#13 you,in the shadow
寂しい言葉が
彼らに影を落とす。
夕令高校
この物語の舞台。通称ユーレイ高校。怪談の絶えない私立高校。
県立西高等学校
通称県西。ガラも偏差値も悪い高校。
切崎メイ
銀髪の少女。学校の人気者。ピンクパーカー。
殴坂ユナ
黒髪ロングで美少女の不思議ちゃん。
「赤ジャーの殴坂」と恐れられる元伝説の不良。
噂堂カケル
金髪。人脈の広い情報通。黒いヘアバンドを愛用している一つ下の後輩。
聴波 ハルカ
焦げ茶の髪を二つに結ったメガネ少女。魂の声を聞くことが出来る。
「あああ……最悪。百歩譲って、恋橋君の事を知られるのはアレとしても……会話を聞かれてたのは……ああ……。」
昼休みの一件から放課後までユナはこんな調子だった。事あるごとに頭を抱えて唸っていた。本人に直接言うのは恥ずかしい日頃の思いを、よりにもよって盗み聞きされていたのだ。彼女にとっては恥ずかしくてたまらないのだ。
邪険に扱われているのは愛情だと知ったカケルは、少しうれしそうにユナを見ていた。彼女は頭を抱えたまま呟いた。
「お前には知られたくなかったわ」
「酷いなぁ~」
カケルはやや上機嫌に言った。本心では自分は『良い奴だ』と思われている。そう考えると暴言もじゃれ合いに思えて来たのだ。彼は仕返しとばかりに、裏声でこう言った。
「『恋橋君……私あなたの事大好きよ』」
「おんぎゃあああああああ!!!」
おおよそ人間が出すとは思えない声をユナが発した。
「俺は嬉しかったですよ~ユナせんぱぁい。俺もちゃんと人として認識されてたんすね~一生ついていきますよ!」
「もうやああああああ!」
彼女は赤くなった顔を抑えて絶叫した。カケルは勝ち誇ったような顔をメイとハルカに向ける。
絶叫が空に響きわたり、道行く生徒達がちらちらと振り向く。それもそのはず、ユナは正門前の坂道で叫んでいるのだ。
カケルに負け、坂の上で蹲っているユナ。しかしこのまま負けている彼女でもなかった。彼女はゆっくりと起き上がる。
「噂堂くんいいのかな?」
「へ?何が。」
「言っちゃおっかなあぁぁ‼あの事~!」
ユナがいやらしい目でメイを見た。それを追ってカケルがメイの方を向く。彼はユナが何をするつもりなのか悟り、青ざめる。
「え?何。」
集まった視線の意図が分からないメイ。
「そ……それはダメっしょ!反則っしょ⁉」
「カケル君はァァァ‼」
ユナはカケルの言葉を聞き入れるつもりは無かった。カウントダウンのように、ゆっくりと大音量の声を出す。下手をすれば裏の運動場まで響きそうだった。
「実はぁ~‼」
あまりの声のでかさに、数名が帰りの足を止めた。例えるなら試合開始前の野球場のサイレン。だれもがその音を無視できない。カケルは思わずユナに泣きついた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!俺が悪かったです~‼」
「ふん……!『窮鼠猫を噛む』という言葉を知っているかしら。あなたあまり調子に乗るとエライ事になるわよ!窮鼠猫を噛み千切るわよ!いえ……鼠、猫を主食にするわよ!」
ユナのよく分からない諺の完成に、ハルカが楽しそうに笑い声をあげた。流石ゲラ、大して面白く無くても笑う。
膝をついて負けを認めるカケルに、勝者が誇った言葉を綴る。
「これから下手に私を挑発すると、そりゃあエライ事になるわ。今から私を殴坂様とお呼びなさい。」
「殴坂様……」
カケルはついでにこうべもたれた。
「よしよし。いい子ね。私が登場したときは常に犬の糞のように地面にへばり付くと良いわ」
「やりすぎ」
得意げな顔で勝利宣言をするユナをメイが止めた。振り向いたユナに、いつもの調子でメイが語り掛ける。
「そういえば、お前がうな垂れてたからハルカが伝えられなかったことあるってさ。」
それはユナが悪いと言わんばかりの言い草であった。流石の彼女もこれにはご立腹の表情だった。
「まるでその、私が勝手に落ち込んでたみたいな言い方するけど!あんたでしょ!コイツに恋橋くんのことバラした挙句、デートしてる場所まで教えたのは~‼」
「悪いな。こいつなら知ってると思ってたからさ。」
メイは軽く顔の前に手をやった。『ちょっと肩がぶつかりました』レベルの謝罪に、ユナは頬を膨らませる。
「ちゃんと謝って欲しいわね。ちょっと激おこカムチャッカインフェルノよ。」
「ん、なんて??」
『激おこカムチャッカインフェルノ』とは、『激おこ』の二段階上の怒りを表している言葉である。
少し冗談が混じって分かりにくかったが、要するにユナは納得していないのである。腕を組んで仁王立ちをしていた。動物が威嚇するようにメイを見つめている。そんな彼女を見かねてか、ハルカが二人の間に割って入った。
「じゃメイちゃん。ユナちゃんにこう言ってあげて」
彼女が囁いた提案にメイは驚きの声を上げた。その様子をイライラしながら眺めるユナと、ワクワクしているハルカの顔を見比べる。
「ハルカ……それ言わないとダメ?」
「言った方が早く済むと思うよ?」
疑問の表情にハルカは笑顔で答えた。メイはため息を吐いた。他に案も浮かばないので、仕方が無い。
「………何?」
謝罪以外聞き入れるつもりがなさそうなユナに対して、メイは照れながら言った。
「ユナ。私もだから…………。」
「えっ。何が。」
ユナは顔をしかめた。第一声が謝罪でなかったからだ。
「私も大好きだからユナのこと。お前の言って欲しくないこと勝手に言ってごめん。」
「許す~~~~!!」
さっきの怒りはどこへやら。ユナは猫なで声でメイに抱き着いた。あまりの効果覿面さにメイは目を丸くしている。更にご機嫌取りの為に、ユナの背中をポンポンと撫でてやった。
ハルカはその光景に手を叩いて喜んでいた。一生かけて探していたのはこれだといわんばかりだった。さながら、エベレストに登った登山家が、待ち望んだ頂上からの景色を見た時のようだった。
「素晴らしいよぉ~これだよ~。尊いよ~!」
幸せそうに微笑むハルカとメイの目が合った。彼女はいつの間にか飛んでしまった話題を思い出す。
「そういえば言いたかったことって?」
ハルカはあっ!と声をあげた。大事な話を思い出したのである。
校庭には大きな桜の木があり、その下にはベンチが寂しげに佇んでいる。すっかり葉桜になってしまったが、春には卒業生、新入生がここで写真を撮っている。座って話が出来るということで、四人はベンチで話を始めた。
「変な声を聞くようになった?魂の声か?」
メイが確認すると、ハルカは頷いた。本人にしか分からないが、普通の人間の声と、魂の声は違う。彼女にだけ区別がつくのである。
「そうなの。しかも町の至ることろで。」
ごーすとバスター二人組は顔を見合わせる。妖怪か浮遊霊が出現したと予想が付いた。だがユナはそのことを聞いて不思議そうな顔をする。
「おかしいわね。最近少し妖怪が多すぎるから一度綺麗にしたはずなんだけど。」
「そうだな。私も手伝った。」
メイも頷いた。
「実はね。なんだかいつもの幽霊っぽくないの。」
幽霊っぽくない?二人が声を揃えてハルカに聞く。
「うん……なんというか。幽霊との違いは声がはっきり聞こえない程小さな事と、なんだか……生きてる感じがするというか。ごめん、ちょっと言葉で伝えるのは難しくて……。」
「生きている。」
ユナがその言葉を繰り返した。するとカケルが別の話題を出す。
「そういえば……ここ最近で行方不明になった人がやけに多いっていう噂を聞きますね。何か関係あるかもしんないっすよ」
ハルカは一連の会話から、自分が聞いたものの正体に予想を立てた。
「私が聞いたのはその人達の声……って事?」
「メイ先輩、そんな事態を起せる妖怪って居たりするんですか?」
カケルはメイに問いかける。
「そうだな……別に妖怪つったって、モチーフが妖怪である必要は無いんだぜ。」
そもそも彼らの誕生プロセスとして、既存の妖怪像が必要不可欠になるわけでは無い。ただイメージしやすく、定着しているものの一例が妖怪だというだけなのだ。日本では、妖怪や神様は見えなくとも、常に人間を見ているという考えがある。これが、都市伝説や神話が広まることを手伝っているのだ。
なんならAという人間の幽霊の噂が広まった時、現れた妖怪、その《トラワレ》は実はBさんでした。なんてこともあるのだ。Aさんなんてそもそもこの世に生まれてなくてもこれが起こり得る。
メイは以上の事を彼らに教えた。
「……ということだから、ある種常識外れの化け物だって妖怪になる。いっちまえば『スーパー口裂け女』だって出る時だってある。」
おふざけのような名前だが、出現する可能性はある。噂さえ広まれば……。
「スーパー……口裂け女か。B級映画かよ。ってことで……今すでに噂になっているのは……」
カケルは携帯を開いてメモしている噂を読み上げ始める。
「ええっと~『てけてけ』『白い死神』『スカジャンの……』あ、これ違うや。『シャラシャーシカ』『塗り壁』『鮮烈の銀狼』……」
続きを読む前にユナがストップの掛け声をした。気になる言葉を見つけたようだ。
「塗り壁ね……。なるほど流石噂堂くん。足が速いわね」
「別に俺は傷みやすい食品とかじゃないんですけど。」
生鮮食品かよ。と首をかしげるカケル。
「あらら?皆様、塗り壁をご存じないのかしら?塗り壁は……」
「塗り壁は福岡のあたりを中心とした妖怪伝承だね」
ハルカはユナが語り始めるよりも先にその詳細を説明し始める。
「ちょっ……」
自分以外の説明役の出現に、ユナは後れを取った。ハルカは止まらずに説明を続ける。
「伝承としてはどう頑張っても越えられない・破壊できない壁……っていう認識は変わらないんだけど、見えたり見えなかったりは話す人によるよ。ただの壁が正体だと言われるものもあれば、大分の方では狸やイタチが原因だっていう話もあるよ。『イタチの塗り壁』だね。」
「そう。それで……」
「それでね、」
ハルカはユナへとバトンを渡すつもりは無いようだ。
「この伝承が面白い所は、近年までその正体図とされているものが無かった所なんだよ。享和二年に絵師の狩野由信が『ぬりかべ』という題名で三つ目の犬のような生き物を書いたと言われているけど、色々と真偽が問われているんだ。一方であの有名な水木しげるも戦地で塗り壁に出会ったと語っているよ。日本へ帰ってその絵を描いたことで、今の塗り壁のイメージが確立されたんだ。……つまりユナちゃんはその塗り壁にいろんな人が閉じ込められてるって言いたいんだね‼」
ハルカはキラキラとした目でユナに振り向いた。
「……専門家より詳しい説明ありがとう。ハルカちゃん……。ねぇハルカちゃん、なんでそんな詳しいの?」
お鉢を丸ごと奪われましたという疲れた顔でユナが聞く。
「ちょっと興味があって妖怪の本一杯読んだんだよ!」
褒められてうれしいです。と聞こえてきそうな、まるでフリスビー遊びをしている犬のような顔だ。その表情から本当に一杯読んだのだと伺える。
「塗り壁で決定かは分からないけど……とりあえず調査はしないと始まんないわ。ハルカちゃん。力を貸してもらえるかしら?」
ユナはハルカの肩を優しく叩いた。自分の力が役に立つのが彼女は嬉しいらしく、満面の笑みを浮かべた。
「うん!」
話が決まると一行は正門を通って道路へと出た。
女子三人組は、一番声が近くでしたという場所へ歩き始めた。メイは、何故かカケルが付いて来ていない事に気が付いた。
「おい、そこの絆創膏男。何してんだ。箸を持つ方じゃねぇぞ、左は。」
「ああそうだ。言うの忘れてました」
「なんだよ」
一呼吸置くとカケルは告げた。
「今日から俺、一緒に帰らないんで。」
「……は?」
誰よりも驚いた顔をしたのはメイだった。強い語気で彼を呼び止める。
「待てよ!なんだよソレ!説明になってないぞ!」
「まぁ俺にも色々あるんすよ。野暮用なんです。」
まだ回答を得たつもりになってないメイは、抗議の声を挙げる。
「いい加減にしろ!今日のお前変だぞ⁉いいから説明しろ。」
その言葉にカケルは冷たく言い放った。
「別に関係ないでしょ。ほっといて下さいよ。切崎先輩。」
赤く染まった夕日は建物のそばに隠れ、彼の顔に影を落とす。