ぶちっ、つるっ、ファサ……
簡素なベッドが2つと、シャワーとトイレ、たったそれだけの殺風景な部屋に案内された。
文句の1つも言いたくなる気持ちが沸き起こってもおかしくないのだが、少女のオーロラ色に揺らめく瞳に見つめられていると、強制的に心が沈められ、そんな気分にすらならない。
少女がどこから取り出したのは、3cm程の小さな丸い珠。
それを額に刻まれた紋様に当てた後、壁の窪みへと嵌め、そのまま部屋を出て行った。
不思議な瞳から逃れると、透達の気持ちが高揚し、本来の怒りに染まっていく。
「一体!なんなん……だ?」
不満を口にし始めた所で、再び心が静まっていくのを感じる。
不思議に思い辺りを見渡すと、先ほど壁に嵌めていた珠がオーロラ色に揺らめいていた。
「なんか、気持ちいのだ~」
「なんとなく、ふわふわとする感じがするわね~」
先ほどの少女に見つめられた時程には強烈ではないが、激情が温かなモノに包まれ、優しく宥められているような感覚に陥る。
まるで、慈愛に満ちた聖母に抱かれ、全てを赦されるかのように。
そして思考が段々と鈍くなっていく。
まずはツキミが微睡に負け、そのまま台車の上で丸くなって眠り始めた。
まだ丸々と太った身体のままなので、少しも丸くなれてはおらず、少し顔が曲がったくらいだが。
「あぁ、ツキミちゃん寝ちゃったのね。わたしも……」
そう言って、ベッドの方へと向かったが、毛布を捲った所で止まり、再びツキミの所へと戻ってくる。
そして、ツキミを抱きしめたかと思うと、そのまま顔を埋めて一緒に台車で眠り始めた。
「これも精神攻撃的な……もの、か?」
必死に眠気を飛ばそうと少し動いてみたり、頭を働かせようとするが、強烈な眠気には抗えず、透も眠りへと落ちていく。
せめてもの意地で、何か異変があったら動けるようにと、ベッドではなく台車の押し手に背を預け、座ったままで。
3人を案内した部屋を出て、少女は再び金属の目隠しをした。
部屋の中の様子は、少女の力を込め壁に嵌めた石から感じ取れる。
しっかりと眠りきったのを確信すると、青年の元へと報告に戻った。
「ただいま戻りました。2人と1匹は、現在眠っております」
「ん、ご苦労だったね、アーチェ。バメットもありがとうねぇ、きっとまだお仕事してもらうだろうから頼んだよ」
青年の言葉に、バメットが深く頭を下げ、アーチェが口元に微笑みを浮かべ答える。
「はい、我が主。どんな事でも何なりとお申し付け下さい」
青年は1度も向かい合ったデータから顔を逸らさなかったが、それでもバメットとアーチェは青年に再度深々と頭を下げ、邪魔にならないよう部屋の端へと移動した。
青年の愛おしそうな視線が、多くの管や機械が取り付けられ、安らかな表情のまま眠っているテディへと注がれる。
棚から様々な色の液体を取り出し、注射器へと移し、楽しそうに鼻歌を歌いながら、どれからテディに打つか悩み始めた。
最初に眠りから覚めたのはツキミだった。
「ん、んんん、なんか苦しいのだ……」
それもそのはず。
最初は遠慮がちにツキミを抱きしめて眠ったリアだったが、徐々に脚を乗せ、身体ごとツキミに覆いかぶさりにいき、起きていたのかと思わせる程軽やかにツキミの上に乗り、今は顔を埋めて寝ている。
「猫の上に乗るなんて、リアはどうかしてるのだ!あたしが潰れたらどうするのだ!」
ツキミはぷりぷりと軽く怒りながら、文句を言う。
今までは普通の成猫サイズだったが、現在はバランスボールよりも大きく丸々と太っていて、人間を潰す事はあれど、潰される事は無さそうなサイズになっている事は忘れて。
寝返りを打ってリアを落とそうとして……。
「いたいっ!痛いのだっ!離せなのだッ!」
ツキミが90度横を向いても、リアは同じ姿勢をキープしている。
つまり、それほどの強さで落ちまいとツキミにしがみてついており、ツキミは痛みに声を荒げる事となった。
だがそれでもリアは起きない。
そんなに力を入れている状態で、本当に寝ているのか?と疑問になるが、興奮した息遣いは聞こえてこず、規則正しい寝息が聞こえているので、恐らく寝ているのだろう。
ツキミが暴れて台車から落ち、透を下敷きにすると、「ぐえっ」と蛙を潰したような声があがる。
透とツキミに挟まれたリアはようやく意識を取り戻し、全身に感じるモフモフに包まれ、艶を帯びた溜息を1つ漏らし、再び意識を手放した。
「ど、いて、くれ……」
苦しそうな透の呟きに、ツキミは慌てて再び寝返りをうとうと、ぱたぱたと手足を動かすが、短い手足は空を掻くだけ。
反動をつけて体勢を変えようと左右に揺れると、その動きに合わせて透の呻き声が上がる。
最終的には、限界を迎えた透が身体強化を使い、リアとツキミを放り投げた。
壁に当たって今度はツキミが呻き声をあげる。
そして、ぽよんと跳ね返り、リアを下敷きにして床へと落ちる。
その状態でも、意識の無いはずのリアが、ツキミにしっかりとへばりついたままなのは流石と言えるだろう。
「なんだかもう散々なのだ……」
リアがやっと起きたかと思いきや、モフモフに圧迫されている状況で、歓喜に震え、またすぐに昇天。
埒が明かないと、透が無理やり勢いよくリアをひっぺがす。
「いっっっ!?」
あまりの痛さにツキミは両目から涙を流し、リアの手に握られている物を見て、慌てて確認しようと手を動かすが、届かない。
声を震わせながら、恐る恐る透に確認をする。
「もしかして、あたし、禿げた……のだ?」
「え?あっ……」
ツキミの言葉にリアが握っていたであろう場所を見て、リアの手を見て、再びツキミの身体を見て、スッと目を逸らした。
無言のまま口元を隠し、僅かに肩を震わせる。
その反応を見て、己のハゲを確信したツキミが嗚咽を上げた。
そして、タイミング悪くリアが目を覚ましてしまう。
ツキミの身体を見て、そのまま疑問を口にした。
「あれ?ツキミちゃん、その、ハg……っ、じゃなくて、身体どうしたの……?もしかして、私が意識を失ってる間にアイツらに何かされた!?」
その言葉に透が耐えられないとばかりに吹き出し、ツキミが慟哭を上げた。
「リアなんかッ!だいっっっっきらいなのだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「えっ!?えっ!?ええっ!?」
状況を把握できないリアが、オロオロとしながら、透に説明を求めようと顔を動かして、異変に気が付く。
床に散らばる見覚えのある薄い桜色の毛、自分の手に残る毛束、そして恨みが籠った視線を向けるツキミ。
「あっ……、もしかして、それ、その、私……?」
その事実に気が付いた時、リアの全身からサッと血の気が引いた。
流れるように愛刀を抜き、柄をツキミの方へ向けて床に置き、両手と頭を床へ擦り付け、綺麗な土下座をする。
「どうぞ、私の首を切り落としてくださいっ」
その言葉にギョッとした透の笑いは引っ込み、ツキミに治癒魔術をかけ始める。
ぐずっぐずっとツキミの鼻を啜る音が部屋に響き、痛みが消えていくと共に、涙も落ち着いてきた。
「ほら、今はこれだけだけど、少し毛も生えてきたし!そんな、死ぬ程の事じゃねえだろ!?なっ!?ツキミもなんとか言ってくれよ、な?」
「うぅ……。ここで死なれても迷惑なのだ。だから、その剣は仕舞うのだ」
ツキミの言葉にヨロヨロと顔を上げるリア。
「でもっ!リアの事は許さないのだ!だから、今後はあたしに触っちゃいけないのだ!」
「うッ、……っ、はい」
そんなっ、と叫びたい気持ちを抑え、リアは剣を仕舞った。
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