#14 高くなる障壁
あーめんどくさいトラブル起きたなー
って思ってたら更に追加で問題が起きることありますよね。
寝たい
夕令高校
この物語の舞台。通称ユーレイ高校。怪談の絶えない私立高校。
県立西高等学校
通称県西。ガラも偏差値も悪い高校。
切崎メイ
銀髪の少女。学校の人気者。ピンクパーカー。
殴坂ユナ
黒髪ロングで美少女の不思議ちゃん。
「赤ジャーの殴坂」と恐れられる元伝説の不良。
噂堂カケル
金髪。人脈の広い情報通。黒いヘアバンドを愛用している一つ下の後輩。
聴波 ハルカ
焦げ茶の髪を二つに結ったメガネ少女。魂の声を聞くことが出来る。
「あ……ユナちゃんおはよう」
「……」
毎朝四人が登校する際の集合場所、カーブミラーのあるT字路にハルカが来た。ユナが既にそこで待っていたようだが、ボーっと立っている。ハルカの声に気付いていないようだ。彼女はもう一度声をかける。
「ユナちゃん?」
「あ。ハルカちゃん。」
挨拶を交わすと、二人の間に少々沈黙が流れた。昨日のカケルとの別れ際から会話が弾まない。塗り壁調査の時もまるで会話もなく、メイは途中で帰りだす始末だった。
ハルカは言いづらそうに尋ねた。
「えっと……調査して、どうだった?」
「塗り壁の事?」
「うん」
ユナはいつもの様に、腕を組んで仁王立ちをした。
「あれから調べてみたけど、この一週間で行方の知れなくなった人々が三十人近くもいることが分かったわ。」
そんなに⁉驚きの声をハルカが出す。ユナは対照的に、落ち着いた様子で淡々と語る。
「ほぼ全ての人たちが帰宅中に消息を絶っていたみたいなの。家出や遠出をするとは思えない人達まで。……どういう噂か昨日聞いとけばよかったわ」
「……噂堂くんに?」
「うん、まあ……。」
カケルの話が出ると、二人の間にまた妙な空気感が流れる。
そんな中、向こうからメイがやってくる様子が見えた。パーカーのフードを深くかぶって、元気がなさそうにトボトボ歩いてくる。
「遅かったわね、メイ。どしたの?」
「……」
何も言わずに彼女はスマホの画面を見せる。
「ええっと……。メ……す?今色学」
意味のよく分からない文章に、ユナが首を傾げた。彼女の頭に、メイの拳骨が落ちてくる。
「縦読みな訳ないだろうがいい加減にしとけよお前ホンッット……」
「ごめん……ほんとにごめん、わざとじゃないから……」
ユナが本気の謝罪をするも、メイは不機嫌だった。フードの影から覗く瞳はユナを震え上がらせた。
「『メイ先輩ごめんなさい。すみません。今日からは一緒に学校行けません。色々家の事情があるんです。学校で会いましょ~』なにこれ……来れないの?」
正に呆気にとられたという表情をするユナ。
「そうだってさ。」
メイは既にかぶっていたフードを深くかぶり直す。
「さっき電話をしたって、同じような事しか言わなかった。『事情だ』とか『言えないコト』とか……そんなことしか言ってくれなかった。信用……ないのかな。」
彼女は通学カバンを振り回してユナにぶつけた。メイはゆっくりと学校に向かって歩き出した。ユナはその背中を追いかけ、手の平でさすってやった。
「大丈夫?メイ」
「私かな……?」
立ち止まるメイ。ユナは言葉の続きを聞いた。
「私のせいかな……。カケルに私変なことしちゃったのかな……?なぁユナ。」
彼女の瞳には今にも零れだしそうに涙が溜まっていた。ユナは震える肩を優しく抱きしめる。感極まっているのか、メイは言葉をしっかり発することが出来ないようだった。
「違うよ。絶対違うわ。あなたは何一つ悪いことをしちゃいない。むしろ(悪態ついたり暴言吐いたりしていたのは私なので)あなたは素晴らしい先輩よ。泣かないで。ね?」
ユナの瞳は怒気を帯びていた。
○
昼休み。いつもの通りカケルは食堂へ向かっていた。誰となく始めた皆で昼ごはん食べる習慣だが、カケルはこれが好きだった。何も言わずに皆が集まってくることを素敵だと思っていた。
それが今日だけはほんの少しだけ違う。自分の後ろめたさを隠すために行く。皆に、自分はいつもと変わらない事を伝えに行くのだ。一体何を隠しているかといえば、悪樹のことである。カケルはそのことを隠し通そうと必死であった。
出来るだけいつものように食堂に向かうカケル。丁度入口の扉が見えてくる。ユナに『ふてぶてしい』と評される笑顔で中に入ろう。彼は心の準備をした。
その時だった。彼の視界がぐにゃりとひん曲がったのだ。一瞬天井と壁が見えた気がしたが、驚く暇すらないまま、彼の視界は通常に戻った。今は彼の眼にユナが映っていた。
あまりの出来事で、事態の把握に数秒を要した。背中と首が猛烈に痛い。
カケルはユナの悪ふざけかとも思ったが、この暴力の毛色が普段と違うことは、すぐに分かった。彼女は明らかにブチ切れていたからだ。顔を真っ赤にして、眉間にシワを寄せていた。カケルは息を飲む。なだめる言葉すら出てこない程に恐ろしかったからだ。
周りをちらりと見ると、ハルカが顔を真っ青にして立ち尽くしていた。カケルはようやくどういう状況か分かって来た。彼は歩いている所を、ユナにシャツの襟を引っ掴まれたらしい。そのまま食堂横にあるフェンスに投げつけられたようだ。
「なん……すか」
カケルは恐る恐る聞いた。するとユナは彼の胸倉を掴み、なんと持ち上げたの。フェンスに強く押し付けられる。
「あんた!一体なんのつもりなのよ‼」
ユナにこのまま殺される。カケルは額に汗を流した。それほどの気迫で彼女は吠えていた。
食堂前は昼休みの喧騒から一転、静寂に包まれていた。生徒たちの目線が自然と集まる。
「落ち着いてユナちゃん!」
流石にハルカが、ユナの腕を掴んで止める。彼女は一度ハルカを見ると手を離した。カケルは地面にどさりと落ちる。
「ねぇ、いいの⁉メイに心配かけたままで‼あの子、泣いてたのよ‼」
ユナはカケルに今にも飛び掛かりそうな勢いで訴えかけた。カケルの目が大きく開かれた。驚きを隠せないようだ。
二人の間に数秒の沈黙が流れる。先に切り出したのはカケルだった。
「泣いてた……んですか」
ユナは頷いた。
「……そうよ!あんたがあの子苦しめてどうするの⁉何があってあんな冷たい態度取ったのか知らないけど、あんたの好きな子泣かせて満足⁉あんたってそんな男だったの?あんたにとってメイって大事じゃないんだね!」
啖呵を切るように怒りをぶつけたユナに、カケルはたまらず反論した。
「そんな訳ねぇだろ!メイは俺にとって恩人なんだよ!知ってるだろ⁉……あいつの事が好きなのは、見せかけなんかじゃない!本気なんだよ‼」
いつもの様な軟派な態度は鳴りを潜めていた。そこに居るのは、一人の少女を想う男だった。だからこそ、ユナは納得が出来なかった。
「だったらなんで!なんでなんにも教えないのよ!そんなにウチら信頼無い訳⁉」
彼女がカケルに詰め寄ろうとするのを、ハルカが必死に引き留めた。お互いに熱くなって、本気の喧嘩になったら一大事である。
「ユナちゃん!ねぇ、熱くなりすぎないで。ね?」
その言葉に、ユナは一旦落ち着いたようだ。『大丈夫』と一言言うと、カケルにゆっくりと近寄った。警戒する彼に手を差し伸べる。カケルは素直に彼女の手を借りた。
「ねぇ噂堂君。あなたを助けさせて欲しいの。これは……メイに関係なく、私だってそう思ってるから……」
そういうと、ユナは彼の手を強く握った。少し潤んだ瞳がカケルの目をまっすぐ見つめていた。否が応でも彼女の気持ちがカケルに伝わる。彼が心配で心配でたまらない、ユナの気持ちが。
カケルは子供をなだめるような優しい声で語り掛ける。
「先輩……ユナ先輩、あんたにだって知られたくない過去の一つや二つあるでしょ。俺……実はどうしようもないクズだったんです。それこそ、昔のアンタに殺されててもおかしくないような。」
「お互い……好き勝手やってたみたいね。」
彼の昔の事は、少しユナも聞き及んでいるようだった。
「これは……俺のケジメです。半年前に俺を救ってくれたメイに、心配かけてるのは申し訳ないけど……。」
ユナは握っている彼の手を、強く握り直す。言葉に出さずに、彼に何かを伝えていた。
「大丈夫っす。悪さし放題だった俺が、こうも楽しく生きてたのも、虫のいい話だったんです。」
「何よそれ……」
彼女の言葉を無視して、カケルは続ける。
「少しだけ待ってて下さい。ちょっと遊べなくなるし、前みたいに妖怪退治も協力できなくなるけど……すぐに元通りにしますから、本当、心配しないでくれって……メイにも伝えてください。マジで、俺で何とかなる話なんで!だから大丈夫……」
「格好つけてんじゃないわよ!」
笑って取り繕うカケルに、ユナはとうとう我慢が出来なくなった。怒りのままに彼に飛びついた。これはマズいと思ったギャラリー達が止めに入る。ハルカと数人の男子生徒らは、カケルからユナを引き剥がした。尚も彼女は暴れている。
「ちょっと、放しなさいよ!」
「ユナちゃん、落ち着いて!」
ハルカの制止に全く耳を貸さずにユナは喚き散らす。
「……私だって!あんたが怪我すりゃ心配なのよ!男見せてるつもりなの⁉冗談じゃないわ!下らない‼あんたは知らないかもしんないけど、私らはあんたの事を大事に思ってるんだから!何かあんたの身に起きたら、ただじゃすまさないんだから!……聞いてるの、カケル⁉」
怒号がどんどん遠ざかっていくのをカケルは眺めていた。彼のクラスメートが駆け寄ってくる。
「おい、カケル……お前何したんだよ。何したら殴坂さんあんなに怒らせられるんだよ……」
「あん?……別に。ちょっと隠し事してただけ」
カケルは砂埃を払いながら答えた。
「いや、あんな剣幕初めて見たけど……」
彼女の大声は聞こえなくなっていた。なだめられたか、落ち着いたか……。カケルは騒然とする食堂前から離れることにした。
「泣かしちゃったか……。ホント、最悪の野郎だよ俺はさ。」
カケルは廊下で一人呟いた。
彼自身も泣き出してしまいそうな顔である。自分に対する憤りでいっぱいだった。尊敬する先輩と……彼の思い人に迷惑をかけている。強くそれを自覚させられた。情けない……ユナの怒りの顔が瞼の裏にも浮かぶようで、頭を掻きむしる。
「クソッ……」
その時、彼のズボンのポケットで携帯が音を立てる。見ると、メールが送られてきていた。その相手は例の悪樹であった。
メールの全文はこうである。『よぉ噂堂、ちゃんと探し出してきたんだろうな?白い髪のパーカーの女。連れてこい。今日の五時、例の空地だ。』
カケルは拳を壁にたたきつけた。