#18 受験勉強大変だね。
この物語は他作者さんみたいに
きっちりした世界設定はされていません
言ったことは変えませんが、練っとりません
わざと練ってないのです。噛む前のガムです。
切崎メイ
銀髪の少女。学校の人気者。ピンクパーカー。
殴坂ユナ
黒髪ロングで美少女の不思議ちゃん。
「赤ジャーの殴坂」と恐れられる元伝説の不良。
噂堂カケル
金髪。人脈の広い情報通。黒いヘアバンドを愛用している一つ下の後輩。
聴波 ハルカ
焦げ茶の髪を二つに結ったメガネ少女。魂の声を聞くことが出来る。
カケル無事の一報を受けて、ユナとハルカは胸を撫で下ろしていた。塗り壁探索の足を止める。ハルカは嬉しそうにユナに語り掛けた。
「カケル君間に合って良かったね」
「そうね。でもこっちは……思ったよりも高い授業料だったけど」
ユナは肩を落としていた。請求された柵とベンチの修理費に思いをはせている。
ひとまず二人は公園に向かっていた。メイ達と一旦合流するためである。
「……それにしてもメイちゃん、、一人で何人も相手に出来るなんてすごいね!」
「そりゃそうよ。……あの子も十分強いもの。」
ユナは自分が褒められたかのような顔でハルカに答えた。二人はお互いの事をよく分かっているんだ。ハルカはそんな風に思った。離れていても、相手がいじけていても、お互いの事を理解し尊重し合う。彼女はそんな二人の仲を素敵なものだと思った。
ユナは歩きながら長い後ろ髪をかき上げる。
「それに私も加わると、はずみで相手を殺してしまいかねないわ。頭に血が上るとダメなの。」
「はははっ、言いすぎだよ~」
「……冗談じゃないんだけど。」
「……」
ハルカは思わずその言葉に口をつぐんだ。ユナの言葉には強い力が含まれていたからだ。客観的な立場でこの件に関わっていた彼女ではあるが、心中には滾る気持ちがあったようだ。
「カケルと私は……二月からの短い仲だけどね。……当時まだ悪い意味で有名な私とも遊んでくれるし、普通に接してくれたわ。あんなやつ初めてでね。ふつーに友達で居てくれたのが本当に嬉しい事だったの。……あいつに危害を加える奴が居るなら、学校一つ程度粉々に破壊するわ。」
ユナはにっこりとハルカに微笑みかけた。ハルカは彼女の言った事に生唾を飲んだ。そしてこう言った。
「ユナちゃん……かっこいい!!」
「あ、そっちいくの。」
キラキラとした目でハルカはユナを見返す。予想では若干引かれると思っていたユナは驚いた。ハルカは嬉しそうに飛び跳ねた。
「だって、私はあのカッコイイ時代のユナちゃんを見てファンになったんだもん。」
「二度とあれをカッコいいと言わないで。」
たまに現れる過去の自分のファンが、彼女の頭痛の種である。
「いまの大人しい姿に戻ったユナちゃんが、友達のために元の姿に戻るのがカッコイイ!ダークヒーローっぽい!」
ダークヒーローという言葉に、ユナの表情が爛々と輝く。
「そう?そう??魔進チェイサーみたいな?……でも~、私ハルカちゃんの為になら国さえ滅ぼす~」
カケルよりも大袈裟な表現を使ってくれたのが嬉しかったのだろうか。ハルカは声が裏返るほど喜んだ。
「ホント?私傾城だぁ。クレオパトラだ!」
二人は楽しそうに会話しながら公園に辿り着いた。一旦合流するために歩いてきた二人だったが、この場所にいるはずのメイとカケルが居ない。
「あら?病院行ったのかしら。連絡は来てないのだけれど。」
あたりを探っていたハルカが、ユナのもとにすっ飛んできた。
「ユ、ユナちゃん。ここも例の小さな声がするよ。誰かがいるみたい……」
「なんですって……まさかあいつら……な訳ないかぁ!メイに至ってはプロだもん!ないない!」
というユナの大きな期待を裏切り、結界の中にはメイとカケルが閉じ込められているのだった。
「クッソ!この壁壊れねぇ!」
メイは木刀を振り下ろしたり蹴り飛ばして壁を壊そうとするものの、件の壁はビクともしない。カケルが青ざめた顔でメイに駆け寄る。
「メイ、電話も圏外っす!で、出られないっす!」
「しゃ、洒落になんねぇ!出せー‼」
急に閉じ込められて大焦りの二人は、結界の中でこんな調子であった。ハルカにはほんの少しその声が聞こえてくる。
「これ、中に居るのメイちゃん達じゃないのかな?」
ユナはハルカの予想に思い切り吹き出した。
「本当に⁉馬鹿じゃん、大馬鹿野郎じゃん‼なにやってんのあいつ……しかし出してやろうにも……本体が見つからないんじゃあ」
「多分この騒ぎ様じゃ、さっき閉じ込められたばかりじゃ……あれ?」
ハルカは公園の中心から別の方向へと目線をずらす。
「どうしたの?」
「あっちから、霊の声がする。今までの閉じ込められたか細い声じゃなくって、花子ちゃんみたいにはっきりした声だよ。」
なるほど……。ユナは呟いた。
「よくわからないけど、傍霊が出現する条件をあいつらが勝手に満たしてくれて、私達がこれ以上よけいな手間をかけずに済むわけね。」
「でも、花子ちゃんみたいに見えないよ!どうするの?」
妖怪を目で確認できなければそもそも退治をすることが出来ない。ユナだけでも見えるようにしなければどうにもならない。
「殴坂流秘術を使うわ。アサシンマジックよ。」
ドロロ兵長?そう首を傾げるハルカを余所に、ユナは両目をつぶった。瞑想である。ゆっくりと精神統一をし、拳に力を籠める。
「魂を奉りし霊魂の神、天光五久慈美命。大地を治める家臣としてかしこみかしこみ申し上げる……」
ハルカは思わずうなった。こ、これは何某かの神様の力を借りているのだ!すごい現場を見たとハルカは思った。聞いたことの無い神様だが、日本には八百万も神様がいるのだ。彼女の知識外の神様がいても不思議ではない。
「……よし」
息を吐いて準備万端なユナに、ハルカが静かに尋ねる。
「何か、霊験あらたかな神様なの……?」
「ううん。適当に作った神様。……それっぽいから」
ハルカは思わずズッコケた。あまりにもショボい理由だったからだ。
「殴坂流奥義、超心眼!」
「おお!必殺っぽい!……どういう技?」
「良く見るの。」
聞いて損した。ハルカはそう思った。
大層な呪文とか唱えたが、よく見ているだなのだ。ハルカから見ても、ユナは虚空へ向かって目を凝らしているだけである。
「妖怪って……そんな風に目を凝らしただけで見れるもんなの?」
「うん。」
なんだか適当だなとハルカは思った。この人らってただ腕っぷしが強いだけなんじゃないの……?そんな疑問が首をもたげる。
すると、ユナが突然声をあげた。
「居た!うわまた……壁だなおい」
大味なコメントにハルカも驚く。
「見えるの⁉そんな感じで目を凝らしただけで?」
ユナの眼には大きな壁が見えている。地面の近くのマンションの壁と見間違うようなものがそびえたっているのだ。しかし明らかに他の物とは違うところは、手と足が生えており、のっそのっそと歩いているところだ。
公園から離れていく彼(?)にユナはゆっくり近づいた。
「今、こいつは私達が触れられる状態にないわ。なので引きずりだします。」
「ど……どうやって?」
「まあ……壁だからね、叩き割ればいいんじゃないのかしら?」
「なんか今日一日で、神聖な妖怪退治のイメージが崩れてくんだけど……。」
ハルカはしょぼくれた表情を浮かべた。一方ユナは右手に祈りを込めるようなポーズをとる。
「ま、また神様にお願い?」
呆れて尋ねるハルカ。ユナは何か呪文を呟き始めた。
「俺のこの手が光って唸る……お前を倒せと轟き叫ぶ!」
「ユナちゃん?神様じゃないよねそれ⁉明らかにガンダム外伝だけど⁉」
「喰らえ必殺の……シャイニングフィンガアアアアアアァァ!!」
そう叫ぶと、彼女は塗り壁がいる場所に手を突っ込んだ。そして対象を掴んだ彼女は、現世へと塗り壁を引きずり出した。ハルカの目の前にも大きな壁が突然現れる。
「な……なんだぁ!?」
塗り壁は急に引っ張られてこけそうになっている。色々と疑いの目を向けていたハルカであるが、実際に妖怪を素手のみで顕現させたとあれば、感嘆の声が思わず漏れる。
「す、すごい!ねぇ、ユナちゃん達はどうやってこんなことが出来るようになったの⁉」
「生まれてこの方一六年、私は一生懸命修行をしてきたつもりだけど……よく分かってないわ。」
ハルカは二度見した。よくそれで一六年やって来たな、という猜疑の目である。
「次期当主じゃなかったっけ?大丈夫⁉色々と!」
すると塗り壁はバランスを立て直し、彼女らに向き直る。
「お前ら、なんだー!人をいきなり引っ張ったらあかんだろうが‼」
ユナは巨大な壁の前にして、ふてぶてしい仁王立ちで向き合った。
「町の人々を迷わせといて、引っ張られたぐらいで文句を言うんじゃないわよ!壁訴訟よ!」
「ゆ、ユナちゃん。『壁訴訟』の使い方違うよ?」
壁訴訟とは一人で不平不満を言うという故事成語である。
「僕はなんだかムカつくのだ!お前ら家に帰れると思ってる連中が!お前らなんて家に帰れなくしてやる!」
塗り壁は思ったよりもつぶらな瞳で彼女らを捉える。まさに押しつぶす勢いである。
「あら、やる気かしら。叩き割ってやるわ。ハルカちゃん下がって。」
「うん!」
ユナはセーラー服の袖を捲った。身に付けていた包帯が露になる。包帯には何やら呪文のような文字がたくさん刻まれている。足(スパッツの下)にもそれを巻いているようだ。ハルカは一連の行動を可能にしているのは、それらのお陰なのだと悟った。
「ふん……僕の姿を見て押しつぶすしか能が無いと思っているんじゃあないのか!」
塗り壁は胸を張って言った。妙に自信満々な立ち姿の二人が、公園前で睨み合う。
「他に何が出来るっていうのよ。」
「『壁』というのは、なにも物理的な物だけではないのだ!僕は君たちの心に壁を作り出すことが出来るのだ!」
「何ですって……?」
ユナは背中に冷や汗が流れていくのを感じた。心に壁⁉いったいどんな恐ろしい攻撃を繰り出されるのか、彼女ちょっとも予想することが出来なかった。思わず構える姿勢が固くなる。
「喰らえ!受験前日の夜!」
「あ……?センター……?うぐっ⁉」
ユナの胸と胃に、まるで十トントラックがぶら下がったかのような重圧が襲い掛かる。この心への重みがなにか、ユナは分かった。そう、緊張とプレッシャーである。
「壁って!心に立ち塞がる障壁のことも……?」
「ふははは!辛いだろ!勉強はちゃんとしてきたはずなのに、拭うことの出来ない緊張!夜も眠れないだろ、吐きそうだろ⁉」
別にセンター試験を受けるわけでは無いのに、心臓の鼓動を制約されているような感覚に陥る。彼女は歯ぎしりで奥歯を削りそうだった。一歩も動けない。
焦ったハルカが彼女に寄りそう。
「落ち着いて!ユナちゃん、センター試験は廃止されたよ⁉」
「そういうことじゃないわよ!これ……大学受験ってこんな不安に襲われながらやるの?べ、べ、勉強したくねぇ……。」
「ふん!これに懲りたら僕の邪魔をするんじゃない。」
ハルカは自分の手の平をユナに見せた。
「落ち着いてユナちゃん。手に『人』って字を書くんだよ!それからその字を飲むの!」
塗り壁はその言葉を聞いて、腹を抑えて笑った。端から見れば手は短いし腹は何処にあるのか分からないが、ハルカの言葉がよっぽど馬鹿馬鹿しいものだったようだ。
「そんなことをして、何になるというのだ!迷信だ!民間療法だ‼」
彼は妖怪の分際で現実的なものだった。ハルカはそれを聞き立ち上がり、塗り壁を見据える。広げていた手を彼に見せ、それから大きな声で語った。
「手には、『労宮』というツボがあるんだ。これは疲れてくると凝りやすくなるんだけど、逆を言えば、このツボを押すことで緊張を解すことが出来るんだよ!これは迷信なんかじゃあない、効果がしっかりあるんだよ!」
『人という字を飲む』というのも、一説では息を吸う事を意識したものである。深呼吸をすることで全身の筋肉に酸素が行き、緊張が和らぐともいわれている。
「何……ィ!?」
塗り壁の妙に綺麗な目が今度はユナを見る。彼女は人と言う文字を書き、大きく息を吸ってそれを飲み込んだ。彼女はふらつきながら起き上がりはじめた。緊張が和らいだようだ。
安心したハルカは、彼女の肩をポンと叩く。
「ユナちゃん……受験票持った?」
「持った。」
「ティッシュ、ハンカチ持ってる?」
「まったく、母ちゃんは心配性だなぁ……。」
ハルカはまるで母親のような顔でユナに語り掛ける。照れ臭そうにユナが返事をした。
壁は突然目の前で繰り広げられ始めた三門芝居にたじろぐ。急に何を見せられているんだ?そう思った。
「覚悟……決めた?」
「うん!猪突猛進!」
ハルカの質問にユナが覚悟の決まった顔で応える。彼女はクラウチングスタートの体勢を取った。
「よ~い」
ドン!というハルカの声と一緒に、ユナは壁に向かって走り出した。人間がこんなにスピードが出るのかと、塗り壁は焦った。それは新幹線を初めて見た人間が、そのあまりの速度に驚くかのようだった。
「いってきま~す!」
空を切る轟音が鳴り響く。
「はやい!?これはどうだ、嘆きの壁ッ!」
ユナと塗り壁の前に無数の小さな壁が現れる。
「ふはははっ!これを避けて俺のところに来れるか!」
しかしユナは真っ直ぐ進んでいく。壁をまるで跳び箱を跳ぶかのように軽々と飛んで越える。それぞれの壁はゆうに三~四メートルはあるがなんのその。飛び降りた場所にも彼女を止めるための新しい壁が現れていく。
だがその壁をユナは拳で粉砕した。角砂糖でも砕くかのように、あっさりと粉々に。残りの『障壁』になる壁も、次々と爆散させていく。拳で、脚で、タックルで……。手段を問わず粉塵へと帰していった。
そして塗り壁の前へとたどり着く。拳に込めた力はまるでダイナマイトのような爆発性で、振るう腕は鞭のようにしなやかだった。凄まじい一撃の正拳がぶつかる。
「悪霊……撃滅。」
塗り壁の身体に大きなひびが入った。
天光五久慈美命なんていません