#15 いいから早く行きなさいよ、早く
ユナと言うキャラの規格外さを表現する事が
大変ですし楽しいです
夕令高校
この物語の舞台。通称ユーレイ高校。怪談の絶えない私立高校。
県立西高等学校
通称県西。ガラも偏差値も悪い高校。
切崎メイ
銀髪の少女。学校の人気者。ピンクパーカー。
殴坂ユナ
黒髪ロングで美少女の不思議ちゃん。
「赤ジャーの殴坂」と恐れられる元伝説の不良。
噂堂カケル
金髪。人脈の広い情報通。黒いヘアバンドを愛用している一つ下の後輩。
聴波 ハルカ
焦げ茶の髪を二つに結ったメガネ少女。魂の声を聞くことが出来る。
「ちょっとメイ?メイ!いつまでそんなところでボーっとしてる気なの?」
「あぁ?……そうだな」
放課後。先週行われた実力テストにおいて、数学の成績が絶望的なだったメイは、居残りを申し付けられている。しかしながらこの日は三十分も経たずに解放されたのだ。担任の気梨に『今日のお前はやる気が無さ過ぎる。』と言われたらしい。やる気が無いことで有名な彼に言われたのだ。よほど酷かったということが伺える。
メイは校庭でうな垂れていた。校庭にある巨大な葉桜が、彼女につられてしな垂れている……ようにも見えた。柳の下には幽霊が居ると言うが、『葉桜の下にはメイが居る』という類語が生まれそうだ。目の下にはくまが出来、閉め忘れたシャッターのように口は開きっぱだった。
見かねたハルカが無事を確認した。
「メイちゃん……大丈夫?」
「ちょっと……大丈夫。」
ユナはメイの前に仁王立ちをした。彼女は想像以上に心傷を負っているようで、ベンチにへたれこんだ彼女をユナが起こそうとするも、大した反応は無い。
「ねえ。今日の朝からそんな調子だけども。もお、しっかりしてよ。このあと『塗り壁』よ⁉メイ……メイ!」
「……うん」
メイからはまるで生気を感じられない。セミの抜け殻のように動かなかった。
「いい加減にしないと、舌入れてキスするわよ⁉」
「それは……………………ダメだろ」
彼女にはまるで覇気が無かった。ユナのお決まりギャグにさえ反応しない。
「ユナちゃん。もう三十分この調子だよ?これは……し、舌入れたほうが良いのでは?」
「良いわけないでしょ?」
ハルカの期待するような眼差しをユナは一刀両断した。
とはいえメイの腑抜けっぷりにどうすることも出来ない二人だった。打開策の見えない状況にユナは苛立ちを隠せない。
「……噂堂君に袖にされたことがよっぽどショックだったのね。かわいそうに。まったくもってロクな男じゃないわ。アイツ。」
彼女は後ろ髪をふわりとかきあげる。
「うぅ……」
メイは泣きそうな声を出しながらベンチに縋りついた。乱雑にベンチに寝そべったせいで、彼女のスカートの中身が外に見えてしまう。ハルカは捲りあがったスカートを整えようと動いた。しかし紺色のニ―ソックスを履いた白い太腿、そして何より黒いショーツに目を奪われてしまった。
ミイラ取りがミイラに、である。
「わあ……大人。」
「早く隠しなさい。」
「は、はい。」
たしなめられたハルカは、メイのスカートを整えようとした。いつもなら率先してセクハラジョークをかますユナがまったく乗ってくれない。ハルカはしょぼくれた。
手を伸ばした彼女より先に、メイが自分でズレたスカートを直し始めた。自身のパンツを隠しながら、体をユナ達の方に向ける。
「ごめんユナ、お前、一人で行ってくれ。私は……今日ちょっと無理。」
「いい加減にしなさいよ。素人に手伝ってもらっといてあんたそうしてるつもりなの?……気持ちは分かるけど。そう腐ってても意味ないわよ。」
「……この桜が枯れるまでここに居る」
売り言葉に買い言葉。完全にいじけてしまっている。メイはまた動かなくなってしまった。ユナは隠すつもりの全く無い溜息を吐いた。
空気が悪い……。そう思ったハルカは場を和ませようと、桜の豆知識を披露した。
「桜って実は簡単に枯れたりするんだよ。枝を折ることでバイ菌が入っちゃうんだよ。諺でいうところの『梅折らぬバカ、桜折るバカ』の語源となる事象だね。」
ほほぉ~。とメイが声を漏らした。
「じゃあこの葉桜全部叩き切ってやる」
「あんたねぇ……!」
ユナの怒気一層が強くなった。豆知識のせいで余計に空気が悪くなってしまったのである。ハルカは慌てふためいた。
「流石に怒るわよ。だいたい人に迷惑をかけるのは……あっ!」
ユナが突然大きな声を挙げ、説教は突然中断された。彼女が正門から出ていくカケルを見つけたからだ。彼の家の方とは間逆に走っていくのが見える。
「メイ。……あれ、噂堂くんよ。」
「……。」
メイはちらりと見るだけで、寝そべったまま起き上がりもしなかった。
ユナは嫌な予感がした。後姿しか見えないものの、カケルの背中に焦りが見えたからだ。彼女はメイを強く揺すって起こそうとした。
「ねえ、メイ。追いかけた方がいいわ!良くない感じがするもの。」
ハルカも彼女に続いた。
「そうだよメイちゃん!すごく焦ってたよ!人間ってあんなに焦れるんだね!わあびっくり!」
急かすの下手くそすぎるだろ。ユナは二度見した。しかしメイはピクリとも動こうとしない。
「嫌だ。またあいつに拒絶されたら、私もう無理……」
「あんたなら知ってるんでしょ、あいつが前に関わってた連中の事!きっとアイツは独りで問題を解決しようとしてるのよ!」
メイは返事をしない。
「私らに迷惑かけまいと一人ぼっちで空回りしてんのよ!何しでかすか分からない、危険だわ‼」
「……私らが居なくたって、解決できると思ったんだろ……。だったら好きにやらせてやれよ。」
背中をこちらに向けるメイ。彼女は意地になっていた。カケルが助けを求めてこない限り、絶対に歩み寄らないと頑固になっていたのだ。本心では彼のもとに飛んでいきたいと思っている。それを証拠に、彼女の手には余計に力が入っていた。音が鳴りそうな程強く手を握っていた。
「ゆ、ユナちゃん落ち着いて。メ……メイちゃんやばいよ!」
そんな彼女の背中に、ハルカの声が聞こえてきた。恐怖のこもった震える声である。メイは何事かと思い、彼女の方を向いた。そしてギョッとした。ユナが鬼のような形相を浮かべていたからだ。一年間付き合ってきた中で、一度としてそんな顔をする彼女を見た事は無かった。
「どいつもこいつも、意地っ張りで、アホで……!ほんとイライラするわ……!」
「おい、落ち着けって。」
昼休みに晴らせなかった鬱憤も手伝って、ユナの怒りは臨界点を突破していた。メイの言葉は毛ほども届きはしない。
「行けよ!噂堂君の所に!本当は行きたくて仕方が無いんでしょ‼」
怖気づいていたメイが、その言葉で反抗的な表情を取り戻した。
「う、うるさい!どうせ助けても、迷惑がられるだけだッ!私は頼りない先輩なんだよ!」
「ああああああああああッ!もうウザったい!」
ユナは理性を放り捨てて喚いた。説得とか、妥協とか、論理といった要素を全て切り捨てると決意したのだ。彼女はメイにこう宣言した。
「もぉいい‼腹が立って仕方がございませんので、メイ!あなたの事殺すことにしたから!死刑ッ!」
物騒な言葉とは逆に、ユナは清々しい笑顔を浮かべた。両手の人差し指でメイを指す。
その刹那、彼女は右足を振り上げた。スカートが思い切り捲り、彼女の黒いパンストがあられもなく披露された。引き締まった太腿の全容にハルカが息を飲む。それと同時に、ユナの踵落としがメイに放たれた。
「ちょっ」
メイは間一髪で攻撃をかわした。いつも座っているベンチが紙細工のように粉砕され、はじけ飛んだ。ハルカの悲鳴と、木材が散らかる音が校庭に響いた。
「ライダージャンプ!」
そこで攻撃は終わらない。ユナが掛け声と共に宙へ待ったのだ。メイは彼女を追って顔を上げた。
「ライダーキック!」
メイはユナの飛び蹴りを転がって避けた。彼女の攻撃は葉桜に叩き込まれる。ユナの本気の一撃は木を大きく震わせた。大量の葉が抜け落ちていく。言葉にするなら葉桜吹雪である。
凶行と言って差し支えないユナの攻撃に息を飲むメイ。殺意百パーセントの襲撃に身構えざるを得ない。
「こ、殺す気じゃん、マジで!」
「うるっさい!地平線にキスしてきなさいッ」
ユナはクラウチングスタートの姿勢を取ると、ミサイルのようなスピードで走り出す。そのまま軽くジャンプをすると、メイに向かってドロップキックを打ち浴びせた。逃れられなかったメイは数メートルほど飛ばされていく。地面に二回バウンドすると、正門付近の柵に激しい音をさせながらぶつかった。
勢いよくぶつかられた柵が、根元から倒れ始めた。坂の上から正門前まで、ジェンガの様に順番にしな垂れていく。ハルカがその光景に絶叫した。ユナの攻撃は明らかに友人に向けていいものではない。
「ユユユ、ユナちゃんやり過ぎだよ!殺人的だよ!」
「仕方が無いわ。死んだら骨を拾ってあげて。」
「そんな体験、骨身にこたえるよ!」
ハルカは落ち着きなく狼狽えていた。
「お前……マジで……いった。ホントに人間かよ!」
悪態をつく声が聞こえる。メイも相当頑丈なようで、呻きながら立ち上がろうとしている。
メイがユナを視界に捉えようと顔を上げると、既に彼女は眼前に居た。
「ひっ」
恐ろしさの余り声を漏らすメイ。ユナはそんな彼女の胸倉を掴み、脚が浮くほどの高さに持ち上げた。片手で、である。
夕令高校は高台に位置しており、そのために正門前に坂がある。そして転落防止のために柵が設置された。その柵がへし曲げられたため、位置的にもメイは崖から放り投げられそうな状況であった。
「やい、銀髪。よぉく私の話を聞いて、よぉく考えて答えるんだぞ。返答によっちゃあ問答無用でぶち殺すから。ここに墓を建ててやるわよ。」
どすの効いた声でユナが語り掛ける。メイはいつもと違う様子のユナの目をただ見つめていた。マジに怒ったこいつ、超怖い……。彼女が恐ろしくて震えだしそうだった。『赤いジャージの殴坂』とユナが呼ばれていた時代でも、これほど恐ろしかった記憶は無い。
「私達の後輩、あのアホが悪戯に私らを傷つけてるって本当に思ってるの?」
「……思わないよ。分かってるよ、そんなことは……!」
ふぅん。ユナが頷いた。
「じゃ、もう一つ。私達、あの金髪バカのこと大切に思ってるわよね?大好きよね?」
「……うん。」
「どんな所が?」
体勢的に苦しいのか、一呼吸おいてからメイは答える。
「凄く優しくて……。馬鹿なりに私らの事、最優先に考えてくれて……。可愛いとこ。」
「そうね、私もそう思うわ。可愛くて、馬鹿ね。……さてメイ。あなた……こんな所で何してるわけ?今もしかしたらヤベーことになってる後輩見捨てて、こんなところで何してるのかって聞いてんのよ!」
ユナの言葉に、メイはハッとした顔をする。
「可愛い後輩見殺しにして、あんたそれでいいの⁉意地張ってんじゃないわよ!あんたは、切崎メイは!私の親友は‼苦しんでる奴は見捨てない、すごい奴なのよ!いい加減に目ぇ覚ましなさい‼」
「……ユナ、私は……」
メイは張り手でも喰らったような顔をしていた。ユナはそんな彼女の顔を呆れた顔で眺めた。
「まったく似た者同士ね。意地張って空回りしてるとことかホント……。ほらっ!」
「えっちょ、うわあぁッ⁉」
ユナは片手でメイを放り投げた。柵が壊れている、メイは一メートル七十センチほどの高台から投げ飛ばされたのだ。強く尻餅を突いた。文句の一つでも飛んできそうだったが、活力を帯びた瞳でユナの事を見返した。
「私……行かなきゃ‼」
「まったく。いいから早く行きなさいよ、早く。」
ユナは少しうれしそうな顔をした。彼女の知ってる切崎メイが、帰って来たのだ。
「メイちゃん!忘れ物!」
ハルカがメイに向かって木刀の入った布袋を投げ渡す。受け取った彼女は二人に向かって手を振った。
「ありがとう!ハルカ、ユナ‼」
走り出していくメイを、ハルカとユナは眺めていた。
「やっぱりかっこいいなぁユナちゃんは。なかなかあんな風に出来ないよ」
ハルカがユナの腕に抱き着く。
「そうね。私は伝説の女になる予定だからね。伝説は塗り替えるものだわ。」
「じゃ、ちゃんと手加減はしてたんだね!」
「えっ?」
「えっ。……なにそのリアクション……。」
ハルカは戦慄した。明らかに手加減なんて考えていない反応だった。下手すりゃ大怪我しかねない戦いだったのだ。
「さて……。私も行ってやりますかね~。」
ユナもカケルのもとに向かおうとした時、一連の動向を見ていた男が現れた。ユナ達の担任、気梨である。
「おい伝説の女。」
ユナは自分の担任に手を振った。
「あら?気梨っち。お疲れ様ね。」
倒れた柵の前で一仕事終えたような二人の前で、彼は腕を組んで立った。校庭のベンチ、坂の前の柵を順番に眺めて言う。
「弁償するんだよな?これは。」
弁償しました。