#21 お触り厳禁!
夕令高校
この物語の舞台。通称ユーレイ高校。怪談の絶えない私立高校。
県立西高等学校
通称県西。ガラも偏差値も悪い高校。
切崎メイ
銀髪の少女。学校の人気者。ピンクパーカー。
殴坂ユナ
黒髪ロングで美少女の不思議ちゃん。
「赤ジャーの殴坂」と恐れられる元伝説の不良。
噂堂カケル
金髪。人脈の広い情報通。黒いヘアバンドを愛用している一つ下の後輩。
聴波 ハルカ
焦げ茶の髪を二つに結ったメガネ少女。魂の声を聞くことが出来る。
夕方五時。帰宅するサラリーマンや少年少女達でごった返し始める時期だ。しかもこの鉄道の電車は車両が客に対して足りていない。ぎゅうぎゅう詰めである。そんななか人目も憚らず女子高校生達が電車の中でひそひそ噂話をしていた。リボンなしの白いセーラー服を着る高校生はこの辺では県立西高等学校だけである。
「ねえ?うちってさ、ユーレイ高校みたいに怪談あるの知ってる?」
「知ってる~。てけてけでしょ?」
ユーレイ高校とはメイ達が通う夕令高校のあだ名である。電車の椅子に座っていた女子高生が下らないh洒落を聞いたような顔をする。
「ええ?あんたらいくらこの街が怪談多いからってそんなん信じてるの?ピュアだね~」
「でも、夜中忍び込んだ二人。どうなったか知ってる?」
「え……私そいつら知ってるかも。最近付き合いだしたあいつ等でしょ?」
「そお」
急に現れた具体的な情報に、少女らの顔が好奇の感情に満たされていく。
「男は不登校になって、女は行方不明になったってさ」
「やばぁ……本当にいんの?てけてけ……」
「分かんないけど、夜中にヤバい奴が徘徊してるって専らの噂!」
「あ!警備員のおっちゃん言ってた!夜の二時から三時までは絶対校内に入らないんだって!」
「え!?ガチじゃん!?」
てけてけと言えば、ぱっと聞いただけでその正体をはかり知ることが出来ないだろう。簡単に言えば下半身の無い人間の姿をした妖怪である。
下半身の無いその姿でどう移動するかは諸説ある。浮いていて移動するとか、手で体を引きずっていくなど言われるものの、多くは後者のように伝えられている。というのも、このてけてけの名前の由来は、体を引いて移動するときに発する音が『てけてけ』という音に聞こえるというものだからである。
そんな音聞こえるか?一部の人間はきっと疑わしく思うだろう。当事者でもない以上、その音の実態を明らかにすることは不可能であるが、逆にその正体不明さが怪談たる所以だとも納得する事が出来る。
てけてけの由来と言うと、北海道で起きた電車の事故だとまことしやかに囁かれている。
ある寒い冬の日に電車に後ろから何者かに押された少女が、電車の車輪に体を真っ二つにされた。そのまま失血死で亡くなればまだよかったのだが、あまりの寒冷地の寒さに傷口が凍り付いたのだ。多くの人が彼女を死んだと思い、ブルーシートをかけて放置したという。彼女は息絶えるまで痛みと恨みを抱え、絶望の渦中で死んでいった。その少女が妖怪化したというのがこのてけてけである。
……といえばそれっぽい話だと思うが、人間の断面は北海道の寒さ程度で瞬時に凍り付かない。放っておけば凍り付くかもしれないが、その前に失血死するのが関の山なのだ。
その上身体が車輪で真っ二つになれば痛みを感じる前に、ショック死するだろう。怪談なんて、それっぽい説得力があればいいのだ。真実は重要ではない。
そんなことなど露知らず、ただ面白いから彼女らは怪談を楽し気に話す。そして興味は簡単に他に移るのだ。
「……ねぇ!あれ寺染先輩と尖沢さんじゃない?」
「あ……本当だ。学校帰るのにあの二人電車使ってたっけ?」
となりの号車に伸びる少女らの目線の先には、県立西高等学校では知らない人は居ない程有名な少女らが居る。寺染サキは長い金髪に黒のメッシュをした、タレ目で背の高い二年生の女子生徒。右耳の十字型のピアスが光っている。
もう一人の尖沢ヒメカはおさげ髪に眼鏡とヘアピンをした、一見真面目そうに見える猫目の背の小さい少女だ。
「……寺染さん本当かっこいいよね」
「背が高いし金髪似合ってるよね」
「尖沢さんも高校にはトップで入ってきて、この前の成績も全教科百点だったみたいだよ。」
「えーすごい!なんで県西なんかに来たんだろう……あの二人正反対な感じなのにいっつも一緒に居るんだって~」
「なんか幼馴染っていう噂だけど……」
今度はその二人について、少女らの噂話が始まっていく。
寺染サキは、そのうわさ話に耳を傾けていた。混雑する帰りの電車の中で、喋っている女子高生は彼女等位である。しかも自分たちの事となると、いやでも聞こえてくる。ため息を吐くと、サキは目の前に立っている尖沢ヒメカの方を見た。
「……?」
眠そうなタレ目が、ヒメカの様子を捉えた。普段は世界の全てに興味が無いといわんばかりに文庫本を読んでいる彼女だが、明らかに不快感でその顔が歪んでいた。サキと目が合ったヒメカが、後ろを指すように斜め後方をちらっと見た。
後ろに居るサラリーマン風のスーツの男が、彼女のおしりをまさぐっているのだ。
「ねぇ、オジサン。騒がれたくなきゃ次の駅おりるんだよ。」
サキは表情を全く変えずそう言った。
「わ、私は痴漢なんてしていない!」
誰も降りないような駅で、スーツ姿の男は言った。
「あぁ……クッソ、シワになってやがりますし、なんか変な感覚残ってるし!」
ヒメカがまるで落ちない汚れでも擦り付けられたかのように、スカートの後ろを手と通学カバンで一生懸命払っている。
「オジサン。ウチらも警察とか嫌いだからさ。今この駅には誰も居ないワケだし、誠意を持って謝ってよ。許したげるよ。」
「言いがかりだ!」
「てめぇ以外誰が居たって言いやがるんですか!適当ぶっこくと殺しますよ!」
「ヒッ」
優等生らしい外見とは裏腹に、ヒメカは爆弾のような怒りを爆発させる。男は思わず驚きで肩をすくめる。
「落ちつきなよ尖沢。……オジサン。アタシらもめんどくさいからさ、謝ってくれたら帰るよ。」
「下座りやがってくださいよ。」
男は二人の顔を見比べると、ゆっくり膝を地面に突こうとする。観念して謝罪をした方が得策だと思ったのだ。阿形吽形のように立ち塞がる少女らに頭を下げようとしたその時だった。
「許すわけねぇでしょうがよ!」
ヒメカはバッグから折り畳みの警棒を抜き去ると、男の頭に向かって振り下ろした。
「ぐあっ」
男は彼女から受けた急襲に頭を押さえた。ヒメカはそんな事お構いなしに履いているハイヒールで突くように彼を蹴り、警棒で執拗に叩く。
「ヒメカのお尻は!ホームセンターに陳列されているような!試供品のクッションなんかじゃあないんですよ!気安く触りやがんじゃねぇんですよ!!」
まるで地震で頭を庇って机の下で隠れる子供のような格好で、男は彼女の攻撃から身を守ろうと必死である。
「やめてくれ……!」
「謝れよぉ。謝りやがってくださいよォ~ッ!」
そう叫ぶと、彼女は男のわき腹に強く蹴りを叩きつけた。それによって男は軽く吹き飛び仰向けの形に寝転がった。ゲホゲホと苦しそうにむせている。
「き、君たち……げほっ、こんなことをしてタダで済むと思っているのか……!過剰防衛だ!」
自分の事を棚に上げるとはまさにこの事か。痴漢したのは男の方なのにもかかわらず、まるで彼女らに非があるとでも言わんばかりの言葉を彼女らに吐き捨てた。腹を痛そうに抱えているため格好は付かないが。
「調子に乗るんじゃないよ。」
サキは今の今まで眠そうに棒立ちしていたにも関わらず、その言葉を聞いて眠そうな顔を眉間をほんの少し歪ませた。彼の顔面に向かって小石を蹴飛ばすようなフォームで蹴りをぶつけた。衝撃波が発生したかのような音が駅のホームに響く。男は地面を転げながら気絶した。
「うわぁ……寺染。一撃じゃないですかぁ?」
ヒメカが嬉しそうに男とサキの顔比べるように交互に見た。
「ウチの子に手を出したんなら、誠意を持って殺されるべきだね。おしり大丈夫?」
「あぁ……。まぁ、まだ不快感が拭えませんけど。」
そう言いながら彼女は腕時計を見る。
「ねえ、間に合うんですか?」
「んん?知らない。会えなかったらこの辺にクレープ屋有るみたいだし食べるよ。」
「会えても食べたいですぅ~」
「じゃ、尖沢のおごりで。」
「いいですよ。会いに行きましょ、銀髪の切崎に。」
不思議な雰囲気な二人は、駅のホームを出て行った。