしに来たと勘違いしてねぇ。排除しようとするから片しちゃっただけ。尖沢と違って下手にケガさせちゃいないよ。」
メイは横の背の低い真面目そうな少女が尖沢であると理解した。
「ひどい言い草しやがりますね。ね、もういいでしょ。クレープ食べに行きましょうよ寺染。」
「そうさね。用は済んだし。」
猫目の少女はさぞ退屈そうに参考書を畳む。
「寺染?」
その名前を聞いて、今まで黙って話を聞いているだけだったユナが首をかしげた。
「おい待てよてめぇ!」
「何さ。」
メイの殺しにかかるような言葉に立ち止まって正面を向くサキ。
「お前こんな舐めた真似しといて何もなしかコラ。詫びの一つでも入れろや」
「なに、謝って欲しいのかい。それで気が済むなら……ほい、ごめんにゃさい。」
眠そうな顔から放たれたのは、明らかにメイを小馬鹿にした謝罪だった。反射的に彼女が飛び掛かろうとした時だった。ユナが一触即発の二人の間に割って入って、サキのマスクを剥いだのだ。サキが殴られたと思ったヒメカが身を乗り出す。
「やっぱりだ、サキでしょ!!」
いきなり出た予想外の言葉にその場の全員が止まった。
「あ……!」
「ね、ほら!やっぱりそうだ!その眠そうなタレ目!サキだぁ!久しぶり……あんた金髪なんかにしちゃってまぁ……。」
「何、知り合い?」
調子を狂わされたメイがユナに尋ねる。
「ほら、さっき言ってた幼馴染!」
「し……知らないよ。」
サキは明らかに動揺した様子だった。
「え!?忘れちゃったの!私を?殴坂ユナよ!ほら、小学校同じでよくうちで遊んだりサキんちで遊んだりしたじゃない!?」
いや確かにキャラ濃いけど、自分で言うか?メイはあまりにも突然の事に、滲み出ていた怒りが収まっていった。
「うわサキ、背ぇ高!ねぇ、何センチになったの?ね?」
「ひゃ……百七十四」
「でかいわね~」
ヒメカはサキが動揺している理由も意味も分からない為、どういう反応をしていいか分からなかった。サキの様子をただただ心配している。
「寺染?ちょっと、どうかしたんですか?」
「し、知らない。こんな奴覚えてない!」
サキはユナの事を見て先ほどの様子とはうって変わって慌てている様子だった。顔には汗がにじみ出ている。
「ほら!よく一緒にウチの姉上にボコボコにされたじゃないの。『泣き虫サキちゃん』つって呼ばれて!」
「おい黒髪!お前うちの寺染に何しやがった!適当ほざきやがりますとぶち殺しますよ!」
今まで見たことないサキの狼狽具合に、ヒメカはまるで我が子を守る母狼のように目の前のユナを怒鳴りつけた。ユナの方も先ほどまで昔の馴染みに会って大喜びをしていたにもかかわらず、スイッチを切り替えたかのように喧嘩腰になった。
「あぁ!?んだこのチンチクリンがぁ。やってみなさいよぉ?寒い冬の日に片方だけ道路に落とされて一生日の目を見ることの無い手袋みたいなご面相にしてやるわよ」
ヒメカは顔に戸惑いの色を一瞬浮かべた。確かにこの状況の発言としては意味不明である。
「ふん!お望みならぶち殺して……」
「ダメ!尖沢。行くよ」
サキはまるで警察官を見かけた万引き少女のようにその場をそそくさと去り始めた。ヒメカも腕を引かれて連れてかれる。強く引っ張られながら、彼女はユナを恨むような目で睨んでいる
「えっちょ!なんですか急に!?……黒髪お前、きっと痛い目に合わせてやりますからね」
「あ!サキ!もう行っちゃうのぉ?また一緒に遊ぼうよ~……」
ユナは名残惜しそうにサキを見送った。メイもそんな能天気なことを隣で言われると、追いかける気にもならない。
「なに……あいつが幼馴染かよ」
メイは外れくじを引いたような調子で遠くなる二人組を眺めた。ヒメカの履いているハイヒールの音が、時折振り返る彼女と相まって名残惜しそうに聞こえる。
「そう~サキ。懐かしいなぁ……モデルみたいな女の子に成長してたなぁ」
「……ああそう。よほど仲良かったんだろうな」
ふてくされた反応を見せるメイ。その反応が少しうれしかったユナは、メイの肩を指先で突いた。
「何よ。……あれれ~メイ嫉妬?」
「違うよバカ!……まったく、面倒なコトにならなきゃいいけど。」
二人は校舎に戻ろうと振り返った時、未だ転がったままの生徒らと、煙草をふかして暇そうにしている気梨がいた。
「……終わったか?片付けとけよ」
「働けよ少しは。」
生徒達にさえ手当も何もしていない彼を見て、メイは咄嗟にその言葉が口から出た。