#16 ただ誰かのためにだけ。
うーん、ちょっとメイさん、強すぎでは?
夕令高校
この物語の舞台。通称ユーレイ高校。怪談の絶えない私立高校。
県立西高等学校
通称県西。ガラも偏差値も悪い高校。
切崎メイ
銀髪の少女。学校の人気者。ピンクパーカー。
殴坂ユナ
黒髪ロングで美少女の不思議ちゃん。
「赤ジャーの殴坂」と恐れられる元伝説の不良。
噂堂カケル
金髪。人脈の広い情報通。黒いヘアバンドを愛用している一つ下の後輩。
聴波 ハルカ
焦げ茶の髪を二つに結ったメガネ少女。魂の声を聞くことが出来る。
夕令高校から十分ほど歩くと空き地がある。ここ五年誰も手を付けていない、少し広めの土地である。塀が備え付けてあるため、人目に付きにくいという特徴がある。小学校・中学校・高校の通学路が隣接してるためだろうか、土地の売れる兆しは全く無い。学生の溜まり場になっている事がそれを促進させているのだろう。
噂堂カケルも中学のころからずっとここで溜まっていた。もう二度とここに誰かと来ることなどは無い。彼はずっとそう思っていた。だが今日は違う。全く以て足は進まないのだが、急いで歩く。まるでチェーンの切れた自転車を無理やり走らせるように。
空き地に足を踏み入れるとそこには懐かしい面子が揃っていた。中学生のころに集まって好き放題していた仲間……いや、元仲間である。悪樹というリーダー格を中心に、噂堂カケルを加えた六人で構成されていたグループであった。
カケルを見ると悪樹は愉快そうな顔をした。
「おい噂堂、連れて来たのか?真っ白い髪の女。」
悪樹はふてぶてしく立ち上がった。カケルはそんな彼を見据えながら言う。
「そんなやつは知らない。見た事も会ったこともない。」
その目はまるで自決を決めた侍のように真っ直ぐだった。
「嘘ぶっこいてんじゃねえぞカケル!てめぇ、俺が『赤ジャージ』にやられてるときソイツと一緒に居たじゃねえかよ!」
仲間の一人が大きな声をあげて言う。先日挨拶週間でユナにひっくり返されていた男である。
「そんときたまたま横に居ただけだろ。知らねぇよ。ボケ。」
カケルは我関せずと言った様子で答えた。
「ハハハハハ……噂堂。俺たちはべつにさ、お前を痛めつけてぇとかそういうんじゃないわけ。ただ、あの日!俺らに喧嘩吹っ掛けた奴探して来いって言ってんだよ!お前のやるべきことは、それだけだよ」
悪樹はカケルから情報を引き出そうと、譲歩するような姿勢を見せた。勿論カケルに応じる気配はない。
カケルはこのグループを辞めようとして、報復に会った事がある。それを助けてくれたのは何を隠そうメイだった。悪樹の取り巻き達を一人で一掃したのだ。
二人の交友はその日から始まった。カケルはメイに恩義を感じ、深く惹かれた。メイはカケルに目をかけてやるようになり、彼の優しさを愛しく感じるようになった。
カケルは一度救ってもらった恩を返したかった。少なくとも迷惑をかけるだなんて許されない。目の前にいる不良共に、恩人であるメイを会わせるなど論外だ。
「へへ……俺だってさ。お前らに二度と会いたくねぇし。まじで……知らねぇんだよ!」
彼は威嚇するように言った。
「へー?知らねえってか。何お前、かばってんの?……その女好きなのか?」
「……」
悪樹とカケルは睨み合った。
「……申し訳ないよ。あんたらに最後の餞別をしてやれなくてさぁ……でもよ、その代わりといっちゃあなんだがよ。」
そういうとカケルは両膝を突いて彼らに言った。土下座の姿勢である。
「俺の事、煮るなり焼くなりしてくれてかまわねぇ。どんなに痛めつけられても、俺は文句も言わねえ。お前らの力になれなかった詫びだよ。」
彼は頭を下げた。地面に頭を擦り付ける。正しい土下座の作法では頭は地面に付けてはならない。彼の必死さが表れた結果である。
そんな彼を、悪樹らが取り囲む。リーダー格である彼は赤子を慰めるような声色で言った。
「そっか……昔っから顔の広いお前が知らねぇのか。しょうがねぇよな……。」
カケルは目をつぶった。自分が彼らに暴行を受けると覚悟したからである。しかし続けられた言葉は予想とは違うものだった。
「お前の妹なら知ってるかなぁ」
「……は?」
思わず顔を上げるカケル。
「いや……お前のクラスメイトとか。先輩とか。教師とか……知ってるかもなぁ?お前が知らないのはまぁしゃーないしな?なあ?」
取り巻きたちが悪樹に同調し始めた。
「そうですよね。知らないなら他の奴に聞かないと」
カケルの顔が青くなっていく。
「ちょっ……ちょっと待って。」
そんな彼の顔面にの蹴りが降ってくる。蹴るにはちょうどいい位置に彼の顔があるため、彼の鼻っ面へと靴底がぶつかった。カケルは痛みで地面に転がる。
「今更おせえんだよボケ!俺らはよぉ、同じ穴のムジナって奴だぜ、噂堂。」
悪樹は楽しそうだった。まるで発売を待ち望んだゲームをする子供のような顔だ。
「中学のころから好き勝手やってたよなぁ。頭もダメ、素行もダメ。そんな俺らが女に舐めた真似されたままでいられるかよ。ケジメをつけるのさ。そして、これはチャンスでもある。あの『赤ジャージ』や『黒スカジャン』みたいに名を馳せてやる。まずはその銀髪の女だ。とんでもねぇ目に遭わせてやる。」
そういうと男たちはカケルをかわるがわる蹴り始めた。カケルはまったく抵抗できず、成すがままに攻撃を受けるだけだった。
「おい!いつまで寝てんだァ⁉」
男達はカケルを無理やり起こし、腹を殴った。一撃では済まない。二度三度、交代で撃ち込まれる。
「うぎっ」
カケルの口から唾液が吐き出された。激しく咳き込み腹を抑える。
「おい、殺すなよ。こいつの目の前にその女、ぐしゃぐしゃにして供えてやるのさ。……お前が裏切った事への復讐は、妹で晴らさせてもらおうかな……?なぁ、可愛く育ったんだろう?」
殴り掛かろうとするカケルを、男達が押さえつけた。
「ふざけんな、ふざけんな!お前らみたいな薄汚い連中、メイにもアユムにも遭わせるもんか!……あいつらは俺が守るんだ!そのためなら……お前らを殺したって良い!」
喚くカケルに向かって、悪樹は蹴りを入れた。更に蹴る。何度も何度も蹴る。
「チョーシこくなよ!お前もだろうがよ、お前も俺らと同じゴミムシだろうがよ!何、自分は違うみてぇなツラして俺様にほざいてんだァ⁉オラッ、死ね!死ね‼」
抵抗できない状態で何発も腹に攻撃を受け、カケルは地面に倒れ伏した。咳き込みながらうずくまる。痛みでほとんど意識は無く、不規則で苦しそうな呼吸をしていた。
カケルのバッグを漁っていた男が、あるものを発見した。新調されたカッターナイフである。
「悪樹さん、こいつこんなもん持ってきてたみたいっすよ」
「……割と覚悟してきたみたいだなぁ。へへ、景気づけにこいつ、切り刻んでくか。」
悪樹がカケルに近づいていく。そんな彼らに、ひとりの少女が声を掛ける。
「そのへんにしときな。」
男達は振り向き、目を見開いた。少女はピンク色のパーカーにブレザーを着た、銀色の髪をした女だったからだ。そう、銀色の風采、切崎メイである。彼らがここ最近ずっと探していた女子生徒である。カケルの窮地には間に合ったようだった。
「お……前、銀髪……」
「悪樹、こいつだ!この女だ!」
驚きの声を挙げる男達のもとにメイは近づく。血濡れのカケルを見つめていた。その顔は今にも泣きだしそうだ。申し訳なくて仕方が無いのだ。自分が意地を張らなければ、少なくともここまで彼が怪我をすることは無かった。
「ごめんね……カケル……。」
悪樹は思わず二やついてしまった。邂逅を待ち望んでいた人間が自分からやって来たのだ。運命すら感じた。自分が名を上げる流れが来ている。そう思った。
「へへ、殊勝なことだな。こいつはあんたが身を挺して助けるような人間じゃねぇぜ。」
メイは自分を取り囲む五つの顔を順番に見た。男達はまるで品定めをするような目で彼女を見ている。悪樹が勝利宣言のように語り出した。
「昔から犯罪だってやってたんだぜ?俺ら。それなのにコイツ一人だけ更生したみたいなツラしてよ。俺らより偉いみたいな態度が腹立つんだよ。コレは人を苦しめてきた報いって奴さ。」
人間がしてきたことは、そんな簡単に消えない。メイは分かっていた。あのユナでさえ、いい面も悪い面も、昔の評判がいつまでも無くならない。ただの悪たれのカケルなら尚更だ。
「……よく言うもんな。不良が更生しても、偉くなったわけじゃないぞって。ある種こんなに痛めつけられたのは、因果応報って奴なんだろう。……でも、なんか勘違いしてるぜ。お前ら。」
メイは一人一人の顔を強く睨みつけた。その迫力に何人かがたじろぐ。
「こいつは決意したんだ。家族を守るって。名誉なんてクソの役にも立たないもんの為にここに来たんじゃねぇんだよ‼」
悪樹はそれを鼻で笑った。
「ふん、ご立派な事で……。どちらにせよ、自業自得で家族にもアンタにも迷惑かけちまう訳だぜ、コイツ。ダセェよなぁ⁉お前ら、これから可哀想な目に遭うんだぜ!」
男達は嫌らしい笑みを浮かべた。メイは一度肺の空気をすべて吐き出すと、息を思い切り吸った。体中に酸素が行き渡る。手元の袋から木刀を取り出した。
「おい、取り消せ」
悪樹の目を見ると、メイは空気が震えるほどの怒気を発した。
「何がダサいだ?……お前みたいなウジ虫と比べて、百倍カッコイイだろうがァ‼」
メイは一番手近にいる男を木刀で打ち上げた。あまりの高速の斬撃に誰も反応できなかった。悪樹グループはワンテンポ遅れて戦闘態勢を取った。攻撃を受けた男は意識を失くしている。
「早いッ」
「囲んでぶち殺せ!」
男達は一人一人でなく、一気にメイへ襲い掛かる。一人が彼女を羽交い絞めにすることが出来た。しかし彼女が容赦なく暴れ、付近の塀までもつれ込んだ。他の男達が追撃しようにも木刀を振り回している為に近づけない。
メイは体を捻ると塀を駆け上がる。そのまま地面に降り立ち、勢いを利用して男を放り投げた。近くの別の男が再びメイを拘束しようと動くも、額に木刀の柄を叩きつけられた。彼はすこしふらつくと地面にヘタレ込んだ。メイに投げられた男が立ち上がろうとするも、彼女がスライダーで投げた木刀が顎にぶつかり気絶した。
男達はひるまず、両脇から二人でメイに殴り掛かった。彼女は一歩下がると二人の首根っこを掴み、顔面を激突させる。バネを仕込んだおもちゃの様に二人は仰向けで地面に倒れた。
五人のうち四人が一分も経たずに土を舐めることになった。悪樹は愕然とした。メイが強いという事は予測出来ていたものの、まさか五人相手に無双を出来るほどの実力者だとは思いもしなかったのだ。
「あ……ありえねえ。こんな化け物……名前さえ聞いた事ねぇなんて」
メイは地面に転がった木刀を拾い上げる。
「はぁ……。まったく、大したことの無い連中だよ。」
悪樹はカケルがバックに忍ばせていたカッターを取り出し、メイに向ける。
「はは……!夢見てんなよ!噂堂は絶対、後々お前らを苦しめるぞ。アイツは根っからのクズだ!今更性根が治るなんて訳ねぇだろ‼」
「かもな。そうかもしんねぇな。……でも、お前に心配される筋合いなんてねぇ!いいか、よく聞けこの、薄らトンカチ。」
余裕を持ったメイと違い、悪樹の表情は追い詰められた獣のようだった。メイの言葉には耳も貸さず得物を持って構える。
「あいつの面倒はこれから私が責任を持って見る。性根を叩き直して、社会に出しても恥ずかしくない真人間に生まれ変わらせてやるよ。」
倒れて気絶しているカケルをメイは見つめた。その表情は慈しみに溢れた女神のようだった。
一方で悪樹は息を弾ませ、メイに向かって吠える。
「今更そいつが……真面目にやろったって、噂堂がやってたことは消えねぇ!後悔しろ、厄介なクソを庇った事を!まずは……死んであの世でなぁ!」
そう叫んで、彼はカッターを手に突っ込んできた。メイはその手を木刀で叩いた。悪樹の手からカッターがポロリと零れ落ちる。更に、姿勢の低くなっている彼の顔面にメイの膝がさく裂した。悪樹は鼻血を出しながらよろめく。
「まずは教育の第一歩として、てめぇらウジ虫連中とカケルは完全に縁を切らせてもらうぜ。教育上、多大な悪影響を及ぼしかねないからな。」
ふらつく悪樹の目の前にメイは仁王立ちをした。彼は怯えたような目で彼女を見上げる。
「いいか。今後一切、カケルとその家族、私や友達に近づくことは絶ッッ対許さない。仮にこの命令を破ったら、問答無用でてめぇを殺しに来るから、覚えとけよ……!今回は、こいつだけで勘弁しといてやる‼」
そうすごむと、メイは木刀を振り上げた。