#1 ガールズ・ミーツ・ごーすと
ここから本格的なストーリーの開始です
別に本格的なものでは無いですが
いえ、謙遜的な意味でなく、本格的にそういうものにしようと思っているのです。
トイレの花子さんは日本でもっともポピュラーな怪談だ、と言い切っても問題はないだろう。
通説では、学校の三階にある女子トイレへと行く。個室を手前から順番に「花子さん、あそぼ」とドアを三回ずつノックする。以上の手順を踏まえると、三つ目の個室で声がするというものである。ちなみに逃げるとトイレに引きずり込まれる。(諸説あり。)
何故三階で三回で三個目の個室なのかは分からないが、回数がきめられている辺りが怪談らしい。おそらく最初は全て四だったに違いない。四は「死」である。だが、中学高校、勿論小学校でさえ校舎に四階以上があるとは限らない。妥当な所が三だったのだろう。
最早トイレの花子さんの正体や由来を断定する事は困難を極める。三つ首のトカゲが正体だという説もあるのだから驚きである。基本的には幼いころに厠に落ちた少女とするのが、よく語られる話だ。あまりのそのポピュラーさにアニメの登場人物になったり、マスコット化したり……引く手数多の人気ぶりである。
ここ夕令高校でも彼女に逢おうと、女子高生三人組が夜中に忍び込んでいた。
「やば!夜中の高校ちょーこわいんですけど」
「ねぇ帰ろうよ~」
「いいじゃない、思いで作りましょ。どうせ花子さんなんていないんだから」
彼女らは夜中だというのに、高いテンションで騒いでいた。声を抑えようとはしているようだが、その声は学校中に響く勢いだった。
少し物音がするだけで飛び上がって立ち止まり、身体がぶつかるだけで防犯ブザーの様に騒ぎ立てている。彼女らが目的地にたどり着くまでに、不必要に時間がかかったことは想像に難くない。
普段から見なれているはずの女子トイレは、いつもとは違う異様な雰囲気を醸し出している。しかしその事は彼女らのテンションを限界まで引き上げただけだった。
「やば!ついちゃったついちゃった!!」
「え、ここあんま人来ないとこよね!?雰囲気こわっ!?流石ユーレイ高校!ほんとやばい」
夕令高校は正しくはセキリョウと読む。ただし少し読み方を変えると、ユーレイとも読めるのだ。名前による因果かは分からないが、昔から怪談・都市伝説とは切っても離せない由緒正しい高校なのだ。
「ねえ誰がノックするの?」
「私、やる」
一人の女子が名乗りを上げた。
「やっばぁ!超勇気あるマンじゃん」
「は?ウーマンだし」
怪談など屁でもないという様子で、彼女はヅカヅカとトイレの中に入っていった。手前の個室のドアからノックをして、お決まりの呪文を唱える。
「はーなーこさん、あっそびましょ」
入り口にたむろっている二人から悲鳴にも似た歓声が上がった。その歓声に後押しされるように、彼女は二つ目のドアをノックした。そしてもう一度……
「はーなーこさん、あっそびましょ」
言葉を言い放った。
今度はギャラリーから声が聞こえてこない。二人は固唾を飲んでトイレの中の彼女を見守っていた。何故なら、次……三番目がどうなるのかが問題だからだ。
「やるよ……?」
「うん」
頭では花子さんなんていないと分かっている。しかし彼女たちの中で「もし……」とどうしても思ってしまうのだ。少女らの表情はやや緊張したものに変わっていた。夜の静けさのせいで、心臓の音が外に響いているのではないかと思うほどだった。
コン、コン、コン
「はーなーこさん……あそびましょう」
「……」
「……」
「…………」
正確な時間は当事者の彼女らにも分からないが、とにかく数秒の沈黙がトイレの中を支配した。普段は気にもしないトイレの中のアンモニア臭さえ、得体の知れない者のせいにも思えて来る。
しかしそれをあざ笑うかのように、返事はこなかった。
「んねっ、ほら、しょせん怪談ヨ」
ドアの前で誇らしげな勝利宣言をした時だった。
「……はーい」
声が聞こえて来たのだ。三人は心臓を握りつぶされたように固まる。
明らかに自分たちではない者が、返事をしたのだ。
それはか細い小学生のような可愛らしい声だった。しかし、深夜の高校のトイレでそんな声が聞こえることなどあり得ない。三人は混乱した。
「あんたら……?」
トイレの前の少女は、入り口の二人を指さした。二人は首を勢いよく横に振った。
すると、それを遮るかのように何かが軋むような音がしはじめた。三人は完全に動きを止める。音の正体が分からないからだ。ただ個室の前に立っている一人だけは、それが何か直ぐに分かった。
目の前のドアだ。ゆっくりと少女の方にドアが開かれている。
「あっ!」
扉が開かれた事で、目の前に何がいるのハッキリわかった。個室の便器の前に少女が立っている。赤い帯の和服に身を包んだ背の低い少女である。
少女は上を見上げるとにこりと笑って言う。
「なにしてあそぶ?」
突然現れたその少女の無垢な笑みが、彼女らを恐怖に陥れた。
「きゃあああああ!」
三人の絶叫はまるで徒競走の号砲のようだった。飛んでいくように廊下を逃げて行った。声が次第に遠くなっていく。
「まって……私と……遊ぶんじゃないの?」
少女、花子さんは廊下にふらりと出ると、彼女らが駆けて行った方を見つめた。それはまるで、かくれんぼで自分が隠れているのに友達全員が解散してしまった時の様に、悲愴と恨みにあふれていた。
「許さない!」
その怨念を晴らそうと花子さんは彼女らを追いかけ始める。花子さんが一階に降り立ち、角を曲がろうとした。
しかしそれを待ち受けていた者が居た。
「廊下は走るなッ!」
「!」
彼女は腹部に衝撃を受け、勢いよく後ろに吹っ飛んでいったのだ。
「よぉ、はーなこさん。私と遊ぼうぜ」
「何するのよ!」
起き上がった花子さんの目の前に、少女が立っている。その少女はブレザーの下にピンクのパーカーを着た、銀色の髪の女子高校生だった。やや赤い瞳で花子さんを見下ろしていた。その手には木刀を携えており、何枚かお札が貼られている。
「“Say hello to my little friend(こいつぁご挨拶だぜ)”お嬢ちゃん。」
「あんた……誰よ!」
「私は切崎メイ、大人しくしないと退治すんぜ」
メイは楽しそうに木刀をぶんぶんと振った。
「なるほど……戦いごっこという訳ね」
花子さんは踵を返すと、勢いよく近くのトイレに駆け込んだ。
「……あれ?おーい」
これから戦闘が始まりそうな雰囲気だったため、メイはその行動に拍子抜けした。お腹が痛いのかな、と思った。
五秒ほど経つと、花子さんはトイレから出て来た。
「お前……その姿……」
花子さんは完全装備だった。ヘルメット、槍、爆弾、具足、包帯が彼女の体を包み込んでいた。フルアーマーである。
「私……戦いごっこでも負けたことないのよ」
「……そりゃそうだろ」
メイは身構えた。それもそのはず、彼女の武器は一度喰らってしまえば衛生上よろしくないのは勿論のこと、精神的なダメージは計り知れない。
メイは意外な難敵の登場に得物を強く握りしめた。