#12 ざ・しーくれっと
ユナの意外な一面を是非
夕令高校
この物語の舞台。通称ユーレイ高校。怪談の絶えない私立高校。
県立西高等学校
通称県西。ガラも偏差値も悪い高校。
切崎メイ
銀髪の少女。学校の人気者。ピンクパーカー。
殴坂ユナ
黒髪ロングで美少女の不思議ちゃん。
「赤ジャーの殴坂」と恐れられる元伝説の不良。
噂堂カケル
金髪。人脈の広い情報通。黒いヘアバンドを愛用している一つ下の後輩。
聴波 ハルカ
焦げ茶の髪を二つに結ったメガネ少女。魂の声を聞くことが出来る。
昼休みになってメイとハルカは食堂に向かっていた。
「ほんとカケル君、大事が無くてよかったよね。」
「……」
メイは未だにカケルの事が気懸りで仕方なかった。頭の中が彼の事で一杯で、ハルカの声は届いていようである。
「ねぇ、メイちゃん?」
「ああ……まぁな」
歯切れの悪い返事がハルカに返ってきた。
「で、でもメイちゃんが来た一限の休み時間面白かった~」
なんとか場を盛り上げようとハルカは話題を出すのに必死だった。咳払いをすると、その時のユナの真似をした。
「んっんっ!『あら~メイちゃん??やけに学校来るのが遅かったみたいだ・け・どぉ?一体ィ……?一体お部屋で何してたのかしらぁ?カケルく・んと。』」
メイはそれを聞いて弾けるように笑った。立ち止まって腹を抱える。
「うふふふはははははははは‼めっちゃ、めっちゃ似てる!はははははは」
「え?似てるかな?」
ハルカはとても嬉しそうな顔をした。物真似を続ける。
「『知っているかしら?平成仮面ライダーのスーツアクターは、全員高岩さんと思われがちだけどクウガと響鬼はちがうのよ。これ、ファンの常識!』」
「知らねー!ははははは!お前物真似上手いんだなぁ……!ふふふふ」
ユナの物真似が余りにも似ていたため、二人はしばらく笑い通しだった。落ち着いた後も、笑いの余韻に浸っている。
「メイちゃん『一人で大爆笑』だね」
「あれ?爆笑って、主語複数人じゃなかったっけ?」
ハルカは笑いすぎてズレた眼鏡をくいっと直した。メイの質問に答える。
「実はそういう訳でもないんだよ。広辞苑第六版までは確かに『大勢で』っていう風に載っているんだけど、第七版からは『弾けるように笑う』っていうふうに変わっていったんだよ。」
「へぇ……時代と共に変わっていったって事?」
誤用されていく中で、意味が変わっていく言葉というのは多い。例えば『確信犯』などが良い例だ。本来の意味は『政治・宗教などの思想を基に行われる犯罪』のことである。しかし今では『悪いと知ってて行われる犯罪』というものに変わりつつある。
しかしそれに、ううん。と首を横に振るハルカ。
「そもそも『爆笑』は昭和初期になって使われ始めた言葉で、比較的新しい語彙なんだ。その当時の小説、徳田秋声の『街の踊り場』でも爆笑の主語は一人だったんだよ。一説では、辞書でこの『爆笑』が複数人称のものであると扱われるようになって、定着して他でも使われるようになっていったって言われてるよ。」
へえ。メイは感嘆の声を上げる。
「ハルカ、お前は何でも知ってるんだなぁ」
「なんでもじゃない、勉強のことだけ。」
二人は話しながら食堂に入っていった。席にはカケルが座っている。いつも四人分の席が確保されている。カケルがいの一番に占領しているのもあるが、他の生徒が彼らに遠慮しているのだ。カケルが二人に向かって手を振る。
「あ、先輩方。お疲れーっす。」
彼の目の前できつねうどんが湯気を上げている。カケルは購買で売っているパンをおもむろに三つ取り出した。
「これ、メロンパンです。ご心配かけたんで」
「わぁ噂堂くんありがとう。」
嬉しそうなハルカとは対照的に、メイが怪訝な顔をする。
「カケル……お前さぁ。」
睨みを利かせるメイに、カケルが大袈裟に身振り手振りをしながら弁解した。
「いやメイ!これは普通っしょ!八〇円カケル三つはそんな顔されるほどのもんじゃないっすから」
「そうかぁ?」
いつもと違う点を見つけたハルカが、ポンポンとメイの肩を叩いた。
「……ねえ、メイちゃんいつの間に呼び捨てになってるの?」
よく気が付いたとメイは素直に感心した。ほんの少しのやり取りで、呼び方の変化に気付くとは。ハルカの観察力は侮れないものである。
メイは顔を赤くして押し黙る。弁解をしようにも、ただ口を滑らせそうな予感しかしないのだ。ハルカは未だ好奇に満ち溢れた表情でこちらを見ていた。
不思議そうな顔でカケルが辺りを見渡した。いつも彼女らと一緒に来るユナが居ないのだ。毎度昼飯前に毒を吐かれるはずなのだが、今日はまだ喰らっていない。
「あれ?ユナ先輩は」
「ああ……あいつ?彼氏と飯だよ」
「えっ?」
カケルは聞き直した。メイは少し聞き取りやすいように、もう一度言った。
「聴こえなかった?彼氏と、昼ごはん一緒に食ってんだって。」
「ええっ。ええええええ⁉」
驚天動地でも起きたかのような声に、食堂中の目線が集まる。カケルはうどんを手に持つと女子二人のもとに寄る。周りに聞こえない為の配慮である。
「嘘ッ嘘ッ⁉いたの?あの人、彼氏?」
あの人に?とカケルは付け足した。メイは意外そうな顔をする。そんな反応は予想しなかったようだ。
「あれ?知らなかったんだ?この学校イチの情報通のお前が」
「うん!……え、ハルカちゃん知ってた?」
ハルカはカケルの質問に頷く。
「この前のお泊り会で。……ちょっとショックだった。」
「ショック……?」
カケルは目を細めた。聞き逃せない言葉である。
「『赤いジャージ同盟』古参メンバー、しかもユナちゃんの同級生の私ですらまったく知らなかった。ほんと……ショックだった……。」
ハルカはうなだれた。大ファンの女の子に彼氏がいることが相当堪えたらしい。本人の前では隠しているものの、実はずっとこの調子なのである。
「あ……そんな感じだったんだ。お前らが居ると彼氏の話しないなぁとは思ってたんだ。」
メイはまわりとの情報の違いに驚いていた。困惑気味の二人の顔を見ながらメイは言った。
「……見に行く?あいつの彼氏。」
食堂の裏、の裏。わざわざ生徒が行くことなどない場所である。行ったとしても、背を向けた室外機達とブロックが鎮座しているだけである。ブロック幾つかを座りやすいように重ねて、二人の男女が弁当箱を広げていた。
そこに居るのは美しい花すら咲くことを恥じる黒い髪の美少女、殴坂ユナ。そして隣には、飾り気のない無骨なフレームなしの眼鏡をかけた、二年C組の委員長……絵にかいたような優等生である恋橋レンだった。
メイ、カケル、ハルカの三人は少し遠い場所からその様子を覗き見ていた。
「うっそぉ~。ホントなのかよ……」
「ユナちゃん……彼氏かぁ……」
約二名がショックそうに声を出している。
「お前ら、人に言うなよ。特にカケル。」
「は?なんで俺。」
「お前すごい情報量と人脈あんだからさ」
分かってますよぉ。とカケルは口を尖らせる。その横ではハルカがため息ばかりを吐いていた。ユナに彼氏が実在しているのが、よっぽど気に入らないらしい。
一方で恋人達は、楽しそうに会話をしている。
「最近君も友達が増えたみたいで安心したよ。切崎さんとしかいるところを見たことがなかったからさ。」
恋橋レンは知的な言葉遣いでメイに話しかけていた。
「そうね。今年になって色々交遊も増えたわ。最近は金髪バカと、同じクラスの聴波さんとも友達になったわ。」
バカ……。カケルがぼそりと呟く。
恋橋レンは言いづらそうに切り出した。
「これは僕の偏見かもしれないんだけど……彼は大丈夫なのかい?」
彼は、おそらくカケルの外見のことを言っているのだろう。他人からすればただの不良にしか見えない。優等生の彼は、恋人の友達として安心していいか気がかりなのである。ユナは彼に微笑み返す。
「そんなことはないわ。あいつはバカで、無礼者で、チャラついたヤローだけれど、とっても良い奴よ。あの子の面倒もよく見てくれるし。」
カケルはちょっと嬉しそうな表情をメイに見せる。
「あの子って切崎さんの事?本当に仲良しだね」
レンの言葉に、ユナは一際嬉しそうな顔で応える。
「ええ。メイの事とっても大好きだから。」
対面じゃないからこそ聞ける本音であった。後ろのメイをカケルがニヤついた顔で見ると、彼女は真っ赤な顔を手で隠していた。
「妬いてしまうな。僕の事は?」
「勿論好きよ。大好きだわ。」
恋人同士の戯れに耐えられなくなった三人は、彼らから少し離れる。ある程度距離を取ると、ヒソヒソ声で話し始めた。
「まぁ。という訳だからさ……。ハルカ⁉泣いてるのかお前!」
ハルカが声も出さずポロポロ涙をこぼしていた。その異様な姿にカケルとメイは大きく一歩遠ざかる。
「私……応援する。幸せを願うよ……」
ハルカはそう言いながらハンカチで涙を拭き始めた。カケルは楽しそうにそれを眺めた。
「ファンも大変っすね、ハルカちゃん。そうだ……メイ、心配しなくても誰にも言わないっすよ。あの人の事は俺も応援したいっすから。」
「ま、頼むぜ。……うどん食えよ、伸びるぜ。」
メイは安心したようで、笑みを浮かべた。うどんを指でさす。思い出したように、カケルは手に持っていたきつねうどんのお揚げを食べ始めた。音をたてないように静かにである。それを見たハルカはポケットからコショウを取り出す。
「あ、カケル君。これ要る?」
「ええ?持ってきてたんすか?あざっす。」
カケルはコショウを勢いよくうどんに入れる。辺りにコショウが舞い散った。
その時、不思議なことが起こった!入り組んでいる食堂の裏側に突然風が吹き入ったのだ。それはおそらく天文学的な確率だろう。その宙に舞ったコショウがメイの鼻腔に侵入したのだ。
「は……は……」
それらは彼女の鼻をくすぐった。その刹那、メイは大きな声でくしゃみをした。食堂の壁に声が反響する。
「くちゅん!」
「ははっ。えらく可愛いくしゃみ……あっ。」
女の子らしいくしゃみを小馬鹿にしようとした時、カケルは固まった。彼の目線の先で、ユナがこちらを覗いていたからだ。食堂の裏から恨めしそうにこちらを見ているのである。その表情はまるで、惨殺死体でも発見したかのようだった。かすれた声で三人に尋ねる。
「おい……どっから見てた?」
「友達が増えた云々から」
カケルがそう答えた瞬間、ユナは絶叫した。彼女がどれだけ恥ずかしい事を聞かれていたか悟ったのだ。メイへのストレートな思いも、カケルを認める発言も聞かれていたということなのだ。
「ぽべばあああああああああああああ‼」
普段あれだけピーキーな発言をしているのだ、裏では真面目に人間関係を考えているなど知られたくはない。そんなのはとんだピエロである。
恥ずかしさに悶える声が学校中に響いた。